第16話 怒り(青年)
檻の中に閉じ込められ、一体どれだけの日々が過ぎたのだろうか?
それは長らく檻の中に過ごす内に時間の感覚を失った俺には分からない。
だが明らかに10年、いや場合によっては20年は過ぎているはずで、
ーーー だからこそ、彼女と全く瓜二つの外見をした少女を見た時俺は動揺を隠すことが出来なかった。
人間離れした美貌はまさに彼女と同じで、決して気の強いタイプでは無いのに心に何か芯を持った、その様子までもかつての彼女と同じ。
ただ1つ少女が彼女と違っていたのは、背負いきれない悲しみに押し潰されそうになっていたこと。
そしてそのことに気づいた俺はいつの間にか少女に声をかけてきた。
人間などもう信じない、檻の中で何度も唱えた誓いをあっさりと破って………
◇◆◇
「相変わらず俺も諦めが悪いな……」
そう苦々しい表情で呟く俺の胸の中には、1人の少女が安らかな寝息を立てながら寝ていた。
彼女の名前は知らない。
話を聞き、彼女が今までどんな目にあっていたのかを全て俺は聞いたが、肝心の名前を聞き忘れていたらしい。
「まぁ、俺も名前を教えていないからお互い様だが……」
と言いつつも、俺は少女の名前を聞いたとしても自分の名前を教えることは無いが。
これまでの話で彼女が俺をこの場所に閉じ込めた人間とは違う、正直かなり好感の持てる人間だと分かったが、それは別だ。
少女のことを思うからこそ、俺は自分の名前を教えることはできない。
「あの人、では無いんだよな……」
そして少女の寝顔を見ていた俺の口からふと、そんな言葉が漏れた。
そんなことはとうに分かっていた。
10年以上経っているのに容姿の変わらない人間などいないとか、そんな話では無く、もう彼女はどこにも存在しない。
そのことを俺は誰よりも知っているのだ。
だが、それでも本当に少女はあの人に似ていた。
それは外見だけでない。
むしろ内面の方があの人に似ている。
限界になっても、それでも人の為に自分を犠牲にするそんな所が。
彼女達は決してそれは自分がやりたいだけだから何も気にすることはないと笑うだろうし、実際その通りだろう。
確かに彼女達が尽くすのは家族や友人、そんな仲のいい人間だけで、赤の他人にはある程度気を回すぐらいしかしない。
「だからって、尽くし過ぎだろうが……」
俺は安心しきった寝顔を晒す少女を眺めながらそう漏らす。
今、俺は彼女を抱きしめている、つまり檻の外から出ている。
しかし少女はそのことさえ気づくことはなかった。
気づけないほどに消耗していた。
「なぁ、あんたらは何でそこまでする?」
人一倍寂しがり屋で、人からの悪意に弱い癖に家族を助ける為に迷わず自分を犠牲にした少女。
自分の記憶を捏造しないと日々過ごしていくことさえも困難になるくらいボロボロに消耗しながら、それでも家族のために尽くそうとする少女、彼女は何故そこまで必死になれるのか。
そしてどうしてもう、人間などに関わりたくないとさえ思っていた自分が目の前の少女のその姿にこんなにも心を動かされているのか。
「本当に分からねぇな……」
それらの答えはどれだけ俺が考えても出すことは出来なかった。
ーーーだが、自分が何をしたいかそれははっきりと決まっていた。
俺は手を上げ、魔術を発動する。
魔術、それは古の秘技。
俺の魔術は恐ろしいほど強力で、かつては世界さえも歪めると恐れられた。
勿論、今の囚われの俺にはかつてほどの力はない。
「だが、俺を捕らえた王族どもの想像よりは遥かに魔術を使える」
俺の呟きに反応するかのように魔術が発動して、俺の腕や脚を拘束していた鎖が弾け飛ぶ。
それは檻の錠を壊したのと同じ魔法で、決して発動が困難なわけではないが、身体に傷をつけかねない為、使い所が難しい魔術。
しかし鎖が取れた俺の身体には一切傷が付いていなかった。
「鈍ってはいないか……」
そして俺はそれだけを呟くとさらに魔術を発動して、自分と同じ姿をした分身を二体召喚する。
そして1人を先程の自分と同じように檻の中に拘束し、もう1人の姿を変えて少女を抱えさせる。
それから俺は自分の姿も変え、未だ眠る少女の耳に小さく囁いた。
「次起きた時にはもう少しお前を取り巻く状況をましにしてやる。だから今は安心して眠っとけ」
そして俺は姿を変えた方の分身に少女を宿に送るように命じ、胸に燻る怒りの感情に促されるまま部屋を出た。
少女が望んでいるのは家族の幸せだけだろう。
彼女はそれ以外に自分をこんな状況に追い込んだ人間に対する復讐など一切望んでいない。
いや、望んでいるかもしれないがだがそれはただの怒りで復讐心というほどには成長していないだろう。
だが、周りが彼女を置いておくことはない。
必ず、何かしらの行動を起こしてくる。
もう既に彼女を限界まで追い詰めながらもまだ満足せずに。
それを放っておくことは出来ない。
「本当に、王族は常に愚鈍で救えねぇな」
そして何より俺自身が彼女を貶めた人間を許すことが出来なかった。
「自分達が何をしたか、丁寧に教えてやるよ」
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