一つの眼に映る。

幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕

一つの眼に映る。

かしゃんっ……


「ふぅ……一仕事終えた後に当たる風、ってのは何故にこう…気持ちが良いモノなのかね…………」


目の前に広がるは深い深い闇に染まった、藍色の蒼空。

毎日毎日見続けた、大好きで大嫌いな蒼空。


「それも今日で見納め、か…」


──今日も綺麗な蒼空でいてくれて、ありがとう……大嫌いな大好きな蒼空へ。


大きく手を広げている蒼空へ胸中で呟くと、何も無い空間へ足を踏み出した。


…──そう、それは即ち、空気しか無い場所に身を投げ出すという事。


数秒後に一瞬遅れで身体中に走る、痛み。

首が折れた感覚。血が溢れ流れ出る感覚。それ全てが今は俺のモノ。


──その日、俺…皇無澪埼きみなしれいきは蒼空に身を投じて、その短い生涯の幕を自ら引き降ろした──…。




……特に何も無い、人生だった。平凡な親の元に生まれて、平凡な兄弟達と平凡な暮らしをしてきた。

そこに特に問題は無い。不満も無い。


保育園で俺の事が気に入らなかったのか、悪口を言う奴は居た。その事は特に記憶には残っていない。親に言われて「ふーん…だから何?」って感じだった。


──だって昔の事でしょう?


そして悪口を言う奴と同じ小学校に入学した。初めはそう気にはならなかった。楽しい友人は居たし、新たに出来たから。

それが気に食わなかったのだろうか?

……まったく世の中とは理不尽なものだ。

何故って? だってンだ、完全に思う側の身勝手だろう。

一人の親とあまり上手くいっていない男子に放課後一緒に遊んでいた新たに出来た友人と、遊具の一つである小山の上でプロレスをほぼ毎日のように強制された。

所詮、女子二人対男子一人だ、普通力量差で男子の方が勝つに決まってる。

当然俺も友人も適わずに山の上から落とされて、衣服は草で汚れた。

それは小学二年生まで続いた。まったく傍迷惑この上ない。

俺がショックを受けたのは三年生。山の上から一緒に落とされていた友人が、俺に悪口を言う奴のグループになり、俺を集団で責めてきた。


──……俺が何か、したか…?


疑問しか、なかったんだその時は。変化が起きたのはその日の放課後帰宅してから。

自分の部屋で出来事を思い返して、やっと、その意味に気がついた。


──あ、俺…裏切られたんだ……?


と言うには語弊があるかもしれないが、その時の俺はそう感じた。

理解すると同時に軽い絶望で一瞬視界がぼやけ、すぐに元に戻った。

その現象は四年生まで続き、四年生後半期になるとそれはなりを潜めるように、静まった。

五年生、六年生は特に何も無く卒業し近くの中学に進学した。

六年生の時の担任の、女史がほぼ毎日のように泣いていたのが少し記憶には残っている。


中学では俺の変人性を理解してくれる貴重人物と仲良くなれた。俺も嬉しかったし…

けどさやっぱり人と関わるのは苦手。

一年生の半ばから今も笑ってる親友と出会った。初めは俺の悪口を言ってる奴らのグループと話してたんだが、ある時廊下で話を不意に耳にして、思わず口を挟んでしまったんだ。俺だって、転校してきて戸惑ってる所に酷い事を言われるのは嫌だからな。

それがきっかけでその子と仲良くなれた。その子と居れるだけで俺は笑顔になれたんだ。

二年生になってクラスが変わり、クラスメイトも変わった。

だからかな、徐々にフザケ出す人が出てきたのは?

帰りのHR。係の仕事として次の授業で使う物を報告する。俺の担当は社会。当然宿題や予習、道具が多い。となると必然的に連絡は長くなる。

どうやらそれが嫌だったらしい、日直担当の子は俺が言っている途中で順番を飛ばし、次に進めた。


(…………まァ、良いか。困るのはこの人らだし、俺後の黒板にも書いてるしな)


初めはそう思い、何も言わずに待ってみる事にした。それが彼を助長したのか、彼は止めずに暫く同じ事を繰り返した。流石に俺も少し頭に来た。

だから少し心をプチッと潰してやろう、くらいの気持ちで文句を言おうとした時。


「まだ連絡してんのに何で進めるん!」


……担任がキレた。

いや、担任に文句は無い。文句は無いが……。

俺がキレたらアカンやったんかね?←←

で、説教した担任が俺に「も一回言ってくれる?」て言うたから、さらりと毒を吐いた。流石に俺でも鬱憤もストレスも不満も貯まるわボゲ。担任に罪は無いけどな、うん。

その言葉がこう。


「……は? 何で聞こうともせん奴らに言わなんとです? そんなのに時間使うんやったら、本でも読んでた方がマシだ。それと…聞かなかったのはてめぇらだから。明日道具忘れても俺のせいにすんなよ、


その時は勢いは削がれたけど、確かにキレてたな、俺も。クラスメイト全て病院行きにする勢いで暴れたいくらいだったし。

……あの後担任が凄くオロってたのは言うまでもなく。渋々担任に免じて報告した。もちろん真顔で淡々と。…帰りに友人に宥められたのはまた別の話。(友人・男)

三年生はまァ……普通。一人俺を敵視してた奴居たけど。俺理由分かんなかったけど。まァ無事何も無いから問題は無い。


そして、高校。

…少し驚く事があった。それは初めて教室に入って席についた時。自分とそう離れてない、出席番号の男子に睨まれた。初めて会うはずなんだけど……?

と思いつつ、席に着く。

俺の前の番号の人は女子で、凄く可愛かった。一言で表すならば桜吹雪を纏う天使。見てるだけで癒された。前後の席だったからよく話して、仲良くなった。その時は充実していたように思う。

だが今はその子はもう、学校にもクラスにも居ない。イジメが原因で転校した。

気づけなかった。あんなにも苦しそうに押し隠してたのに……。

そして二年生。新しい季節の始まり。新入生が入ってきて、先輩になった。掛け持ち数は三つに増え、毎日が忙しいが部室や図書室に間だけは楽しかったように思える。

癒しの件があって教室は息苦しい場所でしか無くなった。息をするのも嫌だし、中に入る事すら億劫だ。


けれどそれも、今回まで。

今日は俺の誕生日。そして…命日にもなる日。

俺は見慣れた街を見下ろした。頬に当たる風が気持ち良い。

風たちが俺に『飛び降りていい』と囁く。


蒼空に手を広げてそのまま街の方へ身体を傾ける。後は体重がなんとかしてくれた。

あまり重い方では無いが遠心力か何かの力が働いたのだろう、身体はゆっくりと、着実に地面に向かって落ちていく。

目の前に記憶に残っているシーンが動画のように流れる。


──……これが所謂、“走馬燈”…………


そして数秒後。身体は地面に勢い良く叩き付けられ、首が折れる音、頭から血が流れ出す音が聞こえた。

蒼空に手を伸ばして、軽く掴むように手を握ると、蒼空は段々ぼやけて見えなくなった…──



作品名:『一つの眼に映る。』

作者:幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕

アトガキ:これは俺の実体験を元にしてる、話。名前は少し変えてるし、まだ死んではいないけど、もしかしたら近いうちに死ぬかもしれない自殺してしまうかもしれない

そう思って、俺の体験を書きまとめてみた。

小学三年生の時に経験したは、今まで明るかった(らしい)俺の性格を塗り替えたらしい。あまり笑うことも無くなって、ただぼんやりと自分やその光景を遠くから別の自分が眺めてる感覚が、その時から始まった。それは今でも続いているし、笑うことがめっきり減ったように思う。

高校の俺の癒しをイジメてたのはクラスメイトの男子グループで、その中心核は俺を睨んできた、あの子だった。

Twitterで悪口を複数人で一斉に送り付けたり、聞こえるか聞こえないかの距離で『学校に来んなや』とかを言ったり。

俺やもう一人の友人癒しはそういう事には耐性があったみたいで、そう気にはなっていなかったから、相手にしてみたら余計に火に油を注ぐ結果になったのだろう。

だったら……

俺はどうしたら良かったんだ? 大人しくイジメの的になってれば良かったのだろうか? それともいち早く担任に報告すべきだったんだろうか?

…………未だによく分からない。過去に未練たらたらな俺が、言うべきことではないかもしれないけれど。

大事な人にたくさん思いを伝えて欲しい。たくさんの思い出を作って欲しい。たくさん笑って泣いて、その人と距離を縮めて欲しい。




たくさんの人が幸せに暮らせるよう、願ってます。

これを読む貴方が、幸せな日常を送れますように。

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一つの眼に映る。 幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕 @Kokurei

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