異世界の公僕は勇者に入りません!
寅ノ尾 雷造
第一章 異世界の旅路は逃避行から始まって
第1話 女神からのオファー
眩い光の中を一人の男が漂っていた。
その光の海は彼を優しく包み込んでいてとても心地が良い。
彼の名は
しばらく彼はこの海の心地よさに浸っていると、彼に意識に直接話し掛ける者がいた。その声を聞いた彼は、初めて自分が瞼を閉じている事に気が付いて瞼を開くと、彼は先程まで自分が眠っていた事を知る。ベッドに横たわっていた体を起こして辺りを見回すと、ベッドの端に腰を掛けて彼を見つめている女性に気付いた。
その女性はとても美しく、どこか懐かしさを感じさせる面影を持っていた。
啓悟は彼女に向って、最早お約束と言っていい質問をした。
「あんたは誰だ? 俺はどうしてここに居るんだ?」
「私の名はイシュタル。このグランデルと言う世界の管理者の一人よ。そしてあなたは、地球で壮絶な最後を遂げて、今ここに居るわ」
「………最後か…………、やはり俺はあの時死んだのか………」
「ええ、とても英雄的な最期だったわ。だからあなたは本来、天国行のチケットを持っている筈なのだけど、向こうの管理者に無理を言って、あなたをここへ招待したの」
「俺を招待した理由は?」
「是非ともあなたにお願いしたい事があったからよ」
「他じゃダメなのか?」
「あなた以外に心当たりが居ない、と言うより私自身があなたを望んでるの」
イシュタルはそう言いつつ、啓悟に寄り添い手を握りながら顔を近づけて来る。啓悟はイシュタルの顔を間近で見て初めて、亡くした妻にどこか雰囲気が似ている事に気付き、最終的には彼女のお願い事を拒絶出来ない事を直感した。
しかし、だからと言って、出来ない事を安請け合い出来る性分ではない啓悟は、一先ず内容を聞いた上で返事をする事にした。
「取り敢えず、そのお願い事とやらの内容を聞かせてくれ。返事はその後でな」
「分かったわ。あなたは出来ない事は引き受けない性分だったものね」
イシュタルは一つ咳払いをすると、願い事の内容を話し始めた。
「あなたにお願したい事は二つあるわ。まず一つ目は、これからあなたをグランデルの現世に降ろすのだけど、降ろした場所に居る人達の願い事を聞いて欲しいの。まあ、こっちの方は行き掛けの駄賃程度と思ってくれていいわ。それで、これから言う二つ目の方が本命ね」
「あなたにはこれからこの世界の監察者になって、私の代わりに世界を見て回り、世界の
「世界の綻びを修復とは具体的には何をすれば良いんだ?」
「この世界の未来を破たんに導く要素を取り除いて欲しいの。例えば、この世界には私の外にも管理者がいるの。その中の一人が勇者と称して、次々と外の世界から召喚しているの。だけど外からの召喚者は、必ずしもこの世界に良い影響を及ぼすとは限らないわ。精神的文明レベルの未熟な者達が、高度な文明に触れた時に何が起こるかは、あなたなら想像がつくでしょう?」
「まあ、大体ならね。核兵器の事を良く知らない世界に核兵器を持ち込めば、その兵器の真の存在意義も考えずに、いきなり核戦争をおっぱじめて世界が滅ぶだろうな」
「そういう事ね。だからこそ、あなたには最優先で召喚者を元の世界に帰して欲しいの。ただ、もし本人がグランデルに残りたいと願った時は、あなたの判断で許可しても良いし、強制送還しても良いわ」
啓悟はしばらく瞑目して考える。やがて考えが纏まるとイシュタルに話し掛けた。
「それぞれの願い事に質問だ。一つ目の願い事への質問は、降りた先の者たちの願い事が、倫理道徳に反する物だった場合は願い事を拒否して良いのか?」
彼女は微笑みながら、彼の心配が杞憂である事を伝える。
「勿論、拒否してもいいけれど、その点は心配要らないわ。彼らは善良ゆえに今の境遇に陥っているの。彼らに会えば、きっとあなたは助けずには居られない筈よ」
「それはどういう事だ?」
「研究熱心な彼らは、自分たちが奉る管理者ミネルバの精神に従い、この世界で役立つ研究成果や魔導術式を次々と公表したのよ。ところが管理者セレーネは、その事でミネルバの勢力が勢い付くのを嫌って、過激にもミネルバの信者達を、神々の敵と自分達の信者に吹き込んで戦いを煽ったの。そのせいで彼等はもう滅亡寸前なのよね」
「グランデルの住人はあんたら管理人の事を神と呼んでいるのか」
「ええ、そう呼ばれているわ」
「あんたが神なら自身で何とかする事が出来るんじゃないか?」
「私たちがグランデルの現世で出来るのは、煽ることと戦う力を与える事、そして見守る事ぐらいね。まあ、あなたの様に信頼出来る者に代行させるのも手だけど、余程信頼を置ける者で無いと難しいものね」
「過分な信頼を頂いて光栄だな。それにしても、神同士の権力争いに巻き込まれたこの世界の住人達は何とも哀れだな。現世から一歩引いて見守る者が神と呼ばれる者の存在だと思ったが、現世に介入して引っ掻き回すなんて、俺たちと変わらない俗物だったんだな」
「それを言われるとグウの音も出ないわね。それよりどう? 今の話で納得した?」
「ああ、まあ釈然とはしないが………概ねはね。それじゃあ二つ目だ」
そう言って啓悟は一呼吸置くと、二つ目の願い事への疑問を口にした。
「召喚者を元の世界に戻すという事だが、俺の存在はその行動に矛盾はしないか? あと、どうやって元の世界に戻せばいいんだ?」
聞きたい事を一気に訊ねたが、イシュタルは少しも慌てる様子を見せずに答える。
「先ず、あなたとその召喚者の違いを説明するわね。あなたは最初に言った通り、向こうで死を迎えた後にこちらへ呼び寄せたの。だからある意味あなたもグランデルの住人と言って良いわ」
「でも彼ら召喚者は、生きたままグランデルに呼び寄せられたの、しかも召喚された者は何れもあなたと同じ日本人よ、勿論、向こうの世界では行方不明になっているでしょうね」
「それに召喚された彼らは何れも若くて人生経験が少ない分、自分達のもたらす情報や行動の結果に疎い者が多いわ。なまじ頭が良い子が多い分、始末に負えないの。それこそ核に繋がる物でも発明されたらシャレにならないわね」
「確かにシャレにならんな。それにしても、向こうの大量失踪はこれが原因だったのか………道理でいくら捜索しても手掛かりすら見当たらない筈だ」
啓悟は広域特命課で失踪者の捜索を担当していた。しかし、まさかこんな所で失踪者達を保護する機会が訪れるとは思わなかった。
「そうよ、だから遠慮なく下界で積極的に活動出来ない私の代わりに、彼らを元の世界に帰してほしいの。それがあなたの望みでもあるでしょう?」
「確かにそうだな。それにしても俺が監察者ね……。あんたが異世界の管理者なら、差し詰め俺はそれに仕える公僕と言う事か」
「あなたがそう思うならそれでも良いけど、公僕と言ってもあなたが元の世界で持っていた権限とは比べ物にならないくらい、大きな権限を持つ事になるわ。何しろあなたはには私の名代を任せるから」
「なぜそこまでする必要がある?」
「あなたが考えている以上に、勇者を送還するのには困難が伴うからよ。何しろ、時には大国を敵に回す事もあるのよ、小さい権限だと出来る事は限られるものね。もしあなたの存在を脅かすのなら国一つ潰しても文句は言わないわよ」
課された責任の重さに、啓悟は溜息を吐いて呟く。
「ふう……。重い責任だな、俺に背負えるだろうか………」
彼の弱気な呟きに、イシュタルは彼の背中を叩き、胸を張って自信満々で言い切る。
「心配要らないわよ、あなたなら十分に背負えるわ。私が悠久の時を掛けてようやく探し当てた魂だもの、あなた以上の適任者は居ないわ」
余りにも自信満々に宣言するイシュタルに、悩むのが馬鹿らしいと思った啓悟は、もう一つ浮かんだ疑問を口にする。
「なんだか悩むのが馬鹿らしく思えてきたよ。まあそれは一先ず置くとして、それより気になるのは、なぜ日本人ばかり召喚されるかだな」
「彼等は従順で忍耐強い者が多いものね。セレーネもそうだけど、召喚をした彼女の信者にとっても扱いやすくて都合が良いんでしょうね」
「連中にとっては、勇者と言うより扱い易い戦奴と言う訳か」
「身も蓋も無い言い方だけど、その表現が一番しっくり来るわね」
「ところで、これだけの大事を俺一人でやらなければならないのか?」
啓悟はこの件を引き受けるに当たって、最大の障害となる問題を口にする。しかしイシュタルは、顔の前に人差し指を立てて左右に振ると、啓悟の懸念を払拭する。
「大丈夫、いくら私でもそんな無茶振りはしないわ」
「現世にも、あなたの力になれる人は幾らか居るし、機会があれば増員も考えているわ。増員の方はしばらく時間がかかりそうだから、それまでは現世の協力者を集めて何とか凌いで欲しいの」
「そうか……まあそういう事なら、あんたのお願いを聞くしかないな。持たされる権限は確かに重いが、それ以上に失踪者の発見と保護は俺自身の悲願でもあるからな」
啓悟がそう言って彼女の願いを聞き入れると嬉しそうな顔をして、ご褒美のつもりなのか彼に抱き着いた。
「ありがとう! 断られたらどうしようかと思った………」
美女に抱き着かれて悪い気はしなかったが、啓悟は今から送られる世界の事について、何一つ情報を持ち合わせていないし、向こうの世界の言葉を全く知らない。
「それよりグランデルに行くのは構わんが、言葉はどうする? それにある程度の予備知識は欲しいぞ、その世界のタブーを犯して追い回されるのは勘弁だからな。後は保護した召喚者を返す方法も教えて貰わないとな」
「その辺りは大丈夫よ、グランデルの主な使用言語と基本知識は、私の記憶から直接書き込ませてもらうわ。あと、召喚者を返す方法もね。でも、後の知識は現地で集めて貰うわよ。私の持つ知識の全てを今直ぐ詰め込むと、流石のあなたでもパンクしちゃうから」
彼女は脇にあるテーブルの上に載っていたグラスを手に取ると、啓悟にそれを差し出して、注がれた液体を飲むように勧めてきた。
「――――それじゃ、これ飲んでね」
「なあ、聞いていいか…………? これ何で出来ている?」
グラスに注がれた蛍光ピンクの液体は、どう見ても原料が想像出来なかった。啓悟は恐る恐るその液体を指して尋ねると、彼女はニッコリと微笑んで答える。
「心配要らないわ、鎮静剤みたいなものよ。今からあなたに知識を詰め込むから、これを飲んで置かないとかなりキツイわよ」
そして、微笑みを怪しい笑みに変えて続けた。
「それに女と薬の中身は、詮索しないのが楽しく生きる秘訣よ」
イシュタルのその言葉は、啓悟の不安をやたらと煽るだけで、懸念を払しょくするのには役に立たなかった。だが、選択肢の無い彼は溜息を一つ吐くと、仕方無く差し出されたグラスの中身を一気に呷る。そして、薬が効いたのか彼の意識は徐々に混濁して行った。
イシュタルはフラフラになって倒れる啓悟の体を抱き止めて、自分の額を彼の額に合わせると、彼は激しい激痛でもあったかの様にのたうち回る。
だが、しばらくすると飲んだ薬が効果を発揮し始めたのか、彼の表情が少し穏やかになる。
啓悟の穏やかな息遣いを感じながらイシュタルは呟く。
「今を逃したら、あなたとはしばらく会えないのよね………………」
啓悟は薄れゆく意識の中で彼女の囁きをだけが
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