第2話 展示会の事件
――20XX年、初夏。
「キャプテン・コージ」のマッスルスーツを手掛けたことで知られる、マクタコーポレーション神嶋市支社では現在――新型パワードスーツの展示会が催されていた。
度重なるニュータント犯罪に対抗すべく、さらなる強化改造を経て完成した新型を前に、大勢の警察関係者や警備会社の役員達が集まっている。
ヴィラン対策室とマクタコーポレーションの共同開発によって生まれた最新鋭スーツが、赤いマットの上に雄々しく立ち上がっていた。
翡翠に塗装された重厚なボディが、照明の光を眩く照り返し、その存在感を遺憾なく発揮している。
――その装甲服の周囲を取り巻く、際どい衣装のキャンペーンガール達が、この展示会の景観に華を添えていた。
「むっほー! あの子のチチたまんねぇ! さっすが大手芸能事務所お抱えのグラビアアイドル達っ! 社長も太っ腹だぜぇ!」
「……はぁ、おい阿形。少しは自分達の新製品に目を向けたらどうだ。今日の彼女達はあくまで裏方なんだぞ」
「おぉっ! 浅倉刑事じゃないっすか! いやぁ会えて感激っす、今日こそそのHカップおっぱい揉ませ――あだあだあだだ!」
「現行犯逮捕してやろうか、この歩く猥褻物が」
「いだだだだ折れる折れる病院送りィ! ……あ、でもそれはそれで楓たんのぷるるんGカップに会えるかも」
「……こいつは全く……」
その中で1人。パワードスーツではなくキャンペーンガール達に夢中になっている阿形恭弥は、隣に立つ浅倉茉莉奈に腕を捻られていた。見慣れた光景を前に、キャンペーンガール達は苦笑いを浮かべている。周囲の関係者達は、「またあいつらか」と眉を潜めていた。
「……しっかし、残念だよなぁ。ここに
「飛鳥……?」
「ちょ、知らないんすか!? 今日来てる子達の事務所の中でも、ダントツで人気のグラビアアイドル『
まくし立てる恭弥の手には、駒門飛鳥というグラビアアイドルが、表紙を飾る雑誌が握られている。紅いビキニで、最低限の部分だけを隠した絶世の美女が、写真の中で挑発的な笑みを浮かべていた。
グラビアアイドルに詳しい彼曰く……豊満なバストだけでなく、強気な眼差しや黒髪と対比するような白い柔肌も、彼女の人気を支えているのだという。
「わかった、もういいもういい。どうにも、アイドルの類には疎くてな。……で、その人はどうしたんだ。事務所のアイドル全員を今日のキャンペーンガールに起用する、という契約だったんだろう?」
「それが1週間前から体調崩して自宅療養中らしいんすよ〜! 今まで病欠なんて一度もなかった超健康優良グラドルだったのに〜!」
「……そうか、それは気の毒だな」
「かぁー! 飛鳥ちゃんのFカップ美乳をナマで拝みたいがために、こんな展示会なんぞに来てやってんのに! ちくしょう今日は自棄酒だ!」
「……企業側の人間の発言ではないな」
下心剥き出しの恭弥に辟易しつつ……その一方で、茉莉奈は「刑事の勘」ゆえか不吉な予感を覚えていた。第六感の警鐘に促されるまま、彼女は神妙に雑誌の表紙に視線を落とす。
――が、すぐに他のことに気を取られてしまった。いつも自分と一緒に彼を制裁しているはずの「親友」の姿が見えないのだ。
「そういえば、叶恵の姿が見えんな」
「ハッ……そうだ。俺としたことが、一番肝心なおっぱいを見落としていた。俺にはまだ、叶恵ちゃんの女神的Eカップがあるじゃないか! ようやく橋野の野郎もいなくなったんだ、今度こそ俺がそのハートを射止めてやるぜぇ! どこ行っちゃったんだ叶恵ちゃーん!」
「……お前に話を振った私が馬鹿だったよ」
彩瀬叶恵の名前が出た途端、無用なハッスルをし始めた恭弥に、深々とため息をつき――茉莉奈は視線を正面の新型スーツに向ける。
(しかし……このスーツ、従来の警察用パワードスーツとはかなり外見が異なるな。右肩に搭載されている細長いロングレンジ砲といい、翡翠のカラーリングといい、蒼い両眼といい……。それにしても、この仮面の白い十字の意匠……どこかで見覚えがあるような……?)
そして、新型スーツの仮面に顕れていた「白十字」を訝しげに見つめていた――その時。
「うひょおおおい!?」
恭弥が素っ頓狂な声を上げ、口元を厭らしく吊り上げた。その様子に生理的嫌悪感を覚えつつ、茉莉奈は彼の視線の先を追い――言葉を失う。
なぜなら緑色の制服を着る受付嬢だったはずの彼女は、いつの間にかグラビアアイドル達と同じ際どい衣装を着せられ、その瑞々しい肢体を衆目に晒されていたのだから。
(……あぁ、もおぉ! なんで私がこんな目にぃ!)
顔から火が出そうなほどに赤面しながら、当の叶恵はキャンペーンガールに徹することを強いられていた。グラビアアイドル達に見劣りしない彼女の美貌に、何人もの関係者達が目を奪われている。
――本来、キャンペーンガールの筆頭となるはずだった駒門飛鳥が欠席したことに頭を悩ませていた事務所側が、叶恵の美貌を見込んで代打を企業側に頼んだのである。当然、入社2年目の彼女に拒否権などなく……今に至る。
(ウチの社長言い出したら聞かないし……この子も災難よねぇ)
(なるべく私達が前に出て、目立たせないようにして上げましょうか)
(それがいいわね。この子、もう耳まで真っ赤だし)
(んもーっ! こうなったらどんと来いやーっ!)
半ばヤケクソになりながら、同情と共にフォローしてくれるグラビアアイドル達と共に、キャンペーンガールの役割を全うする叶恵。
そんな彼女に、恭弥は興奮の声を上げ……茉莉奈は目を伏せていた。
「……叶恵。今度の休みに、いちごパフェを奢ってやるぞ」
「ぬひょーっ! 叶恵ちゃーん! こっち向いてー! もっと谷間寄せてー!」
そして、主題である新型パワードスーツを置き去りにして盛り上がる恭弥に苛立った企業関係者が、彼をこの場からつまみ出そうとした……その時。
「き……君っ! どうしたんだ、その格好は!?」
展示会場からやや離れた、入り口付近の警備員が、悲鳴にも似た声を上げる。そのただならぬ叫びに反応した関係者の数人が、その方向へ振り返り――さらに大きな悲鳴が響き渡った。
「え? なになに、どったの?」
「……あの女性……!?」
事態を今ひとつ飲み込めずにいる恭弥を放置して、茉莉奈は悲鳴が聞こえた方向に視線を向ける。そして……息を飲んだ。
――艶やかな黒髪のボブカットも、雄の情欲を煽る白い柔肌も、泥や草木に塗れ。強気だったはずの瞳からは、生気が失せて。かつての美貌など、見る影もないほどに傷つけられた、貫頭衣姿の女性。
この展示会場に突如現れ、周囲に悲鳴を上げさせた彼女は――間違いなく、自宅療養中とされていたはずの「駒門飛鳥」だったのだ。雑誌の表紙から窺える外見の面影を重ね、茉莉奈は冷や汗を頬に伝わせる。
「……飛鳥? 飛鳥……なの?」
「えっ!? 飛鳥っ!?」
すると、遠目に女性を見つめていたグラビアアイドル達も、徐々に彼女の正体に感づき始め――さらにどよめきを広げていた。
無理もない。「自宅療養中」であるはずの同僚が、あんな変わり果てた姿でこの場に現れて、驚くなという方が無理だ。
「……た、すけ……てっ……」
やがて貫頭衣姿の女性は、膝から崩れ落ち、倒れ伏してしまう。その光景を目の当たりにして、茉莉奈は険しい表情を浮かべながら彼女のそばへと駆け寄った。恭弥と叶恵も、その後ろに続いていく。
「え……こ、このボロいねーちゃんが……飛鳥ちゃん!? ど、どうなってんの!?」
「ま、茉莉奈! この人、ひどい怪我だよ……!」
「……とにかく救急車を呼ぶぞ! ただごとではなッ――!?」
次の瞬間。「何か」の気配を直感で感じた茉莉奈は、自分の言葉を言い終えないうちに拳銃を構え、支社を飛び出し上空に銃口を向ける。
――だが、視界の向こうに広がる青空には、何もない。
「ちょ、ちょっと茉莉奈、どうしたの?」
「何かが……いや、なんでもない。とにかく、彼女を病院に送ろう。彼女の怪我が難しい状況なら、橋野先生に頼るしかないな。ちょうど今、神嶋記念病院に出向しているらしい」
「えっ、ホント!? 橋野先生がっ!? でも……ちょっと申し訳ないなぁ。こないだもウチを助けてくれたばっかりなのに」
「最近では、東京よりここの方がニュータント犯罪の被害者が多いそうだからな。名医故に休めない、というのは無情な話だと私も思う。……それでも今は、彼に縋るしかない。行くぞ」
気のせいだったのだろうか。そんな思いに後ろ髪を引かれながらも、茉莉奈は追ってきた叶恵と共に来た道を引き返して行く。すでに、救急車のサイレン音が辺りに響き始めていた。
「……ふぅっ、危ねぇ。あの乳牛女、いい勘してやがるぜ」
――その頃、神嶋市支社の屋上では。両翼を伸ばした人面蝙蝠が、濁った瞳で茉莉奈を頭上から見下ろしていた。
2mを優に超える巨体を持つ彼は、翼をはためかせ屋上から飛び立ち――ある山を目指して、飛び去って行く。
「……病院送りってこたぁ、ここの近くにある神嶋記念病院だな。よし、
やがて彼の眼には――丘の上に聳え立つ、荘厳な洋館が映されるのだった。
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