第4話 動物小屋にて

 動物小屋は宿泊者が連れてきた馬や牛の宿である。敷地面積は十頭もの馬が入っても窮屈ではない程には広い。中には馬や牛のエサである干し草やベッド代わりの藁が敷き詰められている。


 カインが動物小屋の扉を開けるとキィと木材が軋む音がした。室内は薄暗いが六十度ほど昇った太陽から零れる柔らかな光のお陰で隅々まで見渡せる。


 パッと見、ロッシュの姿は見えない。魔具に映し出された無造作に放置されていた藁の上を重点的に見ると不自然に盛り上がっていて、青い髪のような何かが藁の隙間から覗いている。


 扉が開くのを感じて急いで隠れたのがバレバレである。


 カインはそれを確認すると大きくため息をついた。もし見つけたのが自分じゃなくミーシャだったら間違いなく覗いている頭部に向かって、ヒノキの棒が投擲されている。あれで隠れたつもりなのはまだまだ詰めが甘い。


 「ロッシュ、バレバレだぞ。頭出てる」


 隠れていた藁の傍に立ち、優しく諭すと


 「ハッハッハ。よくぞ見破ったな。流石はカイン・アミカル。我が因縁のライバルだ」


 そう息巻きながら藁の中から姿を現した。

 よほど恥ずかしかったのかロッシュの言葉遣いは訳の分からないものになっている。


 「何がライバルだ。十年はえーよ。とゆーか、そんなこっ恥ずかしい台詞を言うんじゃねー。聞いてるこっちが恥ずかしいわ」


 馬鹿な事を抜かすロッシュに呆れながら頭を小突くと、痛っと小さな悲鳴が零れた。ロッシュは微かに濡れた涙目を擦りながらジト目で無言の抗議をしてくるが、カインの方がむしろ被害者であるのでその抗議はお門違いである。


 そのことをロッシュも良く理解しているのか顔には出しても口に出すことはなかった。もし口に出していたら問答無用でもう一発小突いていた所だ。

 ロッシュは衣服や髪についた藁を掃いながら不満の声を漏らす。


 「兄ちゃん見つけるのはえーよ。まだ読み終わってないのに」


 そう言ったロッシュの手には本が握られている。随分前に創刊されたのか紙は黄ばんでいて、どこか小汚い印象の本だ。

 どういった内容の本なのか物凄く気になるところである。


 「なんだその本。きったねーな」


 「確かに汚いけど中々面白いんだぜ?悪魔っていう怪物とお姫様のお話しだからカインも読んでみろよ」


 嬉しそうな顔をロッシュは浮かべながら黄ばんだ本を差し出してくる。それを手に取り表紙を見ると奇怪な姿の化け物と煌びやかに着飾ったお姫様の絵が描かれている。そしてその本には〈残酷でけれど美しい、くそったれの世界で希う〉という口の悪い題名がつけられている。そこまで厚くなくいわゆる絵本というやつだろう。


 それにしても本が好きだとは知らなかったからカインにとっても意外だった。てっきり母親であるミーシャと同じように武術的な何かが趣味になるものだと思っていたからだ。 


 「ふーん。まあ気が向いたらな」


 「絶対読まないだろ」


 ロッシュは憮然とした態度で抗議の目を向けてくるが、今はそれどころではない。なるべく早くロッシュをミーシャの元へ連れていきラインと共に狩りへ行かなければならないのだ。時間さえあれば読んでみたいが生憎にもそんな時間はない。


 「今はそれどころじゃねーよ。俺がここに来た理由分かってんだろ。大人しくミーシャさん所帰るぞ」


 うげぇと心底嫌そうな顔を浮かべるロッシュに同情することなく、カインは淡々と述べる。

 しばらくうだうだ言っていたがとうとう観念したのか、ぶつぶつ言いながら動物小屋から出て行く。

 逃げないようにカインはその後を黙ってついていく。帰る途中、ロッシュは不意に立ち止まり口を開いた。


 「兄ちゃんその本預かっててくれ。母ちゃんに見つかったら破かれるから」


 ため息をつきながら言うロッシュにカインは内心、ミーシャさんなら本気でやりかねないと思い預かることにした。 

 

 とぼとぼと歩くロッシュの背中を見ながらカインはこれから起こる惨劇を想像して憂鬱な気持ちになったが、ロッシュから受け取った本を読むことを考えると少しではあるが気が軽くなった。


    ◇


 宿屋に着き木製の扉をくぐると仁王立ちの宿屋の主人がいた。赤い髪を腰まで伸ばしたスタイルの良い女性、ミーシャである。


 ミーシャは息子であるロッシュの帰りを待っていたらしい。


 そしてそのこめかみには青筋が浮き出ており、怒り具合が伺える。そんな荒ぶるミーシャの姿を確認しカインは黙ってその場からそそくさと離れた。


 しばらくして、自室で狩りに必要な道具を揃えていると凄まじい怒号が宿屋に響き渡りそれに続いてロッシュの泣き声が耳に届いた。カインはドンマイと呟き微妙な顔を浮かべた。


 そして、帰ってきたら慰めてやろうと思いラインとの待ち合わせ場所に向かう。


 日は既に六十度ほど昇っていて軟らかい日差しがさんさんと降り注いでいた。

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