第17話 追放 Ⅰ (メリー)

ー マートレア家の令嬢は顔だけ。


そんな噂が立ち始めたのはいつの頃だっただろうか。

王族は貴族や王族が強大な権力を握る特権社会で、貴族の令嬢や令息は性格が良いとは言えない者ばかりだ。

だが、そんな貴族社会の中でも特別メリーは疎まれていた。

それは彼女の美貌が貴族の令嬢の中でも嫉妬の対象となったからか、それともその美貌を理解し他人を馬鹿にするような態度を取っていたメリー本人の責任か。

それは定かではないが、それでもいつの間にかメリーは周りから疎まれるようになっていた。


ー 君は私と一緒になるべきだ。


そしてそんなメリーの噂が酷くなっていた頃だった。

愚鈍、そう罵られる王子がメリーの元へと愛人にならないかと誘いに来たのは。

勿論最初メリーがその王子に心を許すことはなかった。

当たり前だろう。

その時既に王子は愚鈍な人間として王国中に知れ渡っていたのだから。


ー 王子?は、私に嫁ぎたければ王太子になってからにして下さい。


だから王子が来るたびメリーはそう王子を罵って帰した。

それは本当に貴族社会で顔だけだと噂されるのに足るだけの態度で王子に接した。

そしてそこから王子は途端に通って来るのをやめ、メリーは王子もまた他の婚約者と同じように自分の性格を見て失望したのだと思った。


ー 王太子に私はなりました。だから約束を果たしてくれますね。


だが、王子はその数ヶ月後本当に婚約者となって現れた。

そしてその時メリーは悟った。


目の前の王子は今まで去っていた他の男達とは違い、メリー自身に目を向けてくれる人間であることを。


それはメリーが望み、諦めたものだったはずだった。

自分が性格の悪いことを意識して、それでもかなりの高位の貴族であるので治さないでいいとそう思っていたメリーを初めて評価してくれる人間。


ーーー その時、メリーは王子は自分だけの王子様であったと確信した。


それからただの自分の勘違いである可能性など一切排除して、王子も自分を好いてくれているということをメリーは妄信的に信じるようにとなっていった。



◇◆◇



そしてメリーは王子と楽しい日々を過ごしていくようになったが、メリーが王子の妾となってからやがて数年が過ぎた頃、現れたアリス・アストレアという少女の存在に全てが狂い始めた。

それまでは王子の正妻はメリーであるのだろうと貴族社会では噂になっており、そしてそのことをメリー自身も信じて疑っていなかった。

何故ならば、王子は自分のことを愛してくれていると、そうメリーは思い込んでいたのだから。


だが、明らかに王子はメリーよりもアリスの方に好意を寄せ始めていた。


それは周りから見ても一目瞭然で、しかしメリーはそのことを認めることはできなかった。


王子は自分を愛している。

王子と自分は運命で結ばれている。

王子は自分だけを見ていなければならない。


そんな激情が王子とアリスが一緒にいる姿を見るようになってから溢れ出して来て、日々苦しむことになった。

王子は好色で、様々な愛人を囲っていたが、だがその中で1番メリーのことを気に入っており、そしてメリーが苦言を申せば王子はあっさりと妾を追放した。

だからメリーは今度も王子にアリスを追放するように頼みに行ったが、王子に素気無く断られた。

それは初めての体験で、だからこそメリーには許すことが出来なかった。

アリスが王子の逆恨みで婚約破棄され、そして令嬢として生きられなくなった後でもその憎悪の炎は消えることはなかった。

何故なら、王子が未だアリスのことを思っていることは側にいるメリーは簡単に悟ることが出来たのだから。


だからメリーはアリスが堕ちた令嬢になってからは手を出すことをやめ、油断した時に彼女を地獄に落とすことを決めた。


ー それで王子は目を覚まし、また以前と変わりないように自分を1番に見てくれる、そう狂信的に信じていた。


だからメリーには躊躇はなかった。

冒険者の、それも性欲を持て余している大柄な男を雇い、アリスを下女達に命じて呼び出した。

そしてそれからどうなったかメリー自身は確認していない。

だがあの状況から逃げ出せることなどアリスに出来るはずも無いことは明らかで、アリスがどうなったかそんなことは確かめるまでもなかった。

計画が全てうまく行った、そう信じたメリーは全てがうまく行ったことを喜んだ。


そしてだからこそ王子に呼び出された時もメリーの心に不安はなかった。


アリスは少しばかり美しいだけ。

アリスが純潔を失えば直ぐに王子は私という運命の相手を思い出す。

だから、私にはもう恐れることなどない。


「メリー、お前はアリスに手を出したそうだな!巫山戯るなよ!お前程度の美貌でアリスに手を出そうとして、許せると思ったか!」


「っ!」


だから、呼び出された先でそう王子に怒鳴られた時、何が起こったのかメリーには理解が出来なかった。

ただ、それでも王子が自分に憎しみに満ちた目で見てくることが耐えられず、何か言葉を発しようとして、


「お前は妾としても要らない。


メリー、貴様を追放する」


「なっ!」


その前に王子にそう告げられた。

絶望で目の前が暗くなって行く中、


「自業自得だ」


王子の部下の1人から、聞きなれない声でそう憎々しげに吐き捨てられた気がした………

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