第40話 食い鎖
賭けに勝った。
最終的にツキがあったのはオレのようだ。
「着信がクッキーからで良かったよ」
拘束を解かれて、オレはポケットから取り出したヒロポンを見つめる。バイブレーションに気付かれるかと咄嗟に騒いで正解だったようだ。
避雷針と最小サイズのベラ棒。
今日クッキーがオレに持たせたアイテム。
四次元通路の大きさはベラ棒の長さに拠るので、テヤン手を通すだけなのだが、零次元断層による防御という最後の切り札は有効に機能した。予定は多少狂ったが。
「これでオレの勝ちだ。五十鈴」
オレは言って、金ぴかの鬼に捕まっている五十鈴の頭にヒロポンを当てる。あとは気絶させるだけ。勝敗も決した。
「なにか言うことはあるか?」
それにしても金ぴかの鬼が色気スゲェ。
背後から五十鈴を抱きしめて押さえ込んでいるのだが、巫女服の胸元がはだけそうな状況よりも、どこか薄幸な鬼の表情に目を奪われる。
どうやって寝返らせたんだ。
「待って!」
呆気に取られていた矢野が人間の姿から銀髪で白い鬼へと姿を変える。ビキニの部分が鎖になっていてさらに目の毒が増えた。
「縛り鎖はまだ」
「やめとけ」
オレは首を振った。
人質の立場も逆転している。
「それでもオレが五十鈴を気絶させる方が早い。焦らせたら手元が狂う。殺されそうになった相手の命に配慮するほどお人好しじゃないぞ」
「……」
矢野は唇を噛む。
「兄さん、それはヒーローちゃうやろ」
上から半笑いの声がしたと思うと、マタに背負われたクッキーが着地してくる。ズボンのポケットから出ていたテヤン手が引っ込んだ。
「ま、間に合うて良かったわ」
濡れてしぼんだ頭のお団子に疲れが見える。
「マジ助かった」
「クッキー」
五十鈴が口を開いた。
「ひとつだけ教えて、どうやって金鬼を? あらゆる攻撃は効かないし、ほとんどの鬼は人を見下してるから、術者の命令すら聞かないことが多いのに、裏切らせるなんてありえない」
「それな……あー、うん。それなんやけど」
「マタ様」
金ぴかの鬼が潤んだ瞳でロボットを見つめていた。降り注ぐ雨に濡れていることとは無関係に、吐息も荒く、色気がさらに増している。
「エンゴ、カンリョウ」
マタの方は涼しい顔に見える。
「援護?」
オレもクッキーをみる。
「つまり、またひとつウチの天才ぶりが明らかになってしまった言うことなんやけど。兄さんの弱点対策で、ちょっと人工知能に学習をさせといたことが絶大な威力を発揮してもうたんやな」
「よくわからない」
五十鈴は言った。
「きちんと言って、呪術に穴があるなら」
「ちゃうねん。呪術の穴やのうて」
クッキーは助けを求めるようにオレを見た。
「え? なに? 言いにくい話?」
「……」
クッキーがコクコクと頷く。
「オレにも言えない? 代わりに聞いて伝えてもいいけど。戦略的に秘密にしたいなら別に言ってやる義理もないとは……」
「あ、それ、やったらええかな」
オレの提案にクッキーは乗った。
天才が口にしにくいこととはなんなのか、ヒロポンを五十鈴に当てたまましゃがんで耳を貸す。呪術の弱点だというのなら、あえて五十鈴に塩を送ってやることもないとは思うのだが。
「鬼の穴」
耳元でボソボソとクッキーは言った。
「はい?」
なんの暗号だ。
「兄さんやったらわかるやろ。呪術の穴やのうて鬼の穴や。それをついたんや」
「?」
考え込むしかない。
オレの弱点対策で、マタに学習させた、鬼の穴? オレの弱点対策と言えば、恋愛を学習させるとか言ってた記憶があるわけだが。
「!」
まさか、そういうこと?
オレは金ぴかの鬼とロボットを交互にみる。
天才って恐ろしいな。
「わかったやろ?」
クッキーは溜め息を吐いた。
「わかったなら、あなたが教えて」
五十鈴はそう言ってこちらを見つめている。
「その鬼、ヤられちゃったって」
仕方がないのでオレは言った。
「アホーッ!」
クッキーのテヤン手が頭をどついてくる。
「痛いぞ?」
オレは言う。
ヒロポンを持つのと、五十鈴をすぐに気絶させるために両手が塞がっていてガードできない。矢野はこちらの隙を伺ってるし。
「それを言いたないから言葉を濁してたんや! なんで察してくれへんの!? ウチの科学の結晶がこれではまるで、まるでやないか!」
まるで大人のオモチャか。
「やられた? やられたでしょうけど、ね」
だが五十鈴は目を丸くして首を傾げている。
九歳にわかることがピンとこないのは同い年としてどうかと思うが、バカっぽいと可愛いかもしれない。ともあれ、察しが悪いと言うか、ビッチの噂は噂だったのかと言うか。
仕方がない。
「セックスだよ」
オレはキッパリと言った。
「せ!?」
五十鈴の顔が真っ赤になる。
「攻撃は効かないかもしれないけど、愛撫は効いたとか、そういうことなんじゃないの? あ、今の五十鈴にもそのチャンスがあるね。ヤってみれば? それなら気絶させるのを待ってやっても」
ガ、ガン。
「いよいよヒーローちゃうわ」
「ジンドウテキハイリョ、ジッコウ」
オレの頭に二人の金属の拳が突き刺さる。
「すまん」
今のは悪ノリが過ぎました。
「まさか、そんなことで負けるなんて」
五十鈴は落ち込んでいた。
「ウチも予想外やったけど、しゃーないんちゃう? 鬼言うんが、呪術によって剥ぎ取られた人間の能力やって噂がホンマなら、究極的には人間の弱点をそのまま引き継ぐんやろうし」
クッキーは慰めるように言う。
「鎖鬼!」
近付いていた巨大な気配。
藍の鬼だとは見るまでもなくわかる。
「兄さん」
クッキーが目配せした。
「わかってる」
それでも優位は変わらない。五十鈴が気絶すれば鬼たちも消えてしまうのだ。問題はむしろこの辺りに集まりつつある他のチームである。召喚されている鬼たちが防いでくれているなら、もう少し時間を稼ぎたい。
「その男を縛って寄越せ!」
人の形を保てないほどに怒り狂った水の塊が足下に橙の鬼を転がして叫んでいる。雨水を得て大きくもなっているようだ。
「瀑鬼、もうこの戦いは決着して」
矢野は答えた。
「関係ない。この島の遊びがどうなろうと」
「遊び?」
白い鬼の声音が硬くなる。
「!」
「鎖鬼、やめて」
オレが鎖を握る鬼の気配が変化しているのに気付いたのと、五十鈴がそう言ったのは同時だった。ビリビリと空気が振動する。
「その遊びであきら様が死んだ!」
絶叫だった。
「炎鬼も! 瀑鬼も! その場にいたのにあきら様を守らなかった! それで今度はあさまを見殺しにするつもり!?」
白い頬を、血の涙が流れていた。
「知ったことじゃない」
藍の鬼は冷ややかに答える。
「小鬼が。その男と一緒に食われたいの?」
「全先くん、わたしを気絶させて!」
五十鈴が叫ぶ。
ヤバいことになりつつあるのはオレにもわかった。そこまで強さは感じていなかった矢野の方の気配も相当増大している。このままだとこの鬼たちが戦いかねない。
「ああ、悪いが、終わりに」
オレが五十鈴の頭を弾こうとした瞬間。
「炎鬼!」
藍の鬼の方が絶叫していた。
「食い鎖」
矢野から伸びた鎖が、倒れている橙の鬼に伸びて、炎を巻き込んでいる。白かった矢野の髪が橙の鬼のように炎に変わりはじめていた。
「鬼を食ってるのか?」
そしてその能力を奪ってる?
「まさか、鎖鬼、大鬼に。なんでそこまで……」
あさまは泣いていた。
雨粒よりも大きな涙が水たまりに落ちる。そんなものを見せられては気絶させようとした手を止めざるを得なかった。
「約束だから。鎖鬼は、あさまを守るから」
白い鬼は静かに言うと、微笑んだ。
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