第113話 確かに秘術
クッキーの言っていることは正論ではある。
(確かに、自分と全先正生の問題としか思ってなかった。それはあたしの落ち度だ。仮にも他人の男を利用することの意味を考えなかった)
しかし、素直に謝りたくはない。
(慰謝料とか)
結婚を言い出したばかりのクッキーをはじめとする妻たちがそこまで精神的に傷ついたとは到底思えない。実際、肉体関係ない状態での結婚だということをさっきも口にしている。
結局は八つ当たりだ。
浮気した男への怒りを本人に向けても、それで男の愛情が得られる訳ではない。だから、逆レイプなどというのもレトリックだ。全先正生が女に犯されて本当に傷つくような男なら、一夫多妻などという状態を受け入れられる訳がない。
男が図太くなければ耐えられないはずだ。
女の嫉妬はそれほど重い。
「……」
こくりこくり。
「だったら、乙姫を誘拐してあんたたちに提供してくれてる間々崎咲子って言うのは何者? どうせ、あの男が新しく引っ張ってきた女なんでしょ? 女を食い散らかす男なんでしょ!」
小さく同意する千鶴に勇気を貰って、彩乃は話を本題に引き戻そうとする。天才のペースで戦ってはいけない。目的が優先だ。
秘術を使うには巻物を対象に巻く必要がある。
そのために、まずはカプセルから乙姫を引っ張り出させないといけなかった。球磨伊佐美から奪うのは現実的ではないから、クッキーを言い負かして、そういう流れに持って行く。
「あれは兄さん本人や」
だが、クッキーは想定外の答えで返してきた。
「はい?」
「とある能力で女性化しとる。面影もないし、完璧やから信じられへんとは思うけど、そうでもなかったら、わざわざ顔出しであない目立つことはさせられへんやろ?」
「……」
彩乃は言葉を失った。
「たしか、に」
千鶴が納得する。
「証拠になるかはわからへんけど」
言いながらクッキーはヒロポンを取り出し、動画を再生する。それはマタとか言う熟女が間々崎咲子を犯すという内容だった。まずレイプ被害者に見せるものではない。
「なにこれ」
途中まで見て、彩乃は顔を背けた。
「せやから、この中で本人が認めてるやろ?」
「わ、わかった。疑ってないから止めて」
そもそもこの場にウソは成立しない。
「ええけど」
クッキーは千鶴の方を見る。
「……」
翼で顔を隠すような素振りをしながらも、小さい画面を食い入るように見つめる千鶴、嘴の付け根にある鼻から血が流れている。
「えー」
彩乃は困惑する。
「千鶴さん、コピー要る?」
クッキーが見かねて提案した。
「……」
こくりこくり。
「貰わない! 千鶴、貰っちゃダメ!」
「はじめ、て。あだる、と、どうが」
訴えかけるような目で千鶴は言った。
なんだか興味津々だ。
軟禁されて娯楽もなかったので刺激が強い。
「うん! そうだろうけど! あたしだって女同士? とか、はじめてだけど! 状況! 状況を考えて? あたしたちなにしに来たんだっけ?」
(乙姫、乙姫なんとかしないと!)
「……」
こくりこくり。
「ま、今の反応で二人ともショックは大したことないと見させてもらうわ。ヒーローになろうっちゅう人間が、敵に多少辱められたぐらいで落ち込んでたら戦いにならんもんな」
しかし、クッキーは冷静だった。
「それとこれとは」
「実を言うと、間々崎咲子が男四人の相手をする動画もあんねん。兄さんは詰めが甘いから撮られてたことには気付いてへんから、いざってときは切り札にもなる。ウチはちょっと見ただけで気分悪かったんやけど、復讐心はそれあげるから晴らしてくれへんかな?」
「はい?」
(男四人の相手?)
次から次へとこの子供とその夫はなんなのか。
「兄さんも兄さんなりに必死やったっちゅう話や。アンタらに力を与えた結果、首相が誘拐された言うて、逮捕されてんのに脱走したり、甲賀古士の居場所を探すために男に身体を委ねたり、明後日の努力やろうけど、責任を取ろうとしてた」
クッキーは背を向け、離れながら言う。
「……」
こくり。
(千鶴が頷いているからウソじゃない)
「それですべてを許して水に流せとは言わん。女にとって大切なもんを奪った事実も変わらんやろ。せやけど、そういう恨み辛みはひとまず脇において、アンタら甲賀古士、兄さんに従うことはできんやろか?」
球磨伊佐美の隣に戻ると振り返って言った。
「従う?」
「メリットはある。首相誘拐の罪は帳消しや」
「……」
ふるふる。
「なに言ってんの?」
千鶴の反応を見るまでもなかった。
「アカンか?」
そう言いながらも、クッキーは予想通りという顔をしている。それくらいには非常識な発言であった。言うまでもないレベルだ。
「個人的感情を抜きにしてもありえない」
彩乃は溜息を吐く。
「そんなことを言うために、わざわざ乙姫を誘拐して、証拠になりかねないメッセージであたしたちを呼び出した訳? バカじゃないの?」
首相誘拐までする覚悟も安く見られたものだ。
地球を救う。
千鶴を自由にする。
その目的のための行動だ。甲賀古士の誇りだ。
「そうなんやろうけどな」
クッキーは頭のお団子を触る。
「アンタら、今やろうとしてることに確信持ってんの? 首相誘拐して、乙姫となにかを手に入れて、それなりの目的があるんはわかるけど、ウチにはどうも結果が見えへん」
「そんなこと、関係ないでしょう」
図星だったが、彩乃は言った。
「そうか。ほんなら仕方ないな」
クッキーは肩を落とす。
「乙姫は持って行き、そんで好きにしたらええ」
「え?」
意外な言葉に彩乃は面食らう。
「いいのか? クッキー? これを交渉材料にすれば、要求を飲ませることもできるだろう?」
球磨も慌てていた。
「ええんや。伊佐美。脅迫で従わせても、そんなんは続かん。もうひとつだけ言うとくけど、たぶんアンタら後悔すんで?」
「は?」
「浦島太郎に先見の明はない思うわ」
「開けるぞ」
捨て台詞のような言葉の横で、球磨がカプセルを割って、中の生命維持スープを流し出す。荒れた神社の地面に液体が染み込むと、草花が勢いよく芽吹きだした。
「おとひ、め」
千鶴が流れ出る少女を迎えに行く。
(どういう意味?)
よくわからなかったが、クッキーも球磨もこちらの邪魔をする様子はなかった。少し離れた場所でこちらを見つめている。
「仲間を呼んでも?」
彩乃は言った。
「ええよ」
クッキーは頷く。
「……」
指笛で周囲に待機している仲間を呼び集めた。甲賀古士の秘術である。できるだけ多くでその結果を見届けたい。地球はどう救われるのか。
「ん、あ? 浦島?」
「はい」
千鶴の翼の中で乙姫が目を覚ます。
「おまた、せをし、ました」
そして秘術の巻物を紐解き、乙姫に触れさせる。書き込まれた読めない文言が輝きはじめ、周囲の忍者たちからもどよめきが起こる。
(やっと、ついに)
「なんなのじゃ? これは」
乙姫が言う。
「すぐに、わかり、ます」
そう千鶴が言った瞬間、抱かれた乙姫からうすくぼんやりと女性の姿が現れる。同時に、千鶴の身体からは青年の姿が飛び出した。
「愛してるよ」
青年の方が口を開く。
「はい」
女性の方は頷いた。
そして二人は手を取り合い、消えていく。
ひゅるる、と風が比霊根神社を吹き抜ける。五月の天気の良い真昼の時間だが、彩乃は薄ら寒く感じた。標高のせいだろうか。
「で、なんなのじゃ? これは」
乙姫はポカンとして言う。
「なんで、しょう」
千鶴も答えられない。
「こんなことやないかと思ったんやけど」
「わかってたのか?」
「古くから受け継がれてた割には甲賀古士の能力が低すぎる。基本的に遺伝で能力は強くなるんやからな。その始祖の浦島太郎が現代に影響を及ぼすほどの力を持ってるとは思えへんかったんやわ。せやから目的を受け継いでたとしても、な?」
「それは、確かに、残念だな」
クッキーの説明に球磨が哀れみの目でこちらを見ている。それはそうだろう。実際に目の当たりにして、仲間たちも言葉が出ない。
(ただのラブレター?)
彩乃は膝をつく。
竜宮城を出て、何百年か後の地球に戻ってきた浦島が、乙姫を忘れられずに残したもの。あるいは昔の乙姫と大喧嘩でもして、地球を滅ぼすとか言われたのかも知れないが、結果的にはなにも起こらず、遅すぎたメッセージ。
確かに秘術ではあった。
(秘したままにしておくべきだったけど)
「なー? もっかい言うけど、兄さんに従うのはどうやろ? 忍者としての能力は、ちゃんとした目的あってのもんやん? ヒーローに一番近いところの方が活躍できるんと違う?」
クッキーが申し訳なさそうに言う。
「浦島、ここはどこじゃ?」
「……」
千鶴が乙姫を抱き抱えて立ち上がる。
「よろし、く、おねが、いしま、す」
(仕方ない、か)
誇りは打ち砕かれた。
甲賀古士には新たな目的が必要である。
千鶴は周囲の仲間たちの心を読んだのだ。その判断に間違いはない。実際のところ、彩乃自身もこれで首相誘拐犯として捕まるのに耐えられる気がしない。
「よかったわ。その能力はちゃんと使えば役に立つ。心配せんでも、ウチが生かしたるからな」
クッキーに全員が救われた。
(この子をチームに選んだ全先正生に?)
後で動画を貰おうと彩乃は思う。
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