五章

澄寧、初めて宮城へ行く


 ちょうど季節が夏から秋に移ろうとしている頃。

 宮仕えにも、女装生活にもすっかり馴染んだ澄寧は、離宮の廊下を一人で歩いていた。

 と、すると。

 珍しく慌てた素振りを見せる、豊母ほうぼと会った。


「どうしたのですか、豊母。何かありましたか?」


 不思議に思った澄寧が豊母に声をかける。

 声のした方に振り向き、澄寧の姿を認めた豊母は、


「あ、寧々ねいねい。いいところに来てくれた。ちょっとこっちにおいで」


と言って、澄寧に手招きをした。

 言われた通り、豊母の許に近づいた澄寧。

 その耳元に、声を潜めた豊母は、


「実はさあ、若様が折詰をお忘れになってしまったみたいなんだ。だからどうしようかと頭を抱えていたんだけど、そしたら香璘さんは寧々に頼めばいいとおっしゃって。悪いんだが寧々、ちょっと宮廷に行って、若様に折詰を届けてくれないかい?」


と言った。


「えっ! わ、私が、ですか……?」


 澄寧は驚いた。

 まさか自分が、宮廷に行って欲しいと言われるなんて。


「そうなんだよ、寧々。ここは一つ、お願い」


 豊母はそう言って頭を下げた。

 女官は何か特別な理由でもない限り、外朝に行くことは禁じられている。

 だがら、確かに正真正銘の男である自分が、従者のふりをして出向くしかなさそうだ(豊母が自分を男だと知っているかは置いといて)。


「寧々。行ってくれますか」


 振り返るといつの間にか、澄寧を使者に推した香璘もそばに立っていた。

 彼女も、頭を下げんばかりの勢いである。

 澄寧は決めた。


「…………わかりました。私が参ります」


 こうして二人の女に頼まれた澄寧は、ついに折れたのであった。

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