2-8
翌日、どこか浮ついた気分で昨日よりも気合を入れて化粧をする。もちろん稜也が気づかないであろう程度の差だ。
お気に入りの服は昨日で使ってしまったため、今日は少し責めた服。私にしては珍しく胸元が広く空いている。とは言っても、ブラをつければできる谷間が覗かない程度の空き具合だ。かがんだら谷間が見えてしまうだろうが、それはそれで稜也を落とすときに使った記憶がある。嘘だ。とはいえ、スタイルには多少自信がある。それを武器とは思わないが一つのポイントだろう。
こういう時に下着までこだわって、いわゆる勝負下着を選ぶ子もいると聞くが実際に見たことはない。彼氏とのデートの時は可愛い下着を着るという子は知っているが、それは見られるという状況を考えているからだ。
だからといって普段は地味なものばかりという子も多くないだろう。可愛いものは可愛いし、自分が気に入るものを見えない所だからこそ身に着けていたいではないか。
こだわって選ぶが見られたいわけではない。不特定の男性の視線を感じることは正直に言って不快だ。好きな人に意図して見られる分には良いと思うが、今回はそれにあたるのだろうか。嫌だと思っているならこのような格好は選ばないし、この服を稜也の前以外で着た記憶もないし、外で来たということも少ないように思う。
お互いに相手のことをよく知った仲ではあるが、久しぶりにこういう姿を見せるとなると少しばかり緊張する。
場所は今日もミーティングルームと決めてはあるが予約はしていない。昨日の段階で抑えようと思えば押さえられたいのだがあえてしていないのは、二人ともどこかで勉強を望んでいないのだろうか。
そんなことはない。私は普段使わなさ過ぎて事前予約のことを気に留めてもいなかっただけ、稜也の場合はきっと気にしていなかっただけだろう。
それに、もしミーティングルームが確保できなかったとしても学校なので場所くらいはいくらでもあるだろう。最悪の場合、私の家という選択肢もあるが若干の下心が見えてしまいそうなので避けたい。
浮かれすぎて早くつく。
二日連続でこんなことをやってしまうなんて、私は思っていたよりも未練がましいのかもしれない。昔から待ち合わせには早くるタイプだったが、今回はそういう性格上だけの問題ではない。
でも、彼に未練があるなんてことは悟られたくないし、自分でも認めたくはない。女であっても女々しいではないか。その女らしさは私の望むものではない。
ただ、いろんな人に助けを求めても結局助けてくれるのは稜也なのだと考えると、彼のことばかり考えて過ごした昨晩も当然のように思う。自分でも今の感情はよくわからない。
十五分も待っていないというところで稜也がやって来た。彼は普段から待ち合わせには早くやってくる。私との時だけではなく、友達との約束でもそうらしい。いや、私も今はただの友達だったか。
「相変わらず早いな。それとも今回はそんなに切羽詰まってるのか?」
「私が一人で寝る前まで勉強する程度には危機感持ってるけど。」
「勉強してたら寝落ちしたの間違いじゃなくて?」
「今回は違う。留年かかった私は強いから。」
「そこまで追い詰められてる段階で弱い。」
自然なやり取りをしながらエレベーターに乗り込み四階に向かう。この建物では五階までは階段で移動することを推奨されているが、空いているときはエレベーターを使ってしまいがちだ。
「ミーティングルームって空いてますか?」
受付のお姉さんに尋ねる。大人しそうな外見の文学少女(淑女か?)といった様子の女性だが、この階は学生のバイトが担当しているはずなのでお姉さんといっても私とそう変わらないような年齢のはずだ。確か、時給は千円。
「Fでしたら空いてますよ。」
「借ります。」
「では、ここに必要事項の記入をお願いします。」
カウンターの横から出てきた申込書に必要事項を記入する。名前や回生は勿論、学部や学籍番号の記入が必要だ。
「稜也の学籍番号ってL-13108だったよね?」
「そうそう。」
自然と覚えてしまった学籍番号。それを再び記入することに不思議な感覚を覚える。
「ありがとうございます。こちらがカギです。お帰りの際はカウンターまでお返しください。」
電子キーを受け取り、ミーティングルームFに向かう。八つあるミーティングルームの中でも特に狭い部屋だ。机は一辺が壁に接している状態でおいてあり、三人掛けの椅子しか用意されていないので通称カップルルーム。
その呼び名に反してカップルが良い雰囲気で過ごすにはオープンすぎる場所である。例に漏れずガラス張りで外から見えるだけではなく、ここはエレベーター・階段とPCルームの間にあるため、最も人通りの多い場所なのだ。周りの目はかなり気にしないといけないような場所だ。
「早速だけど始めますか。」
稜也そう言って筆記用部を取りだし、レジュメが入ったクリアファイルを取り出す。私もつられて勉強の準備をする。
カップルルームに来たというのに彼は普段通りだ。まあ、変に意識してしまった勉強が上手く進まないよりはいいのかもしれないが気合を入れてきた私が報われない。
確かに、私がお願いしたのは勉強を教えてもらう事だ。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、私たちの間には積もる話があるわけではないか。それに触れずに仲良くやって行こうなんていうのは上っ面だけの関係になってしまうではないか。私にはそれが心地悪くて仕方がない。
そんなことを考えたのは最初の方だけで、時間がたつにつれ勉強モードへと切り替わっていく。稜也の厳しい指導のせいだ。
今日もまた時間が流れていくのだった。
「ようやく追いついた。」
「詰め込んだだけだけどな。」
五時を回ったあたりでようやく今までの授業内容すべてを聞き終えることができた。細かい部分は省略しているが、それでも追いつけただけ良い。私にしてはかなり頑張ったのではないだろうか。
「本当にありがとう。助かった。」
「響きがここまで勉強に取り組んでるところ初めて見たわ。」
「受験生の頃以来かも。稜也に頼んで正解だった。お礼に何か奢るよ。…そうだ。もし、あれなら夕食でも一緒に食べない?」
あたかもその場の思い付きのように切り出してみたが、実際は昨晩、必死に考えて状況もシミュレーションしていたセリフだ。
「今日?」
「無理ならいいけど。」
「いや、昨日もそんな話になったから今日は空けてきた。」
その言葉に私は何故か照れそうになるが、稜也に合わせて平静を装って返答する。
「なら行こう。どこにする?」
「ゆっくりとできるところが良いな。響に話したいこともあるし。」
目線を私に向けたまま、しっかりと見つめられたまま言った。
待ち望んでいたような言葉に心臓の鼓動が早くなり、口元が緩む。内容も聞いていないというのに。
やっぱり稜也も関係が気になっていたのだろうか。それともまた別件なのだろうか。再度告白か改めて別れ話か。
様々な可能性が頭の中を駆け巡る。
数秒の沈黙の後、私はようやく口を開く。
「駅前の…あの個室居酒屋にしようか。」
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