番外編 映画とデートとキャプテン・コージ 後編

「神威さんも映画ですか?」

「えぇ、まぁ……次回作のヒーローが、夏の劇場版に先行登場とあったので――」

「先行登場?」

「――あ、いえ、別に何も」


 お互い、買うべき物を買った後。架と了は、暫し立ち話に興じていた。


「そういえば、あのココアって子は?」

「彼女は留守番です。……まさか、こんなところであなたに会うとは思いませんでしたよ。あの藍若先生の御息女とデートですか」

「あはは、デートなんて大層なものじゃないよ。ただ2人で映画見て、ちょっとそこで喋ってただけ」

「……それを世間ではデートと言うのですよ」


 了はあっけらかんと笑う架に、ため息混じりにジト目を向ける。やがて気を取り直すように息を吐くと、表情を真剣なものに改めた。


「先日のニュータント事件。……あなたの手術がなければ、大勢の命が失われていたでしょうね。いつものことながら、ご苦労様です」

「……キャプテン・コージの件か。神極光……だったっけ。確かに強力だけど、街中でほいほい撃っていい代物じゃないな、あれ」

「あの男は監督省からも、危険度Aクラスとして監視されているヒーローです。荷電粒子を自在に凝縮し放射する、奴の神極光も脅威ですが……あのマクタコーポレーション製マッスルスーツの性能も侮れません。しかし、単純な戦闘力としては確かに優秀ですが……人格面に問題がありすぎる」

「ニュータントでもヒーローは別……って聞いたが?」

「俺も、ヒーローだからといって考えなしに支持しているわけではありません。人類に危害を加えるのなら、ヴィランもヒーローも関係ない」


 ――デーモンブリードの活躍を契機に、架の勤務体制が見直され始めた矢先。東京のど真ん中で、キャプテン・コージとヴィランの戦闘に、民間人が多数巻き込まれる事件があった。

 以前よりは治安も改善されつつあるとはいえ、やはり何事もなく――とは行かなかったのである。


 駆け付けた架達の処置により、幸い死者は出なかったものの、多くの負傷者を生んでしまったことで、ヒーローに対する懐疑的な声も上がるようになっていた。


 だが、ニュータント犯罪に対抗しうるヒーローへの風当たりが強まると、彼らのモチベーションに悪影響が出る恐れがある。ニュータントと有効に戦える希少な戦力である彼らの不興を買えば、結果としてさらなる治安悪化にも繋がりかねない。

 そういった事情から、政府はメディアに命じてヒーローに対する否定的な報道の一切を封殺し、成果ばかりを誇張して報せるよう手を回していた。


 ――キャプテン・コージの活躍により、多くの市民が救われた。悪怯れることもなく、メディアはそう世間に報じたのである。

 負傷者の数や、その原因にも。死に瀕していた患者を救うべく奔走していた、医師の奮戦にも決して触れずに。


 それを快く思わないのは、報道を見た当事者の民間人達だけではなかった。橋野架という男を知る神威了もまた、少なからず憤りを覚えていたのである。


「……あなたこそ。これで、よかったというのですか。あの事件で全ての命を救ったのは、紛れもなくあなただった。奴はただ、暴れていたニュータントを倒しただけ。なのに、奴は全てを掻っ攫った。……許すのですか、こんな甲斐のない話を」

「許すもなにもない。彼は、自分の力を見せつけるためだけに戦っていた。……オレも、目の前の患者を救うためだけに戦った。ワガママなのは、お互い様だ」

「……相変わらず、呆れた人だ」

「それくらいしか、取り柄がなくてさ」

「違いありませんね。……女性の扱いも、まるで分かっていないようですし」


 ――だが、当の架は淡白な様子で「お互い様」と言い切ってしまう。そんな彼の人柄に触れ、了は暫し呆けた後――苦笑を浮かべるのだった。

 その鋭い瞳は、遠くの席で不安げにこちらを見つめる楓の姿を映している。放って置かれても平気な女など、そうはいない。


「……やっば」

「女性は一度ヘソを曲げると、なかなか機嫌が直りませんよ。せいぜいワガママを通した分、苦労してください」


 架は頬を引きつらせ、慌てて席に戻ろうとする。そんな彼の背中に、了が皮肉を投げ掛けた……その時。


「……あの時の医師だな」

「んっ……!?」


 近くを通りがかった、もう1人の青年に声を掛けられた。


 ――茶髪をセンター分けに切り揃えた、色白の美男子。

 藍色のライダースジャケットを羽織る、その青年の顔を一目見た瞬間――架はデジャブを感じ、目を見開いた。


「あなたは……」

「……」


 そう。自分はこの顔に、見覚えがある。


「貴様……キャプテン・コージだな。あれほどの被害を出しておいて、よく公共の場に顔を出せたものだ。このヒーロー気取りの恥知らずが」

「……!」

「……今の私は間阿瀬浩司だ。神の代行者たるキャプテン・コージは、こんな下々の溜まり場になど来ない」

「危険度Aクラスの野蛮人が、よく言う。貴様の体たらくはヴィラン対策室でも評判だぞ」

「ヴィラン対策室? ふん、何処の馬の骨かと思えば……無力な人間が集まる、烏合の集の使い走りか」

「なんだと……」


 その正体に架が勘付いた瞬間、正解を言い当てた了は剣呑な眼差しで間阿瀬浩司を睨み付ける。186cmの長身を持つ浩司は、鋭い眼光で見下ろすように了を射抜き――2人は一瞬にして、一触即発の空気を作り出してしまった。

 彼らの様子からただならぬ殺気を感じ取り、架は楓を放置するリスクを承知の上で、2人の間に割って入る。彼女の機嫌を取る前にまず彼らを止めないと、このカフェが吹き飛びかねない。


「ちょ、ちょっと2人とも落ち着いて……!」

「橋野先生、下がっていてください。この男のことだ……何かしら因縁を付けて、あなたに危害を加えないとも限らない」

「お前如きに用はない。私はそこの男に話があるのだ」

「言っておくがなキャプテン・コージ。貴様のようにニュータントを倒せるだけ・・のヒーローなど、掃いて捨てるほどいるんだ。しかし、彼らのようにニュータントの被害者を救える者は、ほんの一握り。貴様の価値など彼らに比べれば、取るに足りないものなんだ」

「神の代行者たる私を愚弄するか、『神装刑事ジャスティス』。……いいだろう、スーツを着て表に出ろ。二度とその名を名乗れぬようにしてやる」

「望むところだ紛い物が」

「もうっ……2人ともやめろったら! 用があるのはオレなんだろ!? 話は聞くから、もう喧嘩はやめなよ!」

「橋野先生……」

「……ふん」


 柄にもなく声を荒げる架に、2人は毒気を抜かれたように視線を逸らす。その気まずさを振り払うように、浩司は不遜な態度で鼻を鳴らしながら、架の前に立った。


「……さっきはああ言ったが、さして用事というほどのものではない。ただ、言いたいことがあるというだけだ」

「そう、なのか?」

「……」


 浩司は何か言いたげでありつつも、なかなか切り出せずに言葉を濁す。そんな彼が「用」を明かすまで、架は静かに待ち続けていた。

 ――やがて、浩司は意を決したように顔を上げ、架と視線を交わす。


「……あの時。少年の父親を救ってくれたこと……彼の『希望』を守ってくれたこと。その全てに、感謝したい。――ありがとう」

「……!」


 そして、彼の口から出て来た感謝の言葉に、架と了が目を剥いた――その瞬間。


「……と、キャプテン・コージが言っていたそうだ。泣いて喜べ橋野架、お前はただの人間でありながら神の代行者に認められたのだ」


 余計過ぎる内容を加えられ、2人は思わずずっこけてしまう。エスプレッソ、ちょっと零れた。


「なんだ、感動のあまり立つことすら叶わなくなったか。無理もない、キャプテン・コージは神の力を持つ天上人。それほどの存在に一目置かれるなど、下々の人間には天地が逆転しても得られぬ栄誉なのだからな」

「……」

「では、私はこれで失礼する。崇高なる神の代行者はお前達と違い、忙しい身なのでな」

「……」


 文字通り、「言いたいこと」を言い終えた彼は、不遜な表情のままこの場を立ち去っていく。

 あまりにゴーイングマイウェイなその振る舞いに、了は怒るどころか閉口していた。架も唖然とした様子で、その背中を見送っている。


「……橋野先生。あいつ殴っていいですか」

「せめて店の外にして?」


 ちなみにその後、店を出た浩司は会計を忘れていたことで店員に呼び止められ、恥をかかされたことに怒り「神の代行者たる私に向かってふじこふじこ!」とゴネていた。

 結局、見兼ねた架と了が建て替えたことで事なきを得たのだが――当の浩司は謝るどころかさらに拗ねて、そのまま立ち去ってしまうのだった。


 ――それに加え。遠くから不安げに見守っていた楓は、いきなり絡まれた上に奢らされた架を、涙目になりながら心配していたのだが……それはまた、別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る