第6話 王家 Ⅰ (国王)
令嬢であった、そのことが信じられないほどのボロボロの身なりをして歩く少女、アリス。
「はぁ、」
そしてその姿を見て1人の男が嘆息した。
冠を被り、そして白い髭と髪に包まれた顔。
それは王国の国王、その人だった。
彼は未だ四十代とは思えない皺が色濃く刻まれた顔に疲労と遣る瀬無さを浮かべながら歩くアリスを見つめていた。
「本当に、よくこれだけのことを起こしてくれたものよ……」
だが次の瞬間、彼がポツリと漏らした時その顔には堪え切れないだけの怒りが籠っていた。
◇◆◇
彼の息子、マルズは最初から歪んだ人間だった。
だがそのことに関して国王はあまり心配をしていなかった。
マルズの弟、つまり第二王子が兄の不出来さの対象となるように賢明だったのだ。
第二王子が成長し、そして来る時がくれば彼を次期国王にすればいい、そう国王は考えていたのだ。
だが未だその次男は幼い。
そして、良からぬことがあった時のため国王はマルズを仮の皇太子とした。
それが、どれだけ最悪の事態を呼び起こすかも知らずに。
王太子になったマルズが何を考えたのかはわからない。
だが、その行動は最悪なものへとエスカレートした。
独断で兵を起こし、自分を愚鈍と罵った貴族に襲いかかろうとした。
しかも、名門貴族に。
さらには王太子という身分を利用して様々な令嬢との関係を国王も通さず持ち始めたのだ。
例え妾だとしても、王太子が貴族の令嬢との関係を持つという意味を一切考えずに。
しかも最悪なことに王子が様々な女性との関係を持った理由、それはただの性欲。
つまり、王子には一切の責任を取るつもりがなかったのだ。
それだけでなく、王太子という身分を何の罪を犯しても免れるものだとでも思ったのか、見目麗しい令嬢に関係を持つことを拒否されれば脅迫してでも関係を持っていたらしい。
それらの悪事を知った時、国王は激怒した。
王子を追放しようとさえ、考えた。
だが、最終的にはそのことを断念するしかなかった。
決してその理由は泣いて謝る王子に心を動かされたからではない。
その時には王子を追放することこそが王子の人生の中で最も重要だと国王は考え始めていた。
だが、その王族の不祥事を周囲に知らせるにはあまりにも時期が悪かった。
何故ならば、今の王国には王家の絶対に的な求心力というものが存在していないのだ。
その理由は今から十数年前の戦争。
そして大陸の中で随一の力を持つ王国が滅びかけたのだ。
何とか滅亡を回避はしたものの、その戦争のせいで明らかに王族の求心力は低下していた。
だが、戦後の1番混乱しているこの時期に関しては1番の王国の求心力が必要だった。
そしてそんな時期に王族に不信感を持たれるわけにはいかず、国王は王子の不祥事を全てもみ消し、証拠を焼き払った。
ーーー後にその時に王子を追放しておけば、もしくは証拠を焼き払わなければ良かったと後悔するなどと知らずに……
◇◆◇
「本当にあの時……」
もう、取り返しはつかない。
そう分かっていながら、国王の口から後悔の言葉が漏れる。
国のため、そう言いながら自分がどれだけの人間の人生を狂わしてきたか、それくらいもう嫌というくらい考えてきた。
「っ!」
だが、あのアリスという少女の姿を、そして彼女の弟であるマイル・アストレアの姿を見るたびに自分の起こした出来事が何を起こしたのか、突きつけられる。
他方は英雄と讃えられる行いを為しながらも、1人の屑が王族の中に居た所為で人生そのものを狂わされた少女。
そしてもう1人は姉の人生が狂ったことを気に病みつつも、それでもどうすることもできず、狂おしい程に悩む少年。
そしてその残酷な現状を引き起こしたのは他ならぬ自分だった。
「それでも、私には止まることはできないか……」
だが、それでも未だ2人に謝ることさえできない自分に国王は乾いた笑みを漏らす。
今や第二王子も14歳。
成人が16であるこの国ではあと2年の辛抱でマルズを皇太子の座から引き落とすことができる。
「そんな簡単には行かぬだろうが……」
しかし、国王の顔に浮かんで居たのは安心とは正反対の表情だった。
国王の頭に蘇るのはあの王国が二分される危機に陥った舞踏会。
王子の婚約破棄のこと。
確かにあの時王子は一切国の危機に関しては考えて居なかっただろう。
だが、その隣にいた女はどうか。
「あの女性がアリスの冤罪も知り、そして没落貴族、つまり元貴族であればそのことが分からないはずがない……」
そう思考し始めた国王の顔に鋭い光が浮かび始める。
しかも、あの時王子は一切何も考えて居なかったが、例え愚鈍と罵られる王子であれ、国を二分する危機に無知でいたというのは明らかな異常だ。
ーーーそう、まるで誰が王子に失敗した場合のことを一切考えさせないようにしていたかのように。
「何が狙いだ?」
そしてそこまで考え、国王はそう呟く。
この頃王子は貴族などの国王が王子に叱責できない場面でないと面会しようとしない。
それは明らかに王子が今までにない知恵をつけ始めた証拠で、
そしてその知恵を王子に授けた人物の狙いに対して国王は考え始めた……
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