メビウスリング

@side_t

第1話プロローグ〜終わらない輪の始まり〜

 愛知県某所、薄暗い通路にコツン、コツンと高い足音が響く。音から察するに、ハイヒールだろうか。通路を出口に向かってゆっくりと歩いている。

 通路にある照明は所々切れかかり、不規則に点滅を繰り返す。その通路の両脇には、狭い貧相な部屋が幾つも並んでいる。

 刑務所のようだがしかし、部屋と通路を隔てる鉄格子は、異常と言える程頑強だ。まるで、化物でも閉じ込めているかの様に。


 ハイヒールを履いた足音の主は、肩までの黒髪に、シンプルな髪飾りをつけた、スーツの女性。薄暗い為、顔はよく見えない。

 女性は、後ろに高校生くらいの少年を連れていた。髪は伸びっぱなしで、たとえ照明がきちんと照らしていても表情がわからない程に長い。服はボロボロで、囚人に見える。しかし、拘束具の類は何一つ無い。

 二人が歩く姿はどう見ても異常であった。

 しかし、職員と思われる青系の制服に身を包む男たちは、髪飾りの女性とすれ違うと、例外なく深々と頭を下げていく。


 異様な二人組はそのまま、外へ出る為に通路の先の扉を開ける。するとその先には、先ほどの男たちと同じ制服を着た男がいた。

 しかし、その反応は全く別の物であった。


「き、貴様何者だ⁈ 何処からどうやって入った!? 後ろにいるのは11番の部屋の……!」


 女性はふぅ、と軽く溜息をつき、男の目をまっすぐ見つめると、


「11番の部屋は、空き部屋でしょう?」


 男の発言と全く噛み合わない発言をする。しかし、男が反論する事はなかった。

 女性と目が合ってから硬直したまま、焦点の合わない目をしていた男は、


「も、申し訳ありません!! 疲れてるのかな……」


 頭を下げてそんな事を言うと、頭を掻きながら踵を返し、持ち場へと帰っていく。


「私はあなたに自由を与えてあげられるわ。あなたは幸せに生きる権利がある。望むのなら全て忘れさせてあげるわ。世界中の人間から、あなたの罪の記憶を……」


 真っ直ぐに前を見つめたまま、髪飾りの女性は、後ろに付いて歩いている少年に語りかける。小さな声で答える少年は、笑っているように見えた。


「今更幸せになるのは不可能だよ。 僕はシャーデンフロイデ、頭のおかしいクズ野郎さ。 自分の成功より、ふとしたことで他人が不幸に陥る姿が何より心休まる。 でもそれもここまでだ」


 髪の隙間から覗く、深淵のように底知れぬ濁りをたたえた瞳で、少年は振り返った髪飾りの女を見つめニヤリと微笑み口を開いた。


「今日から一人残らずこの奈落まで叩き落としてやるのさ……、この手でね。 地球の裏側まで、虫一匹逃しやしない」


 その言葉に、無表情を貫いていた女の顔が少し曇ったように見えた。

 しかしその表情は不快感や恐怖のたぐいではなく、何故か悲しそうなものだった。

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