第43話コンバート・パニック!!
空良が芹香と戦った場所の付近、大きな川を跨ぐ青い橋の下で、雪菜を探しに来た面々はトンネルの端で顔を隠すような体勢でしゃがみこむ水色の髪の少女を見つけた。
しかしその人物は、自分たちが今探している少女と似てはいても、なんだか様子が違う。若干背が高いように見え、髪が少し短い。身に付ける衣服はだいぶきつそうである。
浪は恐る恐る近づくと、その人物に遠慮がちに声をかけた。
「えーと……、違ったら悪いんですけど……。 氷室雪菜さんですか……?」
「敬語で話すなー!! 浪のバカー!!」
興奮気味にバッと顔を上げた彼女に怒鳴りつけられ、浪は一歩引いてしまう。誰もが彼女の『異変』に困惑している様子であるが、なんとなく何が起こったのかを察してシロは素直に驚き、浪と翔馬は同情するように苦笑いを浮かべ、凛が笑いをこらえる気もない様子で言う。
「おまっ、雪菜まさ……、ぶはっ、性別変わってんじゃねーか!! あははは!!」
「笑うなーっ!!」
「わ、わりぃわりぃ……、それ、くふふ……、アニマの魔術で?」
反省の色が見えない凛の問いに、雪菜らしき少年はふてくされたような顔で頷いた。
「嫌がらせみたいなことだけして逃げてったんだよー!! 明後日までになんとかしないと学校にもいけないよ……」
本人にとっては大問題なのであろうが、若干バカバカしいその内容にほかの四人はどこか気が抜けた表情だ。浪は呆れたような表情で、とりあえず確認すべきことを確認する。
「えっと、どっかおかしいところはないか?」
「おかしいところだらけだよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「わかってるってば……。 とりあえず問題なく動けはするよ……」
諦めたようにため息混じりで言う雪菜だが、もじもじしたまま一向に立ち上がろうとはしない。服装が肩を出したTシャツにスカートという元と変わらないものであるため、恥ずかしいのだろう。彼女いや、今は彼というべきか。その内心を察した翔馬がからかうように声をかける。
「髪切ったって思えば恥ずかしくないって。 背が伸びただけで体型は元からあんまり変わって」
「ぶっ殺しますよ?」
「よし、とりあえず車乗ってー。 俺の服貸してあげるからしばらくそれで行こうか」
真剣な眼差しで睨みつけドスのきいた声で返す雪菜に、翔馬は視線を逸らして白々しく話題を変えた。
そして少し落ち着いた雪菜を連れて浪の家に向かうと、いきさつを説明させる。まあ状況からして聞くまでもないであろうが。ざっと説明を受けて浪が呆れたようにつぶやいた。
「性別変化させるだけの魔術……、何を思って人間界に来たんだそいつ……」
「全くだよ……。 でも、冷静に考えてみるとほっといたら大混乱になりかねないよね。 なんとかしないと……。 あたしのためにも!!」
「で、どんなやつだったんだ?」
「いかにも胡散臭そうな感じでなんていうか……、エセ関西弁っぽい口調のでっかいコガネ虫みたいなやつだったよ」
「よくわからんけどすっげー特徴的だな……。 とりあえず緋砂さんがファクターと検知システム使って魔力探ってくれてるからそれ待ちだな。 もうすぐ連絡来ると思うんだけど」
浪がそう言ったところでちょうど、彼の携帯に着信が入った。緋砂と短く会話したあと、彼女が特定してくれた場所をみんなへと伝える。
「意外と近いぞ、名古屋ドーム行く道の高架下くぐるトコあたりだってさ。 あんまし大人数で行っても警戒されそうだし……、シロなんか連れてったら魔力ですぐ気付かれるしな」
「俺行くぞ。 逃げ足速いってんなら俺が一番仕留められる可能性は高いだろ」
名乗りを上げたのは翔馬だ。高い機動性とそこそこの火力を持つ彼は確かに逃げる下級アニマを仕留める役目には最適だろう。
「シロを置いてくことになるからとりあえずSEMM行って凰児と凛ちゃんで見ててもらおう。 念のため浪と……、逃げ道を塞げる雪菜ちゃんも一緒に来てくれるか?」
「あたしも行かなきゃダメ……、ですか? ううぅ……」
「恥かしいのはわかるけど元に戻るためだと思って……、頑張れ」
SEMMへと向かった後、渋る雪菜を連れて目標のいる場所の近くまで車で向かうこととなった。
とりあえず高架下をくぐるあたりの丁字路を直進した先の道路に車を止め、目標までは歩いて近づくことに。たいして移動したりはしていないようで、アニマの魔力の気配は三人にも感じられるくらい近いようだ。その時、辺りをキョロキョロと見渡していた浪が何かを発見する。
「あのあたりか……。 ん、あそこの神社の木の影になってる所になんかいるぞ」
「ああっ!! あいつだよあいつ!! よーし、ビットで包囲して……」
「待て、なんかブツブツ言ってるな。 この距離で気付かないってことは魔力を感じる力はあんまりなさそうだ。 気付かれないようにこっそり近づけないか……?」
そう言いながら少しづつ気づかれないよう慎重に接近し、少し離れた木の陰に隠れてアニマの独り言を盗み聞きする。アニマは雪菜の言っていた通りのコガネ虫っぽい見た目だが、リアルな虫というよりかはコミカルなマスコットのような感じだ。硬い外羽は閉じたまま、体との隙間から出ている薄い羽を振動させるように羽ばたかせて滞空している。
「そうは言ってもやで兄さん、魔力はそんな強ない言うんやったらなかなか厳しいて。 さっきもなんとかゆーとこの色々ちっこい嬢ちゃんがワイの事襲って来よって死ぬかと思ったんやからなー」
「誰が色々ちっこいだ!! っと……、いけない、静かに静かに……。 誰かと話してるっぽい?」
雪菜はアニマの何気ない一言に反応して不機嫌そうにしているが、なんとかバレないよう大人しく隠れている。
「アンリちゃんも人間界から主って奴に連絡することができるみたいだし、話し相手はあいつの主人かもな」
翔馬が自ら推測した内容を二人に小声で伝える。
依然、アニマの主人との通信と思われる独り言は続く。
「そんな状況で人間一人探せっちゅーんも無理な話やで。 目立たんようにはしとるけどなんか人間どもには魔力を検知してアニマを探す手段があるらしいって話やし、無駄死にはゴメンやで。 いや、逆らうつもりはないんやけどなあ、ワイのしょーもない魔術じゃ……、ん?」
アニマがため息混じりの愚痴をこぼしている最中、つい雪菜がよろけて足元の茂みを踏んで物音を立ててしまう。小さく声を上げてしまう彼女の口をとっさに浪と翔馬が二人がかりで押さえるも、その声はアニマにバッチリと聞こえてしまっていたようだ。
アニマは素早く移動し少し離れたところで三人へと視線を送った。
「通りでさっきからアニマに似た妙な気配がすると思うたら、アマデウスって奴やな……。 ん、そっちはさっきの色々ちっこい嬢ちゃんやないか、懲りずにまた来よったんかー」
「うっさい!! 元に戻せー!!」
「ええやん、仕事が終わったら異界に帰るさかい、そうしたら元に戻るはずやから辛抱しときや」
「あ、そうなんだ……」
「まあ嘘なんやけどな」
「翔馬さん、ヤっちゃって」
おちょくるような態度のアニマに、雪菜は影を落としたような顔で翔馬にそう促した。
半ば呆れつつも、翔馬はナイフを抜くと風の刃をまとって一気にアニマへと駆け寄った。一瞬で距離を詰め軽やかに飛び上がりアニマに向けてナイフを振り抜くが、アニマの機動力もそこそこのようで間一髪でよけられてしまう。しかしアニマが一撃を回避し一息ついて翔馬の方を見ようとした瞬間、彼はさらにスピードを上げ全く捕捉出来ないスピードで瞬時に三方向から連撃を浴びせた。
だが彼が地面を滑るように着地したあとナイフへと目をやると、刃が小さく欠けてしまっているようであった。そして何より、アニマは全くの無傷で先程と同じようにホバリング状態で飛んでいる。
「ふぃー、えらいスピードやなあ。 けど残念ながらワイの外殻は魔術抵抗があるんや。 魔術以外の攻撃で砕けへんと倒せんでえ。 ま、こっちも攻撃手段はないんやけど……、でもすれ違いざまに一発入れさせてもらったで」
「何だと? そういえばなんだか体が重い……、ってなんじゃこりゃああぁぁぁ!?」
異変に気がつき翔馬が自らの体に目をやると、胸部に大きな膨らみが。さらに背が小さくなって髪がひざあたりまで伸びている。その代わりに無くなったものもあるようだが。
「うわあ、翔馬さんが女の子になっちゃったよ!?」
「こ、これは……。 俺の時代が来る予感……っ!!」
「アホなこと言ってないで何とかしてくださいっ!!」
雪菜とそんなやり取りをしている翔馬は心なしかテンション高く嬉しそうにすら見える。確かにもともと女性顔負けの顔立ちだったが、今はさらに小顔になって少し可愛い系の要素が増したといった感じか。
しかし小柄ながら凛と並ぶくらいのグラマーだ。浪も呆れ顔で苦笑いを浮かべているがなんだか顔が赤い。
「あんさん男だったんかいな……、っと、今のうちにさいならー」
三人がついつい混乱している中、アニマはここぞとばかりに全速力で飛び去り、木々の合間を抜けて姿を消してしまった。
とりあえず手がかりを失った三人は仕方なく一度支部へと戻ることに。意気消沈の雪菜がため息をつきながら支部入口の自動ドアをくぐると、待っていたシロや凰児たちの他にアンリともう一人、余計な人物が増えていた。
「だはははは!! ほんとに男の子になってるよ……、意外とかっこいいじゃん。 よっイケメン!!」
「な・ん・で礼央がここにいるの!! 呼んだの誰!? 翔馬さん!?」
割とマジでキレている雪菜に睨みつけられ翔馬は必死に首を振り否定する。一人テンションの高い礼央だが、他の面々は翔馬を見て状況を把握したのか呆れ顔である。
「近くを通ったから誰かいるかなって寄ってみたらってかんじだよ。 ……、ゴメン、もう笑わないから無表情で魔力練るのやめて」
「……、翔馬が女の子になってる」
「うおっ、ホントだ!? Cランクの低級アニマじゃなかったんですか?」
シロのつぶやきにようやく異変に気づいた礼央が翔馬に聞いた。
「防御力と機動性だけいやに高くてな……。 やったと思って油断した隙にやられたみたいだ」
「なんていうかこう……、すごいですね。 正統派美少女って感じで」
「揉んでみる? 諭吉一人分で」
下衆なジョークを飛ばす二人にすかさず凛が厳しくツッコミを入れる。
「止めろ童貞どもが!!」
「残念、今の俺は童貞ではなく処じ」
「黙れぶん殴るぞ」
「ちょっと待って!! こんな可愛い女の子を殴……、るよね君だったらうん、ごめんなさい」
言葉の途中でしばし考えるように詰まった後、翔馬は素直に謝ることにした。呆れたようにアンリがつぶやく。
「なんなのよこいつは……。 全く、緊張感の欠片もないわね」
「あはは……。 で、翔馬。 真面目な話何か手はある?」
話の流れを切り真面目に問う凰児に、少し考えたあと翔馬は答える。
「魔術攻撃が効かないらしいから、肉体強化ホルダーに頼るしかないかな。 攻撃系強化が使えるとなるとお前か凛ちゃん、あるいはアンリちゃんか……、もしくはシロ? でも……」
「何か問題でもあるの?」
「お前が性別反転食らったら女子レスラーみたいになるんかね。 警備会社のCMやってた人みたいな」
「それはちょっと……、って今は真面目に話してるんだよ!! とにかく緋砂さんに頼んでもう一回場所を特定してもらうよ。 翔馬で勘付かれなかったんならシロちゃんと井上さん以外なら大丈夫そうだし、次はできるだけ人数揃えていくとしようか」
とりあえず一同凰児の言葉に頷き、緋砂が再度アニマの居場所を特定するのを待つことに。
一方その頃、何かしらの任務を受けて人目を避けながら移動していた虫型アニマは、どうやらその目的を果たすことができたようである。人気のない路地裏でアニマは二人組の人間へと向かって声をかけた。
「アニマの気配がすると思って来てみたら当たりだったみたいやな。 すっかり忘れとったけどサキエルのアマデウスと一緒にいるっちゅう話やったからそっちで探せば一発や」
「僕のことを知っているような口ぶりだね。 ……、下級アニマが僕になんの用だい?」
二人組の片割れ、相良憂は殺気を放ち睨みつけるように言い放った。
「見た目の割にえらいおっかない坊ちゃんやなあ……、取引をしたいねん。 損な話やないと思うで」
「ロクに戦えるようには見えないけど?」
「ワイやないで。 まあ聞きや。 ワイの主は『打ち倒す者』の称号を持つ魔神メジェド……、異界十柱第七の魔王やで」
興味のなさそうな顔で話を聞いていた憂は、その最後の一言で急に顔色が変わった。そしてニヤリと微笑む。
「面白いじゃないか。 ……、話を聞こう」
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