短々編集
chocolateSphinx
第1話 彼方
遠くへ。
常にその気持ちを抱いてきた。ここではない、どこかへ俺は帰るんだという輪郭はぼんやりとしてるが確信に近い想い。
誰にも話したことはなかった。だが、いずれ別れる人たちだから、誼を深めないように注意した。
会社の飲み会で、別部署の女と席が隣になった。
「いつも、階段ですれ違っても挨拶しないでしょ。あれはどうかと想うなー。」
俺は軽口をたたいた。
「だっていずれ別れる人たちだもの。いちいち挨拶する必要なんて、ないじゃない。」
その場しのぎの軽口の返事としては似つかわしくないトーンの声色。
俺はドキリとした。
「なに? 転職するの?」
逸る鼓動を悟られないように俺は努めて落ちついて聞いた。
何も話さず女は凝っと俺を見つめた。
「いいの?あなたはまだここにいるの?」
そう言うと、女は目の前から姿を消した。
まるで最初からその場にいなかったように座布団にもぬくもりはなかった。
俺は判った。そうか、いつかじゃない。いつでもいいんだ。
逃げだそうと想えばいつでも逃げ出せる。
この世界に生まれて、一番の特権を俺たちは手にしてるんだ。
この上ない安堵感が俺を包み込んだ。
「二ノ3330号、任務ごくろうであった。惑星地球の同胞の調査はいかほどであった?」
「はい、それほど数はいないのですが、随分と血が薄くなった者も多いようです。」
「ああ、君が最後に接触した男もその一人だ。」
「どうりで・・・信号を発しても返事がなかったのですね。」
「彼ほど血が混ざっていると同胞とは言えない。彼は地球人に分類しておいてくれたまえ。」
「了解。・・・しかし、彼は我々への帰郷意識は彼の遺伝子の中に組み込まれているため、消えることはないでしょう。」
哀れな、と彼女は想った。
「ああ、幸せなことじゃないか。彼の心には二つに故郷がある。素晴らしいことだ。」
そうだろうか、と女は想った。
永遠に辿り着けない場所を抱いて生きることは、結局はどこにも辿り着けないことではないだろうか。
窓から見える青い惑星がどんどん小さくなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます