第3話 はじめての魔法
「見つけてくれるって……一緒に探してくれるのか?」
ライクネスの真意が掴めずカインはそんなことを言っていた。カインを戸惑わせた張本人であるライクネスは困ったカインの顔を見てしたり顔で告げる。
「いやいや、実はもっと効率のいい方法があるんだ」
そう言ってライクネスは懐から何やら水晶のような青色に輝く円形の物体を取り出した。懐の中に入っていたのは大きすぎるような気がするがどこに収まっていたのだろうか。ただ見ただけでそれが庶民の手には一生かかっても手に入れられないものだと直感する。
「何だ、それ。水晶のようにも見えるけど」
初めて見る
「これは水晶じゃないよ。そうだね。言っても信じてもらえないかもだけどこれは
「は?」
予想を遥かに上回る解答が返ってきたためカインから上擦った声が零れる。
そしてそれはカインだけでなく周りで聞き耳を立てていた壮年の男たちも似たような反応をしていた。壮年の男たちの内の一人、ペテロがたまらず声をあげる。
「いやいや。そりゃ冗談でも笑えないって。ライクネスさん。竜ってのは魔獣の中でも最上位に位置する化け物だ。出くわしたら最後。潔く喰われるか、焼き殺されるか選ぶしかない。出会って生き延びたやつは誰一人いないんだぜ?それなのに竜の眼なんてどうやって手に入れるんです!?」
ペテロがからかうようにまくし立てるが、ペテロの言い分も最もだ。今現カインたちが暮らすミストラル王国で確認されている竜は六体。しかしそのいずれかの竜が討伐されたという話は聞かない。聞くのは旅人が竜に食い殺されたとか余り耳にしたくないことばかりである。
そもそも殺せない魔獣の体の一部をどうやって手に入れると言うのか。爪や尻尾ならまだ可能性はある。この王国のどこかにはどんなに離れていようと当たるまで自動で追尾するという魔弓の射手と呼ばれる弓の名手がいるくらいだ。遠距離から砕いたり切断することはまだ現実的だ。
だが眼はそうはいかない。まず眼を守っている瞼の鱗の強度だ。瞼は胴体の数百倍と言われており魔力で強化された弓であろうと貫くことは叶わないだろう。
次に眼という性質の問題だ。目は爪や尻尾と同じように生きながらに手に入れることは不可能だ。なぜなら目は刳り貫かなければならない。そんな暴挙を竜相手にやろうものなら命が幾つあっても足りない。
だからライクネスの言う加工された竜の眼というのは信じがたいのだ。だが宮廷魔導師の青年はそんな反論にも慣れているかのように表情を崩さず口を開いた。
「うん。その疑問は最もだね。でもその疑問の答えはとても簡単だ。子供でも分かる。なぜなら竜は二年前に一度とある傭兵の手によって殺されているんだ。これはその時殺された竜の眼だ」
ふふんと鼻を鳴らしながらそう告げ、証拠ってほどじゃないけど竜の遺体の映像を見せてあげようと続けた。
そして掌より少し大きめの竜の眼から出来た魔具を宙に放る。重力により落ちるはずの魔具は落下することなくフワフワと浮遊している。
「過去よ遡り、ありのままを証明しろ」
竜の眼で出来た魔具に語り掛ける。すると魔具が閃光に覆われ虚空に大きな物体を映し出した。瞬間カインを含めた男たちが信じられないといった様子で息をのむ。
そこには横たわる竜の死体と取り囲む学者や横行騎士の姿があった。竜の尾は無残にも切れ、片翼は切り傷だらけでもう飛ぶことが出来ないくらいボロボロだ。
竜の横たわる空洞は落石が目立ち激しい戦闘であった事が伺える。何より初めて見る竜は荘厳で死んでいるというのに未だ溢れる生命力にカインは見入ってしまっていた。それは他の男も同じようで誰一人として口を開こうとしない。
「これは僕の記憶を魔具に映し出したもの。説得力に乏しいとは思うけどこれが僕に出来る最上の証明だね」
自虐的に言うライクネスだが、誰一人としてこの映し出された映像が作り物であると思っていなかった。いや、思えなかった。
「すげぇ」
暫くしてカインから零れた声は震えていて感嘆に満ちたものだった。
竜を見せつけられたカイン以外の男たちは興奮冷めやらぬといった様子でライクネスの元から離れていった。恐らく村中に言いふらしに行ったのだろう。
カインは当初の目的であるロッシュの居場所を探してもらうためまだライクネスと共にいた。ラインに指定された時間には間に合いそうにないが、ペテロたちが上手くいってくれるだろうとカインは楽観的に考えていた。
一方ライクネスは、それじゃあロッシュを探そうかなと言い魔具に向かって短い呪文を唱え、真剣な表情で見つめている。とても話しかける雰囲気ではなかったが、初めて見る魔法にカインは少しばかり心が躍った。
この村には武術を扱える者はいるが、魔法を扱える者はおらずカインにとって魔法というのは小耳に挟む程度の噂と同じだったのだ。この村一番の実力者であるラインにしても簡単な自己強化魔法が使えるくらいで今ライクネスが行っている千里眼の魔法など発動しようとしても
ライクネス数分間、無言で水晶を眺め、不意に
「見つかったよ。たぶんこの子だと思うんだけど。この子で合ってるかい?」
促されるがまま魔具を覗き込むとそこには、藁の上に寝そべり本を読むロッシュの姿がある。
辺りには馬を留めておく柵があり、どうやら宿屋の裏手にある動物小屋に隠れているらしかった。今日は宿泊客はおらず、旅の友である馬もいない。つまり誰も入って来ないという訳である。
なるほど考えたなと感心しつつ、目的地を動物小屋に定める。行くべき場所がはっきりとしたのでもうこの場所に留まることは出来ない。なぜならロッシュをミーシャの元へ届けてもまだやらねばならないことが残っている。
「ありがとう。探していたのはこいつだ」
「それは良かった。それじゃ僕はここら辺で失礼するよ」
ライクネスに感謝の意を伝えると嫋やかな笑みと会釈が返ってくる。そんなライクネスの横を通り過ぎ数歩進んだ時、背後から何かを思い出したような声が背中に響いた。
「ああ、そうだ。カイン。言い忘れていたけど魔獣は基本的には夜行性だけど最近は昼間でも活動している個体がいるんだ。だから絶対に安全という訳じゃないから気を付けてね。もし魔獣と出会ってしまったら森の奥地へ行くんだ。そこなら安全だから。いいね?君とはまた近いうちに会うことになるとは思うけど君に死なれては困るからね」
それは未確認の情報で、詳しく訊きたい衝動に襲われたがこれ以上ラインを待たせるのも悪いと思い、会釈をするだけに留まった。
道すがらカインはライクネスの放った言葉の数々を反芻する。その中でも去り際に言った“近いうちに“とは一体どういう意味なのか。しがない農民が宮廷魔導師に会う機会なんて早々ない。考えうる限り思考してみたが検討もつかず気が付けば目的地である動物小屋は目の前だった。
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