第3話 五月雨愛士の質問(2)
「訓練、とはいえ私が手伝えることはそれほどありません」
エリはそう言うとテヘッと無表情で舌を出した。
こういう場面で感情出してほしいのになぁ。
「《神源スキル》はこの世界の神、善を
「何で神なのに同じ神の事を知らないの?」
「あなたはクラスの同級生の事を全てご存知ですか?」
あーー、そういう感覚か……。
「今、この世界は窮地に立たされています。邪神と善神の二柱がバランスを取り合うことで成立していたこの世界は、善神への信仰心が極端に薄れることで少しづつ崩壊しています。今はまだ目に見えた変化はありませんが、タイムリミットに近づくに連れて崩壊が加速します。この世界の知的生命体が混乱し始めるまで、およそ一年後です」
「何で善神の信仰心が?」
普通考えて、善を司る神の信仰が極端に薄まるとかどうなのだろう。
「この世界での悪を望む心が極端に増加したことが原因です。邪神の仕業と見ていますが、詳細は不明です。封印されておきながら、どうやって外界に干渉したのか……とにかく、邪神が復活した今となっては善神の力の欠片たる《神源スキル》持ちを集めなければならない、ということです」
ところで喋ってばったりなので、早く訓練しましょう?と促されたので頷く。こんな読者への説明文的な会話は要らないのだ。
~・~・~・~
しばらく雲の上を歩いていると、不意に雲海が途切れて橋が姿を現した。見た目は何処ぞの内海に掛かっている大橋のミニチュア版で、数多くのワイヤーが陽光に照らされ鋭い輝きを宿している。
天界のイメージは少しづつ崩壊していたが、丁度タイムリミットを迎えていた。
いやさ、何だよあの出来立てホヤホヤ感漂う現代的な橋は!?コンクリートにワイヤーってどうなの!?この天界って実は地球大好きな連中ばっかりだったの!?
「あ、その橋は先ほど即席で作りました。飛べない人間が約一名同伴しているので」
「お前かエリいいいいいい!!!!」
もう駄目だろ色々!!天界が地球発ポンコツ女神主犯の添加物だらけになるよ!!今は亡き善神が見たら悲しむよ!?
……色々疲れたのでツッコミはもう止めて、大人しく橋を渡る。
橋を渡った先には超高層ビル……ではなく、小さな仙人でも住んでいそうな神々しい小屋があった。雰囲気は神聖そのものだけど、パッと見では苔むした板に立て付けの悪そうな扉など、いつ取り壊されても可笑しくない感じだ。
「この小屋は一見すると狭そうに見えますが、中は広いですよ。この見た目は善神の趣味らしいです。日記に書いてありました」
「善神もまさか自分の日記が人に読まれるとは思わなかっただろうね」
神が日記を書く時点で既に驚きだが。
「どれどれ、『善神って退屈過ぎるな。邪神とやらももう封印しちゃったしー、いっちょ小屋でも作ってみるか!!一人でキュウヤンでもしていよう』というのが動機らしいです」
チャラいね善神。
「キュウヤンって?」
「地球で言うところの野球です」
一人で野球って可愛そすぎるよ。友達いないって辛いね。
「まーともかく、この中ならスキル打ちまくっても大丈夫ってことですよ。さあ入りましょう」
見た目通り立て付けが悪く扉を開けるのに苦労したが、何とか開いて中に入る。するとそこはただ真っ白な空間が広がる別世界だった。
「す、凄い。これって東京ドーm」
「3個分ですね」
だから最後まで言わせて欲しい。
「ここでスキル発動でも練習しましょうか」
エリは立ち尽くす僕から数歩離れてから、こちらを振り返った。長い黒髪が宙を舞い、サラサラと流れる。眠たげに見える伏せがちな両目の瞳が僕を捉えてきた。
少し変わった場の空気に少し呑まれながらも、僕は覚悟を決めて聞いた。
「スキルの発動方法、教えて下さい!」
標準的なそれよりも少々薄い唇を開いて、エリは言った。
「《仲介神介入権:スキル強制発動》」
ゴポッ。
自分の何かが外に溢れ出たとぼんやり感じた瞬間。
「おわっ、ちょっ、えーーー!!」
視界が逆さまになっていた。いや、自分が逆さまになっていた。
「ど、どういう事これ!?」
「《仲介神介入権:スキル強制終了》」
ドサッと地面に投げ出された僕は困惑していた。一体さっきのは何だ。
目を回す僕を放置して一人で「成程、邪神討伐そのものはともかく……」とブツブツ呟くエリに向けて、クレームを叩きつける。
「おいエリ!!さっきのはどういう事だよ!!スキル強制介入って先に教えろよ」
「事前に言わない方が面白い反応を引き出せるかと思いまして」
そういうドッキリは要らないよ。
「あなたの持つスキルですが、ほぼ確定しました。その事については後で教えるとして、今は強制介入に慣れてください」
「え?」
「強制介入に慣れる、それでスキル発動の感覚が掴める筈です。体の感覚が何か覚えていませんか?」
「そう言えばさっき、何かが溢れるような感覚が……」
「そう、それです。その感覚を掴んで自分で出来るようになって下さい。あまり時間が無いので一番速い方法を取らせてもらいました」
成程、素人が何度もサッカーの試合をぶっつけ本番で繰り返すようなものか。乱暴な方法だが手っ取り早くはある。
それから何回かスキルの強制介入による練習を繰り返した。すると不思議なもので段々と『器』が何処にあるか分かってきて、『器』をどう傾ければ中身が溢れる=スキルが発動するかが理解出来た。
「流石は《神源スキル》保持者なだけありますね。理解が速い。普通ならあと一週間はかかるところです」
エリが素直に褒めてくれたので、それが何となく嬉しくてつい笑った。
「いや良かったよ。これで暇つぶしを効率よく
行えるってものさ」
そう言ってから自分で変な事を口走っていることに気づいてまた笑ってしまう。そんな僕を無表情で見つめていたエリもまた、微笑を返してくれた。
「これで謎現象もコントロール出来るようになってきたけど、そろそろ教えて貰ってもいいかな?」
逆さまに宙へ浮いた僕はエリに尋ねた。
エリは背中の翼をゆっくり伸ばして、ゆっくり閉じ、唇を舐めて話し始めた。
「善神は自分の信仰心が弱まったのを感じると、神の緊急マニュアルに従って――緊急マニュアルについてはまたの機会に――自分の力を《神源スキル》として世に拡散させました。その《神源スキル》は全て善神として相応しい能力でした」
「善神のスキルはこの世界に置ける夜空から由来しています。文献に記されていた《神源スキル》は12個。この世界の星座と一致します」
12個の《神源スキル》。
還元。
昇華。
祝福。
抹消。
救済。
創造。
降臨。
勝利。
審判。
正義。
慈悲。
「そしてあなたのスキル、それは《反転》です」
僕の運命はここで全て定められた。それは過言ではないだろう。
僕に授けられたとんでもないスキル《反転》は、これからの戦いで重要な役割を果たしていくことになる。
それも知らないこの時の僕は、「《反転》って強そうなスキルじゃないよなー」とか思っていた。
そんなわけが無かったのだ。だって仮にも神の力なのだから。
スキル《反転》と僕の長い付き合い。それの始まりだった。
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