失敗作だよ、それ
最後の混入に成功した。『最後』という決意が、いつもより量を多くしたけど。
作った頃より中身の減ったビンが、リプラの飲んだ量になる。同時に、リプラがオレに無関心を続けられた数値でもある。
今回こそは。
決意の中の2人での採取。最後の決意の採取。
どんな未来が待っていようとも、オレは……いや、未来を作ってみせる。
一見、いつもと変わらない2人との採取。いつもと違う決意を胸に秘めるのは、オレだけ。
だぼっとした服を揺らして木々の間を駆けるリプラの笑顔は、いつもと変わらない。
リプラの要求で新しい採取地になって日が浅いのに、リプラはもう多くの素材の知識を記憶した。
「これは?」
見つけた素材を指し示す。
「桂草。料理に渋みを出すのに使われる」
変わらず、正解をたたき出す。満足までにたくわえられた知識。
「最近『冠月草にもその成分がある』ってわかったんだぜ」
「本当!?」
最新情報にはうといのか。久しぶりの反応に、優越感がわく。
「特別な温度で煮出した場合のみ、その成分が出現する」
尊敬のまなざしに心をくすぐられるまま、説明を続ける。教えるこの感覚、いつ以来だ? 遠い昔に思える。
「渋いの大好き! おつまみにいいよね」
そっちでも喜ぶのかよ。リプラの脳内は年中花畑だな。人生の開始から末端まで、幸せで満たされているんだろ。くそが、オレにもよこせ。
「自分で作るのか?」
『料理もたまにする』とは、前に聞いたことがある。『素材の成分を味として知りたいから』だったけど。
終始『料理に使える素材の話』だったから、深く聞いたことはなかった。
「たまにね。さらっとしか作れないけど」
リプラの手料理。興味ある。これだけ長いつきあいなのに、食した経験はない。そんな関係でもないし。
「ゲテモノ?」
「人によるよ」
いつもと変わらない悪態に、あっさりと返された。『味の好みは人それぞれ』とは言うけど。だからって、そう返すかよ。ゲテモノな材料でも使ってやがるのか?
「リプラの料理なんて、想像できん」
豪華な食卓になるとは思えない。『慎ましくとも幸せな食卓になるだろう』とは、安易に想像できた。どんな飯だろうと、リプラがいたら幸せにしかならん。
「料理姿なんて、みーんな同じだよ」
違う。リプラだけは特別だ。他の誰とも一緒にできない。オレの中での存在価値に気づけよ。
「いつかの旦那様のために、必死に修行してんのか?」
相手が誰になるのか。オレに権利は与えられているのか。
オレの言葉に、リプラはてれ笑いを浮かべるだけだった。
生涯をそいとげるリプラ。その隣にいるのは。
思考を断ち切る。
今考えるべきは、それではない。未来を作るために動くのが、今本当にやるべきこと。
会話を終わらせて、採取に戻る。耳朶にふれるリプラの鼻歌が、おだやかを作る。本来なら、魔獣が寄るからとめるべきだ。実際、最初はそうしていた。一切効かなかったし、倒せるレベルの魔獣しかいないから諦めた。オレ以外と採取に行く日があったら、煙たがれるに違いない。いつでも戻って来い。毎回、返品されろ。
おもむろに動かした視界のスミで、かすかに素材を見つけた。正体に内心高揚しつつ、リプラに指し示す。
「あれは?」
オレの指の先を見たリプラは、珍しく息をのんだ。
当然だ。この反応のリプラと同じくらいレアな素材が、そこにあるんだから。
「すごーい」
飛びつくように素材に駆けたリプラは、しゃがみこんでまじまじと眺める。純朴な瞳から、興味が流星のようにあふれている。
その姿は、初めて採取に出かけたリプラをちらつかせた。最初の頃のリプラはごくありふれた素材でも、ここまでキラキラしていた。オレからしたら見なれた素材でも、初心者から見たら違うのか。その感覚を初めて知った。
同時に『オレも素材の世界に入りたての頃は、同じだったかもな』と、ノスタルジックにひたったり。
今でもリプラは、楽しそうに採取する。絶えなく聞こえる鼻歌が証拠だ。それでも素材にここまでの反応を示すことは少なくなってきた。リプラにとっても、見なれた素材になったから。
この素材が、リプラにとっても初心を呼び起こすものになったか。表情だけだとわかりようがない。
「これは『ウィッシュロココリーフ』だ。効能は――」
「ほのかな甘さと香りで、料理に使える。解毒効果を高めることもできて、薬剤師に大人気」
教えるまでもなく、知ってたか。知っていないと驚けないもんな。
「ご名答」
いとおしそうに素材をなでる指先。採取のせいで、土でよごれている。それすら、魅力的に映る。
「おーきく育ったねぇ」
いとしごのように見つめるリプラは、一切オレをかすめない。
オレが見つけたのに、オレを見ない。
『レアな素材を見つける』という、リプラ的に最大級に喜んでもいい行為をしたのに。
それでもリプラは揺らがない。
リプラの心を変えるきっかけにはならない。
ゆるやかにほころぶ横顔に、最後の瞬間を悟った気がした。
本部に戻ったリプラは、いつもと変わらない開発作業を始めた。
完全に気力を失くしたオレが言い渡した課題は『フリー』。リプラの自由に作りやがれ、だった。
どんなのができようが構わない。そう思えるほどに、気力をごっそり抜かれた。
今回なら、ひどい質を渡されようが『合格』を出しちまいそうだ。それくらい精神がやられた。リプラの無反応が強くこたえたんだ。
指導者として、いい加減な合格はいけないとはわかっている。でも、たまにはいいだろ。
たまに、で済んだらいいけど。この精神が続いたら、リプラの指導者を続けられるかも悩ましくなる。
リプラはオレに無関心。実感を痛感し続けるくらいなら、指導者としての関係も終わらせたほうが楽なんじゃないか?
どうせリプラは、試験に合格できるだけの実力はある。このまま終わらせてもいい、のか?
『最初からリプラなんて存在はいなかった』と思えるほどにすっぱり忘れ去って、楽になるほうが。
「はい」
考える間にかなりの時間がたったのか、リプラに顔をのぞかれた。両手には完成品らしきビンがある。
「どーぞ」
採取中とは違う、おだやかな笑みで伸ばされた両手。握られたビンを無言でもらう。
にごりが強くて、コケにまみれたような液体。積極的に使いたいとは思えない。嫌いなヤツの飲み物にこっそり混入するのに活用されそうな見た目だ。
「招迅実をメインに、元気になる成分をたーっぷり使ったよ」
この見た目で、まさかの回復薬かよ。どれだけ効能がよくても、絶対売れないだろ。
「合格合格」
面倒を隠さないまま、適当に合格通知を放った。
「飲んで」
リプラは合格に喜びもしないで、まさかの言葉を吐いた。聞き間違いを信じて、笑顔のリプラをにらみ返す。
「丹精こめて作ったよ。飲んで」
聞き間違いではなかった。オレの耳は、信頼できる能力を保持していた。
「こんなまずそうなの、服用しなきゃいけないんだよ」
目線の高さまでビンをあげて、振るわせる。材料らしき物体が揺らめいて、余計にまずさを際立たせた。『そこらのドブ川から汲んだ』と言われても信じられる。
「『フリー』って言ったじゃん」
「オレの行動までフリーで指定できるわけじゃねーよ」
よくそんな誤解ができたな。思考回路、どうなってんだよ。狂いすぎ。
無言のまま食らわせられた上目づかいに、返す言葉を失う。どれだけリプラに乱されても、無意味なのに。しばらく謎のにらみあいが続いて。
「元気になってほしいんだもん」
小さくとがらせられた唇から発せられた空気。オレに聞かせる言葉だったのか、つい出てしまった本音なのか。相変わらず読めない。
「ずっと元気」
「そうかなぁ」
すぐさま返された答えは、どんな意図があったのか。
「『いつもと違うかな』って思ったんだけど」
つぶらな瞳にたたえられた疑問は、オレの今までの行動を想起させた。結構派手にやっていた。さすがに『いつもと違う』と感づかれたのか。
「そうか?」
気づかれてもいい、察知してオレを意識したらいいと思っていたのに。
いざその瞬間が来たら、気づかれるのが怖くて。気づかれたのに、変えられなかった事実を突きつけられて。
とぼけるしかできなかった。リプラの表情は変わらない。
「いつものハーウィングに戻って」
暗に『現状維持の関係でいよう』と宣告されたみたいで。これ以上の行動を抑止されたみたいで。
心にヒビが入る音が響いた、気がした。
「仮にオレがこれを飲んで」
ビンを揺らしたら、またしても食欲を減退させる沈殿物が舞った。
「元気にならなかったら、どうする?」
リプラが語る『オレの元気のなさ』は、リプラのせいだ。リプラのせいで患った病気のせいだ。薬なんかで治りはしない。
「いくらでも作るよ。元気になってほしいもん」
当たり前のように語るリプラの顔を見ないまま、無意識に言葉を続ける。
「それでも、効果がなかったら?」
ずっとずっと効果がなかったら。その瞬間は諦めないといけないのか。今まで抱え続けた感情を、すべて投げ捨てないといけないのか。
「ほら、元気ないじゃん」
けらりとしたリプラの声に、ビンを揺らす手がとまる。
元気がない。そう見えたオレ。
あるいは、これからずっとそうなるかもしれない。
そうなりたくはない。
この心配すら、変えるきっかけにしよう。
「前、あるヤツのために薬、作ったんだよな」
「うんうん」
オレも開発はするから、至って自然にリプラに信じられた。実際、これは真実だ。
「服用させたのに、そいつに一切効果がない」
「あらあら」
我関せずな言葉が返る。リプラこそがまさしく当事者で、渦中の人だ。理解していないからこその、ほうけた声。
「なにがいけなかったんだか」
まじないレベルの薬だったとはいえ、薬の効果を期待できたことはただの1回もなかった。ひどいほどに日常で、薬の効力を打ち消すほど、オレに興味がなかったとしか思えない。
「ちゃんと飲ませた? 吐かれてない?」
「ないよ。ガッツリ飲ませた」
薬をまぜた飲食を口にするのを、オレはハッキリ目撃した。むしろ視認できる状態でしか使っていない。リプラはそのあとに吐いてもいない。確実に体内に吸収された。
「そっかー」
両手を首の前で組んだリプラは、あっさりとした表情で言葉を続けた。
「失敗作だよ、それ」
子犬を前にしたかのような明るい笑顔は、心に残酷に刺さる。
失敗。
リプラの心を動かすのに、失敗した。
死刑宣告より重い言葉。心臓に次々とレンガを打ちおろされるかのような衝撃。
「ハーウィングだってそんなこと、あるよ。お気になさんなー」
へらへら笑うだけのリプラを前に、すべての言語を失った。
今までのオレを、すべて否定する言葉だったから。
オレが抱き続けた思いも。
オレの開発の腕も。
すべてを、リプラはあっさりと否定した。
カードを裏返すかのように簡単にされた行為。わきたつオレの感情は、再度裏返せるほどぬるいものではなくて。設置面と接着したかのごとく、動きを見せなかった。
「……んだよ」
くり返される不変を前に、ふつふつと激情に変わる。
「オレの腕を否定するのか!?」
瞠目したリプラすら、感情をかきたてる燃料になる。
「いつも都合よく利用するだけのくせに!」
やつあたりのようにするすると飛び出る言葉は、とめる手段がなかった。始まった火山活動は、もうとめられない。
「採取につきあわされる身にもなれよ! いつまでお守りさせる気だよ!」
小さく口を開いてほうけたリプラは、オレと目線をあわせた。
「どったの? お話、聞くよ」
やわらかな笑顔。オレの心と正反対なまでの態度。
オレに激昴と同時に、冷静を届けた。
「そうやって心中では、いつもバカにしてたんだろ」
氷をあびせられたかのように硬直するリプラを冷酷に刺して、部屋を出た。
本部を出たオレをつついたのは、夜の気配がする冷たい風だった。服越しに感じて、冷静がすーっと体内をめぐる。
頭に血がのぼりすぎて、なにを言ったか正直覚えていない。それほどまでにこらえられない感情があった。
リプラを傷つける言葉しか言っていないことだけは、かろうじて記憶にかすめている。
自分が手に握ったままだったものを思い出した。
リプラが作った薬。持ったままだった。
オレに飲ませようとしていたし、大切そうでもない。中身が本当に安全な回復薬かも調べていないから、そこらに捨てもできない。このまま持ち続けていたらいいか。
ぐちゃぐちゃとまとまらない感情のまま、帰路に急いだ。
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