第34話 勝利への確信
球磨伊佐美の現役復帰。
その情報は五十鈴あさまの戦略を変えた。
「けささー、くまにあってさー、なんらもっかいらんきんぐにさんかするーとか、あいつ、にれんこうはいらろり、わかいらーって」
缶ビール数本で酔っぱらった東出いずもが、いつものように愚痴モードに入って漏らした一言である。寝かせる布団を敷きながら相槌を打っていたあさまは耳を疑う。
「……クマ?」
言葉は判然としなかったが、この島でクマと言えば球磨を指すことは常識である。まず野生の熊が生息していない。
「ランキング?」
ヒロポンを持つ手が震えた。
(怖い、とは違う? わたし、どうして……)
直感の後に思考が追いつく。
最下位に追加された担任の名前を確認してこの意味について考えた。なぜこのタイミングなのか。ヒーローを引退して、生徒に愛されるかは別にしても教育に情熱を捧げていた球磨である。ヒーローに未練を残している素振りはない。
(全先正生)
その名前が浮かぶと同時に理解した。
球磨の狙いは新入りだ。
(……震えたのは、勝利への確信)
「羅刹、おいで」
次の瞬間にあさまはは巫女の外套を纏い、鬼魂石を握りしめていた。召喚した黒い女鬼に標的の位置を伝える。呪った相手の居場所は常に把握できた。目指すはチームを組んだという天才少女、クッキー・コーンフィールド。
「めっずらしー。こっちから攻めんの?」
赤い髪をいじりながら女鬼は嬉しそうだった。
「たまには、ね」
あさまの戦略は待ちが基本だ。
用いる呪術の効果を最大限に発揮するには戦う土地まで選ぶ必要があり、攻めに向かないという正当な理由もあるが、現実のところあさまの性格がそうさせている部分は多い。
良く言えば慎重、悪く言えば鈍重。
確実な勝利を得ようと考えている間に攻められて戦うパターンがほとんどだった。準備は怠っていないが、それは万全という不可能への亀の如き歩みに過ぎないのである。
それが今回は違った。
「いーよ。そーゆーのキライじゃない」
女鬼は牙を出して笑った。
「ありがと」
神速の足を持つ鬼、羅刹に負ぶさり、あさまはクッキーのラボへと一瞬でたどり着く。それは大きいが古びた工場で、結界は張られていたが、別段問題はなかった。
(力ずくで破れはしないけど)
あさまはそれをすり抜けて中に入った。
機関の生み出す能力の源流にあさまの用いる呪術はある。宇宙科学との融合までいけば追いつけないが、それより簡易なものであれば解呪するように無効化することもできた。
入った瞬間、工場内に警報が鳴り響く。
科学は回避できない。
「シンニュウシャ、ヨウコソ」
すぐに現れたのは着物姿のロボである。
「相変わらずポンコツ、ね。羅刹」
「おーけー」
俊敏な鬼が剣を構えて戦闘を開始する。言語の残念さとは裏腹の高性能を誇るロボが広い工場の空間を飛び回りながら火花を散らす。
鬼に匹敵する力は、量産されれば厄介だ。
(高価だからそう数はいない、筈)
あさまは相手を羅刹に任せて、ロボが行く手を阻もうとした工場の奥へと足を踏み入れる。外観は古いが、中にある機械類はどれも綺麗に磨き上げられている。順調に研究している様子だ。いっそこの際だから鬼を大量に喚んですべて破壊してしまうべきかもしれない。
(泣くかな、あの子でも)
子供を泣かせることに良心の呵責はある。
(むしろ天才に変な刺激を与える?)
それよりも恐ろしいのはあの頭脳だ。
逆境で画期的発明をしてしまうような気がしてあさまは工場の破壊は保留した。まだ一ヶ月目なのだ、下手な刺激で強くなられては元も子もない。ここで破壊しても一年後に鬼では対応できないロボを完成させるかもしれないのだ。
「うえしゅ」
「!」
あさまは見えない鬼の声に反応して武装の弓を引く。頭上、背中から機械の腕を伸ばしたクッキーと睨み合う形になった。
(浮いてる)
それははじめて見る技術だった。
やはり想像より科学が進んでいる。
「なんや、姉さん。ウチらに一位を譲りに来てくれたんとちゃうの? そない怖い顔して」
「この矢を受けて降参しなさい。クッキー」
あさまは言う。
「さもないと、最下位になるわ」
「なんやって?」
クッキーが首を傾げる。
「岩倉宗虎はまだ……」
「ランキングが変わったの。球磨伊佐美の現役復帰で、ね。
「……」
クッキーが沈黙して目を装着する。
「彼の様子が気になる?」
「マタ、ここは退く。援護頼むわ」
天才少女が歯を食いしばる。
「逃がすとでも?」
あさまは迷わず矢を放った。
だが、その夢魔で生み出された矢は機械の腕の手前で消えてしまう。なにかに当たったという衝撃もなく、エネルギーそのものが滅した。
(どういうこと?)
「ほなな、姉さん」
すいっと、空中を移動してクッキーが逃げる。
「そう簡単に、い!?」
鬼の数を増やして囲もうと鬼魂石を掴んだところで、あさまの横に羅刹が吹き飛ばされてぶつかってくる。黒い肌のビキニ女鬼と絡み合うように転がってなにかの機械に頭をぶつける。
「なにやってんの?」
くらくらしながらあさまは言う。
「ごめんごめん。あの人形ケッコー強くて」
女鬼は悪びれない。
羅刹はあさまの手持ちの中でも戦闘能力ではトップクラスである。そうそう負けることなどない。手を抜いているのは明らかだった。
「エンゴ、リョウカイ」
そこにロボが飛び上がって膝を落としてくる。
ズン!
あさまと羅刹が避けた床が深く凹んだ。天井の照明が揺れる。軽やかに動き回っているが、その機械の身体の重さが尋常ではないらしい。
「羅刹、手加減しないで」
「えー? もう疲れたー。やる気でなーい」
(ああ……もう)
命令に反抗的な鬼にあさまは焦れる。
「あれを止めたら御褒美あげる!」
エサで釣るしかない。
「んー」
(悩まないでよ!)
鬼たちは気分屋である。
別に戦いで負けようが、本体の石さえ無事ならなんともないのでよほどあさま自身を狙われない限り本気など出さない。強制的に命令すると召喚に応じなくなったりもする。
「なにが欲しいの?」
だから常に説得が必要だ。
「オトコ? いーオトコいない?」
(無茶言わないで)
「それ以外は?」
そんな男がいれば自分で貰うという言葉を飲み込んで、あさまは鬼の機嫌を取る。ここで拗ねられると移動に支障が出る。
「えー? 酒? いー酒? レミー・マルタン」
「高いでしょ、それ絶対」
わざわざ銘柄を指定する理由はそれだ。
「エンゴ、ケイゾク」
ロボは容赦なく詰め寄ってきた。
「いーえ? 三万ぐらいだって」
羅刹はそれを軽々と受け流しながら、交渉してくる。倒せるけど、要求を飲まないならこれ以上はやらないという態度だ。
性質が悪い。
「あなた、一度に何本飲むと?」
「みんなで飲むと二、三百本?」
「バカじゃないの!?」
実現不可能だ。
食費でどれだけかかっていると思うのか。
「あー? 独り占めしろっての? そんなケチな鬼はいませーん。羅刹、帰りまーす」
「ちょ、待ちなさ……」
あさまの言葉を待たずに女鬼は消える。
(なに考えてるのよ)
「エンゴ、ケイゾク」
「……」
そして目の前に着物姿のロボットが迫る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます