見たくないものが見えない僕ら
シンク
第1話
高校の屋上で四肢を投げ出し、空を仰ぐ。
吹く風は心地よく、初夏の暑さを洗い流してくれる。
停滞した雲もまた日差しを遮るカーテンとなっている。
とてもゆっくりとした時の流れに揺蕩いながら、僕は目を閉じる。
僕だけの世界。
幾時が経ち、再び目を開く。
焼けた雲が燻り、少し熱を帯びた風がいつの間にか隣に立っている少女に視線を導く。
腰まである黒髪が踊るように風に吹かれ、宥めるようにその髪を手で押さえている。
そんな彼女は口角の上がった口で話しかけてくる。
「おはよう。いい夢は見られたのかしら?」
そう問いかけられ、僕は暫く考えるふりをして、
「夢なんて見なかったよ。」と嘘を吐く。
「そう。」
彼女は素っ気なく呟いて出口に向かって歩き出した。
二人並んで階段を下りる。
すれ違う生徒にさよらなを告げ、校門を出る頃には夜が空を支配していた。
下校中はたわいのない雑談をぽつりぽつりとした気がした。
気が付けば家に着いていたので彼女に別れを告げる。
隣の家に住んでいる彼女は名残惜しそうに笑い、
「また明日。」
と僕の家の玄関に消えていった。
僕も玄関のドアを開け、家の明かりをつける。
生活感の薄い質素な部屋が浮かんできた。
一人で暮らすには十分すぎる空間で食事を済ませ、シャワーを浴び、就寝までの時間を浪費する。
目覚ましはセットしない。
きっと彼女が起こしに来るだろうから。
見たくないものが見えない僕ら シンク @sinnku
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