第43話 新たな戦い

「……今朝のことはマジ感謝してるって、野比たち来なかったら確実にオレら負けてたからさ。うん……うん。あーそう? それじゃそっちも順位上がったのか、え? 一緒にいんの?」


 全先正生は電話をしながら、拠点にあった自らの荷物をリアカーに積んでいく。引っ越しのようだ。一位になったばかりなだけあって表情は明るく機嫌は良さそうである。


(本来その一位は自分たちが)


「……よろしく言っといて、うん。そうだな。先生には幸せになってもらいたいと、あー、いや、オレは遠慮する。あれは事故だから、うん……そう、事故。はい? テスト? テスト勉強?」


 だが、表情が急に曇る。


「聞いてねぇって……うん。学年で一位の成績を取ると一位へ決闘を申し込める? なにそれ、うーわ。マジありえねぇ。わかった。うん。明日な。いや、おごるおごる。うん……おやすみ」


(定期テスト特典のことを知らなかったのか)


「テストかー」


 全先は大きな独り言の後、大ざっぱに荷物を積んだリアカーを引いて移動をはじめた。森の獣が警戒の悲鳴を上げた。この男の存在を恐れているのは明らかである。


 ランキング一位を奪取してさえ本人に自覚があるのかわからないが、島にやってきたときとは既に別人と言えるぐらい、体内に力を宿している。戦闘を重ねる度に、その密度は濃くなっていく。異常だった。


(もう強敵と認めざるを得ない)


「……」


 全先が立ち止まって視線を向けてくる。


(! もう見つかった!?)


 忍者は息を殺した。


 なんらかの能力で周囲の敵の位置を把握しているとは聞いていたが、夜の森で三百メートルは離れている。これで見つかるのでは追跡もおぼつかないではないか。


「ずっと見てんの疲れない?」


 全先は言った。


(ハッタリだ。おびき出そうという手)


 視線は確かにこちらを向いているが、忍者が覗いているのは高い針葉樹の葉の内側である。見えているはずなどありえなかった。


「今朝の忍者だろ? なんか用?」


 全先はリアカーを置いて、近付いてくる。


 間違いなく絞り込まれていた。


(バレ? 今朝? あいつめ!)


 忍者は逃げようとした。


 目的は監視である。一位を取った全先がどこに拠点を構えるか、これからの戦略を決める情報を得るのが目的であり、戦闘はもちろん接触などして相手に情報を与えることはできない。


 木から木へ飛び移って。


「よっと」


 だが、距離を取ろうとした次の瞬間、忍者の正面に全先が回り込んでいた。背後には蹴り倒されたと思しき木が数本、学園町から穂流戸まで直線で山越えをしたという話は真実のようだった。


「正体を見せろよ」


 遠慮のない手が忍者の覆面へと伸びる。


「!」


 即座に払いのけたが、反対の手で腕を捕まれていた。握り潰されそうな力に仰け反り、その隙に覆面を剥がされる。


「悪いけど、怪しいヤツはだれなのか確認しとかないと、矢野の二の舞になるからな。素知らぬ顔で友人のフリとかされんのは御免だ」


「くっ」


 意外と油断のない男だ。


 そう思いながら、忍者は素顔を晒す。


「あれ? 女?」


「……」


 全先は双子の弟のことを言っている。


 そう思いながら、忍者は沈黙を守った。顔を見られたところで日常で顔を合わさなければ問題はなにもない。弟にもきちんと言い聞かせれば、学園内で隠密行動ぐらい取れるだろう。


「女でもないか?」


 ふにっ。


「きゃひっ」


 忍者は思わず声を出した。


(なんで胸をいきなり触るんだ!?)


「うっすらあるな。女なら女って言えよ」


 とんでもなく失礼なことを言いながら、全先はヒロポンを取り出すとカメラで忍者の顔を撮影する。無駄はない。確かに判別法としては確実かもしれないが、およそヒーローのすることではなかった。


「このっ!」


 忍者は容赦なく男の股間を蹴り上げる。


「おっと」


 だが、全先は難なくそれをかわした。


 別の木に飛び移っている。


「うん、よく撮れた。悪いな、くのいち。でもまぁアレだろ? 防虫術? 男の悪い虫を駆除する忍法とか使うんだから大したことないよな? でもまぁ男みたいだから効果ないか?」


(房中術のことか?)


「……」


 忍者は怒りを飲み込む。


 言いたいことはいくらでもある。


 間違った知識でいい加減なことを言っている。女の胸を触って悪びれない態度が過ぎる。悪びれない上に侮辱もされている。そして、そのようないかがわしい忍術は使わない。


(相手のペースに乗るな)


 忍べ。


「その一位の座、必ず奪わせてもらう」


 それでも言いたいことは言った。


「今朝のヤツと違って寡黙だな」


「……」


(あいつ、またおしゃべりをしたな)


 忍者は予備の覆面を纏って、その場から立ち去るフリをする。全先の新たな拠点を確認する任務がまだ済んでいない。一位を取って森の中の無防備な小屋で眠れる訳がないのだ。


 しっかりと離れて、追跡を再開する。


 全先はしばらく周囲を気にしていたが、リアカーに戻るとそれを引いて小走りに森の中を駆け抜けていく。向かっていく方角には穂流戸市もある。ここまでは予想通りと言えた。


(やはり合流するか)


 妥当な判断ではあると忍者は思う。


 クッキー・コーンフィールドは天才とは言え子供。忍者に限らずいざ倒すとなれば一瞬だ。守らなければ一位は維持できない。つまり全先自身がどれだけ強くなろうとも、チームとしては大きな弱点を抱えたことになる。


(五十鈴あさま相手よりよほど楽)


 呪術は厄介だった、と忍者は思う。


 条件のわからない呪いと、戦闘能力があり、すぐに喚び出せ、総数も不明な鬼という軍団を指揮している。術者一人でも手を焼く。


 それに比べれば全先たちはどれだけ警戒しようとも二人とロボットのチーム、四次元通路と言う移動手段は脅威ではあるが、それでも数で勝るチームが圧倒的に優位になることは間違いなかった。


(すぐに思い知ることになる)


 忍者は全先を追いながら、覆面の下で笑む。


(攻める側から守る側に変わる意味)


 ヒーローの本質。


 それは攻めてくる敵を打ち払うことにある。ランキングにおいて、勢いで一位を取ることはそれほど珍しくない。時の運というのは確実にある。だが、運ほど維持できないものもない。


 甘根館。


 クッキーの拠点として調べのついている元温泉旅館の下宿に全先は到着した。住人は女性ばかりと言うことだったが、管理人がクッキーを溺愛しているので、おそらく頼まれて許可してしまったのだろう。


「姉ちゃん。どうだった?」


 ふっと、横から弟が現れる。


「おっぱい揉まれて?」


「見てたの?」


 忍者はうんざりした。


 遁法に優れた才能がある弟だが、使い方が徹底的に間違っている。気付かれないで見ていたのなら援護ぐらいすればいい。おかげで顔写真まで撮られたのである。


「あいつかなり手癖悪いな。今日の戦闘中にクマ先生のも揉んだって島中で話題になってる。恐ろしい女の敵だ」


「助けもしない弟は姉の敵」


「姉ちゃんには女らしさが足りないから」


「あのね」


「仇は討つ」


「!」


 忍者は弟の言葉に驚いた。


 姉想いなところがあったのかと。


「なんか自分が犯されたみたいで腹が立つ」


(……誤解だった)


 なんであれ、相手が一位なら戦うことに変わりはない。忍者は気持ちを落ち着けた。情報を集め、準備を整え、戦いを勝利へ導くのが忍びの役目である。新たな戦いがはじまったのだ。

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