第41話 家族
七つ年上の兄、あきらは才能とやる気を兼ね備え、呪術界から初のヒーローをという一族の期待を背負う存在だった。事実、十五歳で東出いずもから鬼魂石を譲り受け、ランキングに参加するとほどなく一位まで駆け上がっている。
しかし、十六歳になることはなかった。
(生きていれば間違いなくヒーロー)
鎖鬼が炎鬼を食い尽くす光景を見ながら、あさまは涙が止まらなかった。ずっと思い出そうともしなかった兄の言葉が蘇ってくる。
「家族なんだよ、術者と鬼の関係は、ね」
それは口癖だった。
「だから、おれは鬼たちに美味しいごはんを食べさせたい。そう思う訳だ。反抗的だったり、怠惰だったり、自分勝手だったり、思い通りにならないことは多いけど、それでも一緒に食卓を囲めれば、きっとなんとかなる」
「なんとかなる?」
幼いあさまは尋ねていた。
「嫌々でも一緒に食事をするってことは、繋がりたい気持ちがあるってことだ。今は一緒に戦ってくれないかもしれないけど、いつかはおれや、地球のために戦ってくれる。鬼たちの力が結束すればどんな宇宙人にも負けない。なんとかなる。そう信じてるってことだ」
いずもが現代に復活させた鬼喰を、さらに発展させたのが兄だった。料理の腕を磨き、鬼を満足させる食事をさせること、術者と鬼の主従関係を破壊する発想である。
(結局はそれが裏目になったのだけど、ね)
「あきら様の夢を、鎖鬼があさまと!」
身体に纏った鎖を炎に変えて、目の前の女鬼は瀑鬼とにらみ合う。いつか見た光景だったが、いつかとは違って逞しくなったその姿。大鬼の格を手にして、呪力を漲らせている。
小鬼が人間を千食えば大鬼になる。
そう言われているが、もちろんこの島で千人もの人間を食べることは不可能だ。そもそも術者の許可なしに人を食うことなど使役される鬼には不可能である。しかし古き災厄の鬼である炎鬼を食うには同格にならなければならない。
この島で小鬼を大鬼にする方法はひとつ。
(鎖鬼)
あさまは自分が許可したことを後悔していた。
兄の死の原因は事故だ。
(はやく気絶させて、お願いだから)
「……」
鬼たちの様子に見入っている全先は、あさまの訴えかける視線に気付いていないが、言っていたことは当たっていた。
戦闘中に術者が攻撃を受け死に至った。
他の能力と比べると、術者自身の戦闘能力が低い呪術では起こり得る事故であり、その様子は映像にも残っていて、疑いの余地はない。
だが、それがすべての真実とも言えないのだ。
兄が死んでから一年後、鬼魂石はあさまに譲られることになった。一族の術者が何人も鬼喰に挑んだが使いこなせず、生来の大食ということであさまに順番が回ってきたのである。
「鎖鬼、おいで」
あさまが最初に喚んだ鬼だった。
兄が特に目をかけていた記憶があったから、というのがその理由である。気性が荒く命令に従わない鬼が多い中で、気弱で人に従順なその鬼はいじめられっ子でもあった。鬼を家族と見なしていた兄はそれを改善しようとしていたのだ。
「あさま様、お久しぶりです」
喚ばれた鎖鬼は、畏まっていた。
「あさまでいいから、ね」
「いえ、そういう訳にはいきません」
怯えたように震えて言う。
「わたし、怖いかな? お兄ちゃんみたいに、家族とは言えないけど、友達になろう?」
「友達だなんて滅相もない」
鬼の反応はあまりにもおかしかった。
理由がわからず、自分の能力が低いせいなのかと思ったあさまは、鎖鬼とじっくりと時間をかけて打ち解けることにした。
一ヶ月か二ヶ月、喚んでは一方的に話をする。主に兄のことだ。料理などもしてみたりした。当時はまったく腕が伴わず、すこぶる不味かったが、それでも鬼は文句も言わなかった。
「わたし、才能ないかも」
あさまは落ち込むことになった。
「そんなことはありません」
それを横で聞いていた鎖鬼が慌てて言った。
「でも、友達になってくれない。鎖鬼はお兄ちゃんとは家族だったのに。わたしのことは他人扱いで、それって、そういうことでしょう?」
「命令なさってください」
鎖鬼は答えた。
「友達でなくて良いのです。鎖鬼を好きなように使ってください。あさま様のためなら、この命を捨てて戦います。どうぞ、ご命令を」
「帰って」
背を向けて言う。
命令による主従関係、それではあさまが兄の呪術を受け継いだことにならない。そういう思いがあったからだが、次に出てきた鎖鬼は、それをきっぱりと否定した。
「あきら様と同じ方法はお勧めしません」
「どうして?」
意外な言葉に、あさまは驚いた。
兄と親密に見えた鬼は、兄の方針を理解して、それを共に受け継いでくれるものと信じ込んでいたのだ。裏切られた気がした。
「それは……」
鎖鬼は困った様子で、しかし、覚悟を決めたように説明する。鬼と術者でありながら、特別な関係になってしまったこと、それが他の鬼の不興を買い、その不協和が戦いに持ち込まれた結果が兄の死であったこと。
「特別扱いはしない方がいいってこと、ね」
「はい」
当時のあさまは特別な関係が男女関係を意味すると理解できず、問題を女子のグループ的なものと捉え、鬼たちを平等に扱うべきという話と考えたわけだが、大筋では間違っていない。
「鎖鬼を、嫌いになりましたか?」
「仕方ないよ。お兄ちゃん優しかったから」
むしろ兄らしい死に方だとさえあさまは思っていた。戦う人間としては結局のところ甘かった。鬼は家族である前に武器なのだ。
最後に割り切れなかったから敗北する。
「ありがとうございます」
女鬼は平伏した。
「や、やめてそんなの」
「あさま様、鎖鬼はひとつお願いがございます。許していただいても、己の非力は事実、大鬼の格を目指す許可を頂きたいのです」
「大鬼? って人を食べるの? それは無理だよ。昔の時代ならともかく、今の世の中でだれかを殺してなんて」
「それは鬼全般のことです。あさま様」
鎖鬼は頭を上げた。
「?」
「女鬼には女鬼の手法というものがあります。男の精を三千夜、これで大鬼となれるのです」
「殺さないで?」
「はい。それは間違いなく」
「なら、いいけど、ね。代わりに、あさま様はやめること。なんか様々言ってて変だから」
「あさまさ」
「ダメ!」
「あさまさん」
「それも嫌」
よくわからず許可を出した。
鎖鬼の方もよくわからないだろうと許可を出させたのだと今となればわかる。ともあれ、この一途な女鬼は島で多くの時間を自由に過ごし、時にはあさまの代わりに呪術を行使する忠実な飛び道具となった。それによって、才能では兄に大きく劣るあさまも一位となれている。
しかし。
(愛した男を死なせて、三千夜?)
罪滅ぼしにもほどがあると、あさまは思う。
(愛した男だったから?)
目の前で見るまで本気にはしていなかった。あれから何年か、毎晩、それでも追いつくかどうかの日数だ。一晩に二夜、三夜、鬼とは言え女、それが苦行でない訳がない。どれほど己の心を鎖で縛ったのか。
「その男の前に、食ってやる!」
瀑鬼が仕掛けた。
炎鬼とは姉妹のような関係である。戦いの相性もあるが、一緒に出さないと機嫌が悪くなる。経緯はどうあれ、そんな親しい鬼を食われて退く性格ではない。
「あさまを守らない鬼はすべて!」
(迎え撃つ気?)
鎖鬼が身構えるのを見て、あさまは首を振った。明らかに弱っていた炎鬼とは違う。能力を取り込んだところで、元々が戦闘向きの鬼とそうでない鬼、勝ち目などあるわけがないのはわかっていた。
「あーっ! くそが!」
全先が叫んだのはそのときだった。
「え?」
KOをするために頭に当てられていたヒロポンが地面に落ちたかと思うと、飛び出していったその男はぶつかり合おうとする二体の鬼を同時に叩き伏せていた。
「が」「ぶ」
瀑鬼も鎖鬼も、濡れたアスファルトに深く突き刺さって動けなくなる。いくら介入してくるとは思っていなかっただろうとは言え。
(強い)
大鬼を一撃で。
パワーがさらに上がっている。
「同士討ちなんかしてんじゃねぇよ! 鬱陶しい! お前らなんのために戦ってんだ!? 能力っつても人格があるならチームなんだろ! 家族みたいなもんじゃねぇか! 家族内で仲違いしてて地球が守れるか! ふざけんな!」
「家族」
あさまの涙が止まっていた。
「お兄ちゃん……」
同じことを言うバカはまだいる。
「断言してやる! ヒーロー不適格だ!」
「兄さん、そらメチャクチャやわ」
クッキーが呆れながら笑う。
「降参、ね」
あさまは能力を解除する。
「え?」
「ん?」
鬼たちが消え、
「全先くん、わたし、降参するから」
そう言いながらあさまはヒロポンを握りしめた。
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