目覚ましが鳴る前に、アプリコットは掴めない

@wataringo

プロローグ

 人を騙す上で重要なのは、特筆するまでもない、騙す相手が誰であるかにある。

 嘘のつき方や、相手の心を掌握する方法などの小手先の技術は二の次だ。

 極端な話、騙すこちらがプロである必要はない。こちらは度胸さえあれば、技術は何も持たなくともいいのだ。

 相手が騙されやすい人間、つまりかもであれば、憂いは何もなくなると言っていい。もっと言うなら、相手が鴨であるその時点で、勝ちが確定する。負けようがない。

 しかし、最も大きな問題が残っている。

 いかに鴨を見つけるか、だ。

 相手が鴨である時点で勝ちが鉄板であるのなら、それは言い換えれば、ほとんど鴨は残っていないということでもある。

 大なり小なり、いつまでも道端に小銭が落ちているなんてことはない。すぐに誰かに拾われる。その金額が大きければ大きいほど、拾われるまでの時間は短くなる。

 それは鴨も同じ。丸々と肥った鴨がいつまでも生き長らえることはない。真っ先に狙われ、そして狙われたら最後、確実に仕留められるのが常だ。

 鴨を見つけることは容易なことではない。

 それは鴨を狙う狩猟者、つまり詐欺師達が誰よりもよく知っている。

 しかし鴨を見つける難しさは絶対的なものではない。相対的な難しさである。

 鴨の数が少なすぎるわけではない。詐欺師の数が多いのだ。詐欺の形態、手法を変えたところで、狙う獲物が限られていれば稼ぎにはならない。つまり鴨だけを狙うというやり口は、とても非効率なものなのだ。

 だからむしろ、相手を選ばずに手当たり次第騙すという形態が、今の時代には合っている。

 騙されやすい人間の特徴としては、まず信じやすい人間が挙げられる。これは言わずもがなだろう。このタイプこそが、いわゆる鴨だ。人が良いというよりは、世間に疎く、無知な人間である。

 次に欲深い人間。特に金に汚い人間は多少疑り深くとも、欲に眼が眩む。でかいリターンをちらつかせてやれば、多少のリスクは踏み込んでくるタイプだ。先のタイプのよりも厄介ではあるが、こちらの方が数は多く、また資産もある程度持っていることが多い。獲物としては充分だ。

 そして。

 最も狙い目なタイプ。

 それは、自分は騙されないと、そう思い込んでいる人間だ。

 詐欺なんかには自分は引っ掛からない、引っ掛かるやつは馬鹿なんだ、そう思っている人間は少なくない。だが、そう思っている人間こそが、その実詐欺に遭いやすいのだ。

 騙されないという自信のある人間は、騙されやすいことを自覚している人間よりも質が悪く、また無防備である。そんな人間を、みすみす見逃すこともない。

 そう、絶対はないのだ。

 

 自分だけは例外だなんて思わない方がいい。

 わずかな油断、慢心を覗かせれば、たちまち鴨はさぎに補食されてしまう。

 絶対はない。

 自分が狩る側だと思い込んでいるようではだめだ。

 誰だって狩られ、喰われることがある。より強大な存在に。

 自分は騙されないと思い込んでいる人間は、鴨になる。格好の餌食だ。

 そしてそれは、詐欺師とて例外ではない。

 いや、むしろ、詐欺師こそ鴨に相応しい。詐欺師ほど油断している人間もいないのだから。

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