完結編 キュアセイダー4号は君だ

 ――忘れないで。

 この物語の主人公は、あなただということを。


 ◇


 摩天楼に見下ろされた、平穏な街。夜景に彩られ、多くの人が行き交うこの街道を――あなたは、独りで歩いている。

 学校か、会社か、あるいはどちらでもない、何か。そこでの日常を終えたあなたは、いつも通りの帰路についていた。代わり映えしない、明日を迎える為に。


 ――だが。この日の夜だけは、少しだけいつもとは違っていた。


「わぁあぁあ!」

「きゅ、『吸血夜会』だあぁあ!」


 耳をつんざく、人々の悲鳴。誰もが無言で夜道を歩く、この空間の中で――彼らの叫びは、ひときわ強く響き渡る。

 何事かと振り向いた、あなたの眼には――人型の蝙蝠が無数に飛び、通行人を襲う惨劇が映されていた。不意に襲撃された無力な民衆は、容赦なく牙を剥く吸血鬼達を前に、為す術なく斃れていく。


 このままでは、自分もやられてしまう。そう思い立ったあなたは、少しでも遠くへ逃げようと、全速力で走り出す。

 ――その時だった。あなたの行き先を塞ぐかのように、目の前のトラックが横転してしまう。そのトラックの荷台には、マクタコーポレーションのロゴが窺えた。


「う、うぅ……」


 すると。激しい衝撃音と共に倒れたそのトラックから、運転手らしき人物が這い出て来た。


「なんて……こった! 積荷が!」

「クソッたれ! 奴ら、積荷を奪いに来たんだ! ――ぎゃあぁっ!」


 彼ら2人は、なんとかトラックから脱出したのだが――そのうちの1人は、飛来して来た蝙蝠人間に掴まれ、攫われてしまう。

 それを間近で目にした運転手は、震え上がりながらも足を引きずり、あなたの前に歩み寄って来た。どうやら、足を怪我しているらしい。


「……頼む! そこのあんた、このトラックの積荷を……ヴィラン対策室本部まで届けてくれないか!?」


 寄りかかるようにあなたの両肩を掴む運転手は、必死の形相で訴える。その震える指先は、トラックの荷台を指していた。


「無茶な注文なのは分かってる! ただの通りすがりのあんたに、こんな……! でも、でも、奴らにアレを渡したら……俺達がヴィラン共をぶっ潰すために造ったアレが、あんな奴らに利用されちまう! 頼む、頼ッ――!」


 そして、あなたが答えを出すよりも早く。あなたに縋り付いていた運転手は、先ほどの同僚と同じ運命を辿ってしまった。

 蝙蝠人間に攫われ、夜空の彼方に消えていく運転手。その最期を見ているしかなかったあなたは、背後から飛来する影を察知し、咄嗟に横に転がる。


 あと一瞬判断が遅ければ、あなたも蝙蝠人間に攫われていた。……そしてこうしている間にも、次々と罪のない人々が「吸血夜会」の毒牙に晒されている。

 ――もはや、一刻の猶予もない。そう決断したあなたはトラックの荷台に乗り込み、そこに隠されていた「積荷」を目撃した。


 メタリックレッド。メタリックブルー。メタリックホワイト。その三色のトリコールカラーで塗装された、鋼鉄の重鎧。両肩に装備された、多連装白血砲。鋭い頭部のトサカに、黄金色に輝く両眼。

 そして――フルフェイスの仮面に刻まれた、白十字の意匠。


 これが彼らの言っていた「積荷」なのだと、あなたは直感で理解する。この危機を脱するため、その鎧を装着し始めたのも、この直後だった。


 脚のパーツを、腕のパーツを、チェストアーマーを、マスクを。全て手動で、一つ一つ。

 やがて、全ての鎧をその身に纏ったあなたは。トラックの荷台から飛び出し、この場から脱しようとしたところで。


「……そこのあなた。その鎧、こちらに渡しなさいな」


 あの蝙蝠人間達を率いる、親玉と遭遇してしまうのだった。黒い燕尾服を纏う彼の周囲には、手下の吸血鬼達が無数に集まっている。


 ――鋭い前歯。尖った耳に、ギョロギョロと不気味に蠢く両眼。血の気が感じられない白い肌に、頭髪がない禿頭。

 得体の知れない、不気味さの極み。それが、あなたの目の前に立つ「吸血夜会」幹部候補の1人――ノスフェラトゥ・ニュータントだった。


「大人しくその鎧を渡して頂けるのであれば、この場は見逃して差し上げましょう。我々は、紳士ですからね」


 これだけの惨劇を引き起こしておいて、その男は白々しく言い放つ。そんな言葉が信じられるはずがないし、それは彼も理解していた。

 ――どのみち、偶然居合わせてスーツを着ただけの素人が、あの鎧を使いこなせるわけがない。それが、彼の見解だったのだ。


 だが。あのトラックの中に残されていた、血みどろの説明書を読んでいたあなたは――そんな彼の見立てを、大きく覆す。


「な……!?」


 ノスフェラトゥ・ニュータントが目を剥く瞬間。説明書に記されていた方法に従い、多連装白血砲を起動させたあなたは――その白い砲弾の群れを、吸血鬼達に解き放った。


「グギャアァアッ!?」


 無数。そんな言葉では足りないほどの、おびただしい数の白血砲弾が――濁流のように、蝙蝠人間達に襲い掛かって行く。一ヶ所に纏っていたヴィラン達は一網打尽にされ、次々と撃ち落とされていった。


「おのれッ……下等な人間風情がァァアッ!」


 その一斉掃射を、目にも留まらぬ速さで掻い潜り。ノスフェラトゥ・ニュータントがあなたを突き倒し、馬乗りの姿勢に入った。

 だが、彼が絶対優位の位置から拳を振るうよりも速く。――真横の方向から、轟音と共に白血砲弾が翔んできた。


「チィッ!」


 ノスフェラトゥ・ニュータントは咄嗟に跳びのき、その不意打ちを回避する。


 彼が睨んだ先には――「マシンエイドロン」の車上から66mm白血砲を撃ち放つ、キュアセイダー2号が立ちはだかっていた。


「おのれ……キュアセイダー2号ッ!」

「そこの君、乗って! 早くッ!」


 白血砲を連射し、牽制を続ける2号。彼の誘いを受けたあなたは弾かれるように駆け出し、エイドロンの後部座席に乗り込んだ。


「ここじゃ周囲を巻き込む……! 場所を変えるしかないか!」

「おのれェ……逃してなるものかァッ!」


 その直後、2号は一気にアクセルを踏み込み、摩天楼が見下ろす高速道路へと突入する。だが、ノスフェラトゥ・ニュータントは蝙蝠のような翼を広げ、上空からこちらを追跡して来ていた。


「飛ばすよ、しっかり掴まって!」


 そんなヴィランに対抗するかのように。2号はさらにアクセルを踏み込み、エイドロンを加速させて行く。


 ◇


 風を切り裂き、夜の街道を駆け抜けるエイドロン。その背後に、ノスフェラトゥ・ニュータントの牙が迫っていた。


「しかし驚いたよ。マクタコーポレーション製の新しいキュアセイダーを、現場に居合わせただけの民間人が使っていただなんて。……オレ達のために頑張ってくれて、本当にありがとう。ええと、君の名前は確か……」


 そんな中、実戦経験がないあなたをフォローしようと、2号は優しく声を掛けようとする。だが、振り返った先にノスフェラトゥ・ニュータントの貌が見えた瞬間、彼の声色は引き締まったものに一変した。


「……っと、そんな場合じゃなかったね。これ以上君を巻き込みたくはないんだけど、このまま彼を対策室まで連れて行くわけにもいかない……!」

「貴様らァァアッ!」

「仕方ない……君、多連装白血砲は使えるんだよね? あとほんの少しだけ……彼を止めるためにも、力を貸してくれ!」


 すると、その時――ノスフェラトゥ・ニュータントが牙を弾丸のように連射して来る。鋭利な殺人兵器が上空から襲い掛かり、エイドロンの上に降り注いできた。


 2号は巧みにハンドルを切り、その掃射をかわしていく。彼はあなたの方を一瞥すると、車体の位置をノスフェラトゥ・ニュータントの進行方向に合わせ始めた。


「オレが合図したら、白血砲を撃ってくれ! 照準はオレが合わせるッ!」


 彼がそう叫ぶ瞬間。エイドロンはトンネルに入り、ノスフェラトゥ・ニュータントが視界から消えた。どうやら、ここに入るには高度が高過ぎたらしい。


「……6、5、4、3、2……!」


 牙も飛んで来ず、怒号も聞こえて来ない、不気味なほどに静かな道。その只中を駆け抜ける中、2号の声だけがこのトンネルに反響していた。


「1、0! 発射、今ッ!」


 やがて、彼がそう叫ぶ瞬間。あなたはトンネルの天井に向け、多連装白血砲を撃ち放つ。

 刹那――エイドロンはトンネルを抜け、夜空が見下ろす街道に出た。


 その時、引き金を引いたあなたの前に――トンネルから出たところを襲おうとした、ノスフェラトゥ・ニュータントの凶眼が飛び込んで来る。


「死ねッ――ぐがああぁあぁあッ!?」


 無論。そんな至近距離で、多連装白血砲に装填されている全弾の、一斉掃射を浴びれば。如何に幹部候補のヴィランであろうと、ひとたまりもない。


 絶え間なく、矢継ぎ早に、ニュートラルを殺す白血弾を浴び続けた彼は――痩せ細った無力な「人間」に成り果て、路傍の茂みに墜落して行った。


 秒間200発の白血弾を連射され、耐えられるニュータントなど滅多にいない。あなたの射撃と、2号の機転の前に――「吸血夜会」のヴィランは、なす術もなく敗れ去ったのだった。


 ◇


「……ふぅっ。これであとは、君をスーツごと対策室まで送るだけ、か。ありがとう、君のおかげで助かったよ。これは、君が掴んだ勝利だ」


 戦いの終わりを迎えた、夜の街。

 パトカーや救急車が慌しく現場に向かう中、彼らとすれ違ったエイドロンは――対策室本部のビルに辿り着いた。

 2号はあなたをビルの前に降ろすと、すぐさま出発の準備を始める。どうやら、彼にはまだまだ仕事が残っているらしい。


「……済まない、オレには他にもやるべきことがあるんだ。この一件で、多くの被害者が出てる。患者達のためにも、オレは行かなくちゃいけなんだ。……もうすぐここに神威って人が来るから、あとはその人がなんとかしてくれるよ」


 2号は仮面に隠した真摯な眼で、あなたを見つめた後――エンジンを噴かせて、この場から走り去ってしまう。


「じゃあ、お気を付けて。――ありがとう、『キュアセイダー4号』」


 最後に、その一言を残して。


 ◇


 ――これで、この物語はおしまい。無事に戦いを終え、スーツを対策室に届けたあなたは何者でもなくなり、またいつもの日常に戻って行く。

 代わり映えしない、平穏な日々があなたを待っている。


 だけど、忘れないで。この物語の主人公は、あなただということを。

 あなたこそが、キュアセイダー4号なのだと。


 ――あなたこそが。本当の、「白十字仮面しろじゅうじかめんキュアセイダー」なのだと。

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