無力な私が届けるイシ
我闘亜々亜
第1話
街の人からの依頼を解決したりして、街に貢献する自警団。
魔獣の討伐には戦闘科の人が、奥地にある素材を求められたら収集科の人など、特徴ある複数の科から依頼にあった人が選抜されて遂行に励む。
私が属する回復科は、ケガ人の治療や治療方法の研究、討伐系依頼に同行して戦闘科の人の治療などをしてる。
今の私の仕事は、ケガなどで病床にふせた人を自警団の本部で世話すること。
『こんな私でも、誰かのためになれるのかも』と、自警団の扉を叩いた。私に優しくしてくれた自警団の人みたいになれると思ってた。
だけど現実は甘くはない。
複数のベッドが並ぶこの部屋は、すっかり薬品臭がしみついてる。ここは比較的軽症な人が使ってる。各ベッドの間に簡易的な仕切りがあって、最低限のプライバシーは守られてる。
足音を立てないように石造りの床を歩いて、目的のベッドに近づく。私の気配に気づきもしないで本を熟読する、いつもの姿があった。
「お体、変わりありませんか?」
ベッドに横になる姿に声をかける。読んでた本から視線を外して、私を見てくれた。
この人の担当になってから、どれだけの日々がたったかな。距離が縮まりそうには感じられない。いつからか本を手放さないようになって、私との交流を遮断してるようにさえ思える。
最初は『読書を邪魔していいのか』と迷う心もあった。でも一向に気づいてくれないから、一刻も早く声かけて仕事を終えるほうがいいと心を入れ替えた。もしかしたら私に気づいてるのに、読書を中断したくないだけかもしれないし。
「元気」
笑顔まじりの返事だけで、本に視線を戻された。
カバーの外されたぶ厚い本は、なにを読んでるのかわからない。いつも本を読んでる。病床だと、読書程度しかやることがないのかな。
本に夢中な姿を前に、私はなにもできない。私がもう少し明るければ、楽しい話ができれば、笑顔で言葉を交わして気分をあげられたかもしれないのに。
昔から引っ込み思案だった私は、どんなお話なら楽しんでもらえるのかがわからない。事務的な言葉以外は、いつも交わせない。
それは他の担当患者さんでも同じだった。相手から話を振られても、うまい返しができなくて。『私が担当になってよかったのか』と思う心が広がるばかりだった。
「もう退院でしょ?」
「まだですよ。安静にしててくださいね」
けろりと明るく言われた言葉。
冗談のつもりだったのかもしれないけど、真面目に返してしまった。
自己判断で勝手にベッドを抜けられたら困る。本人のためにもならない。
これだけ言う気力があるなら、もう自覚症状はないほどに元気なのかもしれない。でも『自覚症状がないから』と軽く見たら、本当にとり返しのつかないことになるから。
それがわかってるからこそ、これだけは認められない。本人のためにも、絶対にしてほしくない。させてはいけない。
「失礼します」
声かけて、ケガの具合を確認する。
この方は、付近に出現した巨獣に襲撃された。本部に運ばれた際に意識はなくて、生死が危ぶまれてたみたい。運よく一命をとりとめて、今は完治に向けて進んでる。
この方は運よく助かった。でも巨獣がいる限り、いつまた被害が出るかわからない。
魔獣の変異種と言われる巨獣。
その生体は、よくわかってない。『どうして誕生したのか』など、わからないことだらけ。加えて魔獣とは比較できないほどの強さで、調査が進まないのが現状。一切の情報も持たずに、強い巨獣に挑むなんて自殺行為。だから今は、巨獣の生息域に進入しないようにすることでの予防しかできない。こんな簡単な予防で、いつまでも被害を食いとめられるとは思えない。
でもなにもできない私は、被害者が出ないように祈るしかできない。
私にできるのは、目の前の患者を治すことだけ。なのに。
励ます言葉すら見つけられなくて、本を読み続ける姿を前に沈黙の時間を作るだけ。私はこの方のために、一体なにができてるの?
異常なく終わった診察を最後に、一礼する。
「ご自愛ください」
伝えられるのは、事務的な言葉。気持ちをこめてるのに、冷たく突き放すようにすら感じられてしまう言葉。
「お疲れ様ー」
本から視線を離して、笑顔で答えてくれる。
いつもこうして気さくに挨拶してくれるのに、私は気の利いた言葉すら返せなくて。
小さく会釈するしかできなかった。
担当する患者の診察を続けて、最後のベッドに来る。
姿を見せた私に、ベッドの上に寝たまま視線を向けられた。それ以外の反応は見せない。できないから。
この方は、戦闘科に属してた。
討伐依頼が得意で、優秀で仲間からの信頼も厚かったらしい。
この方が病床にふせる原因になったのは、ケガではない。
回復薬。
『回復魔法を使われると、立ちくらみみたいに一瞬なるから』という理由で、この方は回復魔法を好まなかった。
負った傷は、回復薬で治療し続けた。
薬になれた体は効きにくくなって、さらに多い量、強い効能の薬を服用し続けた。
結果、陥ったのが中毒症状。
回復薬でも、量を間違えたら毒になる。それは誰もが知る周知の事実。
でもこの方は、こんなになるまで『自覚症状』に乏しかった。中毒症状で、その感覚すら狂ってしまってたから。
どれだけ使っても、症状が出ない。自分は薬に強い体質だ。
その先入観で回復薬を使い続けた体は、全身を蝕まれてて。
体を動かすことはおろか、声を発するのすらままならない状態にまで深刻になってしまった。
中毒症状の特効薬は、まだ見つかってない。
本部でも調べてはいるけど、有効な手段はわからないまま。
私も個人的に調べて、体を動かせるようにツボを刺激したり、効きそうな素材で作った薬茶を飲ませたりはした。
そのどれも、効果は芳しくなかった。
空回りするだけの私を、この方はどう思ってるのかな。
治療も進められなくて、安っぽい激励の言葉しかかけられない。
私は今までこの方に、なにをしてあげられたの?
なにもできない自分を改めて強く実感して胸を締めつけられながら、今日の治療は終わった。
ご自愛ください。
その言葉すら嫌みになってしまう気がして、なにも言えずに一礼してベッドを離れた。
「リリィ」
医務室を出たところで、事務員さんに声をかけられた。
ケガの経緯の資料をもらったりする際に少し交流があるから、互いに顔見知り程度の関係。柔和で人当たりもいいから、誰からも信頼されてる。
「ちょっと頼まれてほしいんだけど、いい?」
眉を垂らして、隠し切れない申し訳なさを感じさせた。狙ってやってはないのに表情に出てしまいがちなのも、この方の好かれる人柄を表現してる。
もしかして私が仕事を終えるまで、ここで待ってたのかな。病床の人を前に、話すことではなかったのかな。
「なんでしょうか?」
またケガ人が増えてしまったのかな。魔獣と戦うことの多い人は、ケガする確立も高い。私に任される程度なら、大ケガではなかったんだろうけど。
「巨獣、知ってるだろ?」
戦わない私でも知ってる。自警団だけでなく、街の人も周知のこと。通達された巨獣の生息域に近づかないようにと、強く言われてる。
「ついに依頼が来たよ」
その言葉に、どくりとする。
この流れ、来た依頼は巨獣が関係する内容だよね。
巨獣の情報を手にした噂は聞かない。それなのに巨獣に立ち向かうというの?
ケガ人が増えてしまわないの? その可能性を危惧して、私にも『準備するように』って伝えに来たのかな。
「討伐ではなくて、巨獣を遠ざけようって内容なんだけどね」
そっか。まだ討伐はできないか。討伐ができれば、巨獣に襲われたあの方にいい報告ができるかと思ったけど。
「リリィには、その依頼に参加してほしいんだ」
思いがけない言葉に、小さく口が開いた。その表情は、冗談を言ってるように見えない。そもそも冗談を言うような方ではない。
私だけでなく、他にも大勢その依頼に参加する人もいるはず。戦闘の知識がない私を、わざわざ頭数にいれる理由がない。
私は回復魔法は使えるけど、戦闘の邪魔にならないように使う知識には乏しい。
戦闘から離れた安全な時間なら、いつもみたいな治療ができるけど。そんな私より、戦闘中に回復魔法を適切に使える人のほうが役立てるはず。
それに、それ以前の理由がある。
「皆さんの治療がありますので」
依頼の期間がどれだけかわからないけど、少なくとも1日は本部を離れることになると思う。その間の治療ができなくなる。容態が急変する可能性もあるから、長い時間離れるべきではない。
「それは僕が責任を持って、代理を頼むよ」
真摯な瞳に嘘はない。この方の仕事ぶりは真面目で、人当りもいいから信頼できる。
私が依頼に出る間の皆さんの治療は、気にしなくてもいい。だとしても。
「……無理だと思います。私は実戦経験はありません」
私がいても、迷惑にしかならない。巨獣が関係する依頼に参加するなんて、私には荷が重すぎる。
「それは承知だけど……リリィ、ナイフ使えるんだろ?」
孤児院時代、治安の悪い街で生きるために少し体得した程度。
治安の悪い街での治療依頼があるかもしれないから、今も空き時間に修練することはある。でも熱は入れてないから、実力はついてないと思う。
最低限の護身より、患者さんの治療のための勉強を優先してきたから。
「実戦で使えるレベルではありません」
弱い魔獣相手でも、きっと勝利をつかめないと思う。『相手を怯ませた隙に逃げられればいい』と思って体得した護身だから。
「ナイフを使えるだけの動きができるってだけでいいんだ。別の依頼で回復科が出払ってて……動ける回復科が、リリィ以外に思い当たらなくって」
そんな理由だったんだ。それでわざわざ私が選ばれたんだ。
信頼における回復科の帰還を待たずに進めようとする限り、緊急性がある依頼なのかな。巨獣が街の近くに移動しようとしてるのかもしれない。
「……どうかな?」
迷いがちに問われて、口を閉ざす。すぐに断れないだけの思いが、私に生まれつつあった。
巨獣を遠くに追いやる。
その依頼には、賛成しかない。きっと巨獣の被害者を減らせるから。防ぐこともできるから。
でも私は、それに協力できるの? 協力していいの?
実戦経験のない私がいても、迷惑かけるだけかもしれない。足をひっぱるだけかもしれない。
だったら私は私のできること……本部で治療を続けるほうがいいのではないの?
……私は、治療の名目でなにができた?
毎日、担当する患者の診察をする。それだけで。
元気づけることすらできない。中毒者の治療を進めることすらできない。
そんな私が明日も治療をして……なにかを変えられる?
もしかしたら代理の方が、光明を見出してくれるかもしれない。一筋の救いになるかもしれない。気があって、楽しい時間をすごせるかもしれない。
だったら。
私を求めてくれる、この依頼のほうが。
「……詳細を教えてください」
私だって、巨獣はどうにかしたい。こんな私が、少しでも手助けになれるのなら。やるべき、なのかもしれない。
「ありがとう。詳しいことは資料にまとめてあるから」
依頼の情報がまとめられた紙の束を渡された。ぱらぱらとめくるだけでも、できる限りの情報が集められたんだってわかる。失敗を防ぐためにも、あとでじっくり熟読しないと。
「リリィのチームの相手なんだけど」
資料には『複数のチームを作って、チームごとに課せられたミッションをする』と書かれてた。各チームの人数は多くはない。つまり私個人が背負う責任も、それだけ重い。なにもできないかもしれない、ではいけない。なにかしないと。迷惑をかけないためにも。役に立つために、全力をつくさないと。
「トライツって人……知ってる?」
聞き覚えのない名前に、首を横に振る。
元々積極的に交流はしないし、患者さんとの数少ない会話で、たまにその方の仲間の名前を聞くくらい。実力者の名前すら知らなくて、驚かれたことがある。
「んー……なんていうか、気忙しい人だけど、実力はあるから」
煮え切らない言葉に疑問を感じるけど、臆する隙間はない。巨獣の被害を防ぐことだけ考えないと。チームの仲間のためにも、私ができることをやらないと。
「依頼も依頼だし、気も立っちゃってると思うからさ」
意味深な言葉を最後に、会釈して去ってしまった。
……なんだろう。
疑問と不安を入り乱れさせつつ、資料に視線を落とすしかなかった。
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