第1章 出会いと別れ

第1話 決意 『11月14日(火)』

 中学2年生の秋も終わる頃、ミジンコよりかは少しばかり大きい勇気を振り絞って、僕は、同じクラスの途川みちかわさんに告白した。11月14日のことだった。




 今までの人生の中で告白、というものをしたことはなかったのだけれど、合唱コンクールで同じ指揮者として頑張る中で、僕は彼女に好意、いや、それ以上の『何か』を感じていた。しかし、まだ恋というものを知らなかった僕が、それが恋だと、愛情だと気づくのにはしばしば時間がかかった。


 彼女と話す度に幸せになり、放課後一緒に練習に参加するだけで浮かれ、夢へ堕ちる寸前に、薄れ行く意識の中で、彼女の笑顔が鮮明に思い浮かび、授業中まで彼女の背中を眺め、授業に全く集中しない始末。これは恋以外にはあり得ないと、チャッチャと気付けよおい! と、今となっては思うのだが、まあ当時の僕には、これが恋だとは全くもって思い浮かばなかった。


 それが恋だと気がついたのは合唱コンクール当日。ついに自分達のクラスの番というときに、彼女は緊張で震えが止まらなかった僕の手を握り、『大丈夫、宮地みやじくんなら』と、勇気を与えてくれた。


 たったそれだけのことで、僕の緊張は勇気へと変わり、自然と体が温かくなり、そして、




       僕は彼女に恋をしているのだと、やっと気がついた。




 1曲目、彼女が指揮をする曲。全く緊張していないかのように、堂々と、それでいて丁寧に指揮をする彼女。それに見蕩みとれ、危うく歌うのを忘れかけた僕は、やはり彼女に恋をしているのだと実感した。


 彼女が礼をし、台から降り、僕と交代する。すれ違う瞬間、僕にしか聞こえないような声で放たれた『頑張って!』は、やはり僕に元気をくれた。


 2曲目、リハーサルのときにはあった手の震えは、彼女からの僕だけへのエールによって消え失せ、自信だけが僕にはあった。


 そのお陰で、練習で何度も小さいと言われた手の振りは比べ物になら無いくらい大きくなり、よく猫背と言われる背筋はピシッと伸び、俯きがちな顔はしっかり皆の方を向いて、その自信ややる気が皆にも伝わり、最高の曲となった。誰がなんと言おうとも僕だけは言える。


   最高の合唱だった、と。



 台から降り、礼をする。会場を包む盛大な拍手が止むまで待ち、顔を上げ、回れ右をする。そして1番最初に目に映ったのは彼女の笑顔。そしてそれを見ただけで、僕は何物にも変えがたい達成感を得た。


   結果は   最優秀賞


 クラスの皆が一斉に立ち上がり歓喜の声をあげる。僕と途川さんは代表としてステージへ。途川さんが賞状を受け取り、僕がトロフィーを受けとる。


 トロフィーはズッシリと重く、皆の思いが詰められているかのよう。


 僕はクラスの皆に向かってトロフィーを掲げる。ステージの上から見た皆は、中には嬉し泣きしている子もいたけれど、皆が皆、そろって笑顔だった。


 そして隣の途川さんの方を見る。途川さんも僕の方を向く。そこには、花にも負けない誇らしさと嬉しさが詰まった笑顔があり、そしてその笑顔が今は僕だけに向けられていると思うと、胸がキュゥとなって、途川さんが握手の手を僕に差し出し、それを握ると女の子の柔らかさが手から伝わり、ますます天井無しに、途川さんのことが好きになっていくのだった。


 そして思ったのだった。告白するなら今日しかない。たとえフラれても、今日この思いを、初めて知った恋を、彼女に伝えたい、そう思った。いや、彼女に絶対伝えると決意した。

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