第138話 罰ですか?

 オレがヤった。


 ケダモノだから気が大きくなってたとかそんな言い訳は通用しない。魂がクッキーであれ、オレはみひろの身体を自分の意志で犯した。この事実を考えれば責任を取る以外の選択肢はなかった。だから、プロポーズだってする。ギャラリーの多さも関係ない。


 オレが全裸であることも。


 なにかを理由に先送りにすれば、それだけ真剣さが伝わらなくなることはわかっていた。後付けのその場しのぎになる。相手は人妻だ。次に顔を合わせたときに、一番嫌いな言葉だが真っ先に言うしかなかった。


 だが、レイジの言いなりになった訳じゃない。


 若い女とは抱き心地が全然違うことに感動したからでもない。来年には妻たちが出産ラッシュだから育児経験のある人が一夫多妻にいたらいいというような計算も関係ない。スタミナ的にオレが休める相手が必要だとか言うこともない。


 レイジが許せなかった。


 もちろん夫婦のことだ、色んなことはあっただろう。望まぬ結婚だったかもしれない。だが、浮気して傷つけた挙げ句に、自分だけ新しい家庭で幸せになろうって態度はやっぱり納得できなかった。オレが怒ることじゃないにしてもだ。


 だが、なら、だれが怒るんだ。


 みひろだ。


 浮気した夫に怒りを覚えるのは、すべてではないにしても、やはりいくらかは愛情の表現だと思う。そう思ったとき、オレは少し悔しさを覚える。なんであんな男のために怒らなきゃいけないのか、あんな男を好きでいる必要があるのか。


 あさまの親だからだ。


 そしてその死んだ兄の親だからだ。


 夫は切り捨てられても、お腹を痛めた子供は切り捨てられない。父親であるという部分は割り切れない感情としてどうしたって残る。たぶん、一生、どうにもできない。


 だから、支えたいと思った。


 割り切れない感情はどうにもならないにしても、一人でそれを抱え込ませられないと思った。地下通路の奥から叫びが聞こえてた。


 呪われたオレに犯されたとき、レイジの抱き方だと気づいていたらしい。なのに、記憶がなかったオレを責めた言葉に、それはなかった。


 認めたくなかったのだろう。


 みひろにはレイジへの愛情がまだ強くある。


 だから奪うしかない。そう確信した。


 欲しいものはすべて貰う。たとえ時間がかかっても、オレへの愛情を、あの男へのそれより上回らせる。それがオレの責任の取り方だと思った。正しいかどうかは知らない。


 そうしたかった。


「死霊使いペックについては、わたしも文献を通じてしか知りません。その起源をどこに求めるかも諸説あって、心当たりと言っても」


「構いません。今は情報が必要です」


 クッキーの身体で喋るみひろに、伊佐美が真剣な顔で応じる。あの子供が思ったより重要なポイントなのは、脱出して見たトシテのデカさを見ればわかる。百を越す人形が暴れられそうな胃の大きさの時点で察するべきだったかもしれないが、あそこまで大きいと戦うのも単純にはいかない。


 破壊しただけで周辺に大ダメージだ。


 それはいいんだが。


「死霊を用いて占いを行う、ペックがそう言った存在だったのはあらゆる文献で共通しています。その意味で呪術とも無縁ではありません。わたしがその名前を知っているのも術の研究の過程でのことですが」


 クッキーの身体の格好が変なんだが。


 着ぐるみ?


「……」


 プロポーズの時点で正直ヤバかったのだが、真面目に喋っている姿を見てると笑いそうになって困る。だれも気にならないのかこれ。


 まず頭がライオン風のかぶりものっぽい。


 腕もネコ科っぽいのでセットなのかもしれないが、クッキーがかぶってるともう子供が仮装しているようにしか見えなくて微笑ましい。


 しかし脚は鳥だ。


 たぶん猛禽類、鋭い爪があって、なんかもうよくわからない着ぐるみだ。背中には四枚の翼が折り畳まれてマントみたいになってるが、尻尾がサソリで、統一感はない。


 そしてなにより、なんかチンコついてる。


 着ぐるみの飾りなのかと思ったが、見れば見るほどチンコである。ゆるキャラでもチンコはつけないだろう。下半身ゆるキャラは困る。


 全裸のオレが言うことでもないんだが。


 なんか全体とすると男子がカッコいいのを寄せ集めて作ったけど最終的に笑いに走ってしまった系の仕上がりなのだ。これにプロポーズするとか笑われるかと思ったがだれも笑わないので逆に困ったぐらいだ。


 オレが滑ったみたいじゃないか。


「ということなのです」


 困惑している間にみひろの説明が終わっていた。ヤバい。大事なことを聞き逃したか。これから戦わなきゃいけないときに緊張感を欠いてたか。いや、だが、なんなんだその格好。


「つまり、そのペックは死体を次々に乗り換えて、永遠に生きている存在だ、と?」


 伊佐美が確認してくれている。


 死体?


「死霊使いの術も、おそらくは後継者がいると思いますので、何人か、何十人かがペックを名乗っている可能性は指摘されています」


 だからなんなんだその格好。


「正生が見たペックは子供だと言ったな」


「え? ああ、キャラクターパンツの女の子」


「ん?」


 オレの答えに伊佐美が眉根を寄せる。


「兄さん、なんやって?」


 背後からオレの肩をみひろの身体のクッキーが掴んだ。怖い顔をしている。クッキー本体の時はそんな風な顔をしてもそう思わなかっただけかもしれないが、流石に五十手前だと迫力が。


「あ、いや、黒髪で、わ、りとボサボサ? あんまりなんか女の子らしいところがなくて、それで印象に残ったのがキャラクタープリントで」


 服もボロかったし。


 殺し屋をやらせるぐらいだから、ネグレクト状態なのかと思いつつ、それだったので。あとは印象に残るのは訛ってたことぐらいだし。


「それはええわ。なんでそないなもんを見ることになったんや? って聞いてるんやけど?」


「クッキー、誤解するな? オレは子供に性的な興味を持ったりするような男じゃな、ッグェ!?」


「子供に、なんやって?」


 みひろの身体が鋭く股間を蹴り上げていた。


「お、折れ」


 こればかりは崩れ落ちるしかない。


 肉体のほとんどが強化されたのに、肝心の急所はまったく防御力が強化されないのはどうかと思うんだが、だれに文句を言えばいいのだろう。


 オヤジ! オレに鋼のチンコを!


「く、クッキーさん? オレが言いたいのは」


 現実逃避してる場合じゃない。


「兄さん。この状況で硬いままってどうなん? プロポーズっちゅうんは男からしたら興奮するもんなんかと見て見ぬフリしとったけど、あれなんかな? 結局、ウチらのだれより熟し切った女の色香に負けとるだけなんかな?」


 崩れ落ちたオレの両脚を掴んで、クッキーは身体をひっくり返してくる。脚をそのまま頭の横まで転がして、恥部をすべてご開帳である。


 ああ、みんなじっくり見てる。


「……」


 伊佐美は真剣な顔のまま。


「……」


 あさまは嬉しさと恥ずかしさ半分。


「……」


 女鬼たちはたぶん穴の方を。


「……」


 みひろは指をくわえて物欲しげに。


「……」


 そして水溜まりがピチャピチャと。


 水溜まり?


「……」


 クッキーもそれを見ていた。特に雨が降ったということもないし、地下通路に水が漏れていたということもないのに、どこから出てきたのかわからない大きな水溜まりが動いている。


「あの、っびぎ」


「ほんならな」


 オレが喋ろうとしたところで、クッキーはモノを握りしめて力任せに引っ張る。もうさらし者にされるのは仕方がないにしても流石にそれは痛い。愛撫でもなんでもない。


 罰ですか?


「兄さんがプロポーズすんのはええわ。それこそな、欲しいもんは貰っといたらええ。せやけど、ウチからしたら身体を奪われたっちゅうな、みひろへのわだかまりはある訳や」


 玉を引っ張って、クッキーは抓る。


「……」


 オレは首を振った。ヤバい。それはヤバい。


 ちょ、ちょ、ちょ、出る。


「あ、あの、クッキーさん、そのことは」


「わかってんねん。復讐は身体を借りて兄さんと多少は楽しまして貰ったからある程度は果たしとる。せやけど、結局はそっちも悦んどったみたいな、な? 気持ちよさだけになった形やから」


「……」


 オレは涙目。


 自分のが顔にかかるから!


「こんなんはどうやろ?」


 ズブ。


「ひゃぎゃあああぁあああああっ!」


 指が穴に突っ込まれた。


 そしてオレは限界に達し、クッキーがホースを握って放出された液体を水溜まりに向けて飛ばしていく。水に浮かぶ白い液体。


「おあああああっ」


 水溜まりが人の形に立ち上がった。


「あ、ありえない! いきなりぶっかけとか!」


 羽黒リリだった。

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