第22話:再臨と代理人と自己犠牲

 厚い黒雲がどんよりと摩天楼を覆う夜。蒼白い満月は悠々と小さな人間たちを見下ろしている。

 そんな月に最も近い場所、本降りの雨が鉄筋コンクリートの床材を濡らすビル群の屋上で、少女は従者の帰りを待つ。今は視界のずっと下の路地に伏している青年とバクを見下ろしながら。


 彼女が15回目の自傷行為をしている只中、背後で轟音が響いた。銃声だ。


「おっと……。ねぇ、待ちぼうけてる相手に対して手荒すぎやしないかい?」


 少女が振り返った視線の先には、構えたショットガンを静かに下ろす北条遙の姿があった。銃口の先からは硝煙が漏れ、錆びた赤銅色の銃身が夜に映える。


 ラウンは左肩に空いた銃創をたのしそうに愛でながら、ハルに語りかけた。


「てっきり逃げるものだと思ってたよ。折角のお仲間がくれたチャンスなのに、いいの? それに、わざわざ律儀に会いに来なくても、奪いに行ったのに……」

「アンタのディークから全部聞いたよ。どうせ私とミューズを騙してここに連れてくるつもりだったんでしょ? 白々しいよ」

「あー、参ったねー。ボクたちの作戦も何もかも筒抜けじゃないか!」

 ラウンは唇を尖らせるが、その目は笑っていた。

「まぁ、どちらにしろ今日中に死ねるんだ! 多少の誤差には目を瞑ろうじゃないか!」


 少女は芝居がかった口振りでそう言い、ハルの方へゆっくりと歩み寄った。


「うん、アンタは直に死ぬ。私の手によってね……!!」


 二発目、そして三発目の銃声。小さな鉛玉たちは確実に、迅速に、ラウンの病的なまでに華奢な身体を削り取る。


「馬鹿じゃないの……? キミにはボクを殺す技術もないし、才能も覚悟もない。もし殺せたとしても、キミは『人殺し』になってしまう」

 失望を隠そうともせず、少女は右胸に空いた傷を撫でる。傷はすぐに癒えた。

「あのねぇ、死ぬ時くらい誰にも迷惑かけたくないの! だからコウモリくんの能力借りて自死しようとしてる訳じゃん。何でわかんないかなー!? それとも、キミがボクを殺してくれるの?」


 返事替わりの銃声が優しげに響く。

 左胸から確かに流れる生温い朱と、ハルの熟練の猟犬ハウンドのように爛々と輝く瞳を見て、ラウンは確信する。先週会った時とは何かが違う。ずっと抱えていた悩みが氷解したような、一つの確かな答えが見つかったような、そんな違いが確かにそこにあるのだ。


「ディークを撒き散らしてる時点で、誰かの迷惑にはなってるんだよ……! だから、ここで終わらせてあげる」

「あぁ、人殺しになる“覚悟”だけは有るわけね……」


 ハルは目を伏せ、抑揚のない語りを心がけていた。少しでも感情を混ぜれば、震えてしまうからだ。


「でも、無抵抗の相手を射殺するのは寝覚めが悪いんだよ。どうせなら、お互い死ぬ気で戦わない?」

「了解。虎徹、そこにいるんでしょ? 戦闘準備だよ!!」


 ハルの背後で所在なげに立ち尽くすサングラスの男が揺れた。彼は獣の姿に還ると、夜空に浮かぶ月に向かって吼えた。


「さて。いざ、決戦! というわけだけど……。天気悪いと締まり悪いなー」


 ラウンは手を叩き、屋上を覆うようにまとわりつく雲を晴らした。少し濡れたブロンドの長髪が、月光によって幻想的な輝きを放っている。

 ハルはハットを整え、身を包んだ戦闘服ワンピースの崩れを直す。その身体は小さく震えていた。


 彼女に寄生して寝食を共にしているミューズは、微かな違和感に気づいていた。このような状況は、今まで見たことがない。これまでのディークノアを討伐した時には、こんな表情は見せなかった。近いのはヒトデとの戦いくらいだ。

 彼女が感じている震えが、恐怖から来るのか、それとも武者震いなのかはわからない。ただ、それは数あるディークノアとの戦闘を巻き込まれるようにして切り抜けてきた少女の機械的な動きではない。初仕事の時に見せた、無邪気で残酷な狩人の瞳とも言えない。

 これは、彼女が自分の意思で仕掛けた戦いだ。


『ヤバい。これは本格的にヤバい……ッ!』


 記憶を取り戻したミューズは知っている。この兆候はかつての自分と同じだ。大切な人を守るために戦い、そして散った夕澄ライと同じ表情だ。


『あのー、ハルちゃん? 君が死んじゃったりなんかしたら俺は消滅するんだよ、わかる? 君の双肩には二人分の命がかかってるんだよ?』

「安心して、ミューズは私が守るから!」

『俺の話聞いてた……!?』


 二人の会話など全く意に介さないかのように、ラウンは猛攻の準備を開始する。

 狭い屋上に不釣り合いなほど大きなコンテナをどこからか引き上げてくると、その巨大な立方体を空中で回転させはじめる。


『おい、落ちてくるぞッ!』


 空を支配しようかという大きな影がハルに重なった時、コンテナの赤い外壁に風穴が空いた。

 隙間だらけのコンテナから漏れ出た粉末が、静かに屋上を染める。ハルがそれを口に含んでしまった瞬間、甘味が口内に広がった。


「粉砂糖……?」


 甘い雪は、剥き出しの欲望が支配する大都会の空を舞う。凄惨な戦闘であるとは思えないほどメルヘンチックな光景が、その場に広がっているように見えた。

 しかし、ラウンがどこからか取り出したオイルライターの炎によって、その状況は一変する!


 粉塵爆発。爆炎と轟音が辺り一帯を包み、爆心から吹き抜ける突風はラウンさえも仰け反らせる。


「爆破が一番安定して仕留められるんだよねぇ……。見た目もダイナミックだし!」


 誰に言うでもない呟きに、応える声はない。ラウンが念のため白煙に覇斧マルクスを振り下ろすと、大きな刃は血に染まっている。


「呆気ないなぁ……。呆気ないよ、コウモリくんもその宿主ちゃんも」


 背を向け、非常階段に向かって歩きだす少女。その後ろの深い煙の奥から、二丁のリボルバーが静かに標的を狙っていた。


『久しぶり、緋銃グリム


 ふたつの発砲音が響き、少女の警戒心は再びレッドゾーンにまで高まる。

 銃創が彼女の心臓付近に並んで発生し、紅い血が椿のようにポタポタと墜ちていく。


「だっ、誰……?」


 怯んだラウンの顔から、狂気を孕んだ笑顔が消えた。目線は煙に釘付けになり、そこから現れた人影から目が離せないのだ。


『はーい、あの世からのサービス残業ですよー。ったく……』


 煙が晴れ、そこに居る者の正体が顕わになる。倒れているハルと、それを庇うように膝立ちになる少年の姿があった。


「きっ、君は……!?」

『夕澄ライ、およそ12年ぶりにこの街に帰還いたしましたー! 復ッ活ッ! 俺、復活ッッ!!』


 一度死んでしまった少年は、その姿のまま記憶を取り戻して現世に舞い降りる。彼は、かつて使っていた緋銃グリム――赤銅色に輝く二丁のリボルバーを指先で弄んだ。


 滑らかなミディアムパーマの黒髪をなびかせたどこか軽薄そうな風体の少年は、漆黒のジャケットに身を包み、ラウンの目の前に立っている。

 頭から足先まで闇に溶けているが、燃えるようなワインレッドの瞳だけが暗闇によく目立つ、そんな少年だ。風体はハルよりずっと若いが、ラウンの目には少し大人に見えた。彼は、確かに12年前に死んだ夕澄ライなのだろう。


 動けないハルも、ラウンと同じように不意をつかれていた。

 記憶を取り戻したディークが人に擬態できること。それはハクトに話を聞き、虎徹がそれを実践していた事で、理解は出来ていた。しかし、目の前の少年が先程まで一緒にいたコウモリだということを信じられないのだ。

 それに、彼の扱う緋銃グリムが二丁拳銃であること。請われるまで戦闘に参加しなかった彼が、今回はおのずから戦う気でいること。それが彼女にたくさんの違和感を与えている。


「ねぇ、なんで私を助けてくれたの……?」

『じっとしとけって、俺が代理でやるから! あのなぁ、ハルに人殺しになられたら、身体乗っ取ったあとにブタ箱行きだぞ? 俺の自由がなくなるだろ!!』


 記憶と共に元の身体を取り戻した今、憑依にこだわる意味はあるのだろうか? いや、これはライ、もといミューズなりの気づかいだ。きっとそうだ。そうに違いない。そうだといいな……。ハルはそんな願望を抱きながら、何度かライの瞳を見る。そのワインレッドの輝きに、淀みはなかった。


『なぁ、ハル。お前の魂は強いんだよ。入り込む余地がないくらい強くて綺麗なんだ。昔の俺みたいだ、自慢じゃないけど……』

 ライは落ち着きがなさそうに周囲を見渡しながら、途切れ途切れに呟く。

『ただ、強い魂はその分脆いんだよ。綺麗な色も重ねたら黒になるんだ。一度壊れたら、戻れないんだよ……。その点、俺は空っぽだから! それに、もう死んでるし! こういう汚れ仕事は未来がない奴がやるべきだからさ……』


 自分とそう変わらない、もしくは少し下くらいの年格好の少年にそう諭されると、ハルは少しむず痒いような心地になった。


 ライは首を鳴らすと、敵がいる方を振り返った。


『なぁ、俺が代理で戦うわけだけど……。この身体にまだ慣れてないんだよ……! リハビリついでだから、お手柔らかにおねがい!』

 彼は唇を尖らせながら、少女の懐まで飛び込んだ。

『ところで、ガン=カタって知ってる?』


 短い銃身による乱打。銃を短剣のように乱れ打つことで対象を怯ませ、仰け反らせた所に弾丸を撃ち込む。彼は自らの身体を小刻みに揺らす事で、着弾のタイミングを巧妙にずらしていた。

 熟練された近接格闘の妙技に、ラウンは防御姿勢をとったまま動けないでいる。彼女は痛みを感じないが、攻撃の圧に手が出せないでいるのだ。

 その身体が徐々に押されていき、ラウンは爆発によって歪んだ転落防止用のフェンスに背中を打ちつけた。


「くっ……。じゃあこっちも!!」


 ラウンは自らの武器である巨大な斧を再度召喚し、目の前の少年を斬ろうと振りかぶる!


 鉄を打ち合わせたような鈍い音が響き、斧の切先が大きく跳ねた!


「なッ!?」

『さっき付けたダミーの血、もう効果出てる! 』


 ライは、嬉々とした表情で斧の先を指した。確かに、先程まで血がついていた箇所が赤銅色に染まっていた。錆び付いている!


 斬れ味を失った斧を持ち、立ち尽くす少女。しかしその表情は未だ余裕の色を残していた。


「大丈夫、音は響いたんだ! 刃が使えないなら、鈍器として使うだけだよッ!」


 宣言通り、その鉄塊はラウンの手を離れ、鋭く回転しながらライに襲いかかる。


『残念だったな……。うちの弟から、能力の詳細と対処法は聞いてる!』


 ライは灰色の床材に向かって弾丸を乱れ撃つ。両のシリンダーが空になるまで撃ち尽くすと、灰の地面は卓袱台ちゃぶだいのようにめくれ上がった。


 それは盾というには武骨で、防護壁というには心許なかった。

 セメント塊に追突した金属片は、音を立てずに地面に落ちる。衝撃によって大きく空いた即席の壁の風穴越しで、ライはラウンの動揺を感じ取る。


『へー。死ぬ覚悟をしてても、悔しさは感じるんだ……!』

「君の宿主の言葉を借りるなら、“寝覚めが悪い”って感じかな……ッ!!」


 ラウンはじわりと後ずさりすると、バク宙をするような格好で背後のフェンスを飛び越える。彼女の視界に映った景色は、ビルの狭間に生まれた谷底をシルバーのセダンが通るありきたりな日常風景だ。


「こんなダサいままで死ぬわけにはいかないんだよ!」

『身投げ……!?』


 ラウンは隣のビルに飛び移る! それを追うライは辺りに飛び散った血や瓦礫を小さな足場に変え、飛び移りながらビル群を駆けた!


弾丸たま、もう撃ち尽くしたんじゃないの? 準備できるまで待とうか……?」


 錆びついた斧をコンクリートに擦りながら、ラウンはそう尋ねる。既に錆び付いた刃の斬れ味は戻り、いつでも斬りかかることのできるタイミングだ。


『なぁ、なんでこの銃が“緋銃”って言うか、わかる?』

 ライが返事替わりにそう聞くと、少女は黙って首を横に振った。

『俺が愛用してたこのリボルバー、あるギミックがあるんだよ。見てみ?』


 ライは、指を噛んで微量の血を流すと、それを赤銅色の銃身に垂らす。緋色に染まる双銃がひときわ大きな輝きを放った後、シリンダーに弾丸がすべて装填された。


『返り血によって緋色に染まりながら、途切れることなく撃ち続けることができる。これぞ、緋銃グリムの真の力!』

「いや、想像以上だね……。めちゃくちゃ死ねそうな気になってくる!」


    *    *    *


 ビル群に遮られるまいと、その存在感を空に主張するかのように佇む月は、ふたりの戦闘を観察しているかのように鈍く輝いている。

 そんな月光に照らされて涼しげな屋上に、燦然と静かな闘気が充満していた。


『ハァ……ハァ……。あ、あのさぁ、ちょっと休憩しない?』

「ボクを殺したら、ね!」


 あくまで余裕を崩さない少女とは対照的に、銃使いの少年はその顔に疲労の色を湛えている。


『お前さぁ、スタミナまで無尽蔵とか聞いてないって……。こっちは慣れない体で体力の消耗が激しいんだよ……!』

「悔しかったら、トドメを刺しなよ」

 ライの抗議の意を気にすることなく、ラウンは昂りを目一杯表現するかのように叫ぶ。

「理性も、本能も、終末への期待で破裂しそうなんだよッ!! 愉しい、愉しくて仕方ないねッ! つまらなかった人生ものがたりも、やっとエンドロールだよッ!!」


 ラウンの可憐な瞳が妖しく光る。狂気を滲ませたその瞳は、彼女の語る“期待”というよりも、この世界への憎しみや諦観のような感情に満ちていた。


『わかった、そろそろ決着つけてやるよ……』


 二つの弾丸がラウンの肩を撃ち抜く。肉片と血が居場所を失い、音を立てて地面に落ちるが、彼女が一呼吸もしないうちに再び元の場所に繋がろうとかえってくる。ラウンがそれをくやしそうに受け入れた瞬間、彼女の眉間に強い衝撃が走った。


「…………ッ!?」

『やっぱり……。お前の回復能力、発動してから、おそらく一、二秒ほど動けなくなるだろ? 神経を再び繋ぐためのクールタイムだよ』


 彼女の眉間の銃創が、徐々に癒えていく。


『まぁ、“隙”とも言うけど……!』


 鉛玉がラウンの鳩尾みぞおちを確かに突き破る。

 その時、彼女は初めて世界に『痛み』という物が存在していたことを体感した。引き裂かれて吹き飛んだ臓物の色を、確かに視認した。

 その瞬間、彼女は『生きていること』を実感し、崩れ落ちるように倒れる。その表情は歪みつつも、笑っていた。


「あぁぁぁぁぁあぁああぁぁァあああァアああああああ……!! 生きてるッ! ボクは生きてるッ! 痛いッ! 痛いしグロいッ! でも、嬉しいんだよ!!! あっ、あっ、あっ……。貫かれてる……ッ! まるで悪魔狩りの“銀の弾丸”のように、ボクの呪われた身体を蜂の巣にしてくれているッ! そうだ、フィナーレだよッ! 終幕はすぐそこだッ!」


 風穴の空いた身体を撫でながら、少女はそう叫んだ。主人を失った心臓がピクピクと脈打ち、その赤黒く染まった外観を風に晒した。

 ライは、起き上がらないラウンの身体を上半身だけ起こし、ニヤリと笑う。


『さぁ、お前の願いはもうすぐ叶うわけだよ……。良かったな、俺が見つかって』

 飛び散った臓器が元の身体に帰ろうとするが、ライはそれを撃ち抜いて止めた。

『いいか、お前は“悪”だ。自らが死ぬために、ほかの人間の欲望を弄ぶ化物をばら蒔いた。俺が言うのもどうかと思うけど、欲望を他の生物に管理されるのってかなり不健全だぞ?』


 少女は小さく頷き、血を吐いた。断罪者は言葉を継ぐ。


『介錯はサクッと済ませたい。俺みたいな死人にも人の心はあるからな……。安心しろよ。即死できるコースだから』


 ライが血に濡れた右手をラウンの喉元にかざすと、彼女から流れ、床に溜まった血痕がうごめきだす。血塊は鋭利な槍となり、少女の華奢な首筋を、またはその奥の延髄を貫こうと暴れだす。


『バイバイ。もし復活しても、また殺してやるよ。百回でも、千回でも……』


『危ないッ!!』

「…………ッ!?」

 ラウンの抱えていた斧が、形を変えながら吹き荒ぶビル風に飛ばされる。砂のように指の間を落ちていくかつての業物に気づく間もなく、彼女の視線は自らの相棒に向かっていた。


「なんで……? 虎徹、なんでボクを……?」


 先ほどまで彼女が伏していた血の海には、ライオンの姿をしたディークが倒れている。首から赤い血を垂らしながら。

 咄嗟に主人を突き飛ばし、自らの身を犠牲にしてでも守るその姿は、ライに子を庇う父親の姿を重ねさせた。自らの生前に近しいものを感じ、彼は静かに溜め息を漏らす。


『お……お嬢……。ごめんな……。願い、叶えてやれなくて……』


 虎徹の喉から空気が漏れた。口の端に血の混じった泡を吹きながら、何度もせ返る。


「バカ……馬鹿じゃないの!? ボクの願いは、虎徹にジャマされなきゃ叶ったんだよ……!?」

『ホントに……馬鹿だよなぁ……。口では“殺してやる”なんて言うクセに……。エゴだよ、全部俺のエゴだ……。お前の後に死にたくなかったんだよ……』


 苦しそうに息を継ぐ虎徹の頬を、ラウンは力いっぱい殴った。


「…………ッ! もう!! なんでそんなッ! 余計なッ! 事をッ! してくれるんだよ!! ねぇ! ねぇ……。ボクが願いを叶えちゃえば、虎徹はこの身体を使えるんだよね……? こんな茶番、もういいでしょッ!? ボクはじきに死ぬッ! キミは不老不死になれる……!」

『ラウン、やめてくれ……。お前と一緒じゃない人生に、意味があると思うか……? それに、生きるってことの苦しみは、お前が一番よくわかってるだろ……? 大丈夫、ちょっと先に逝くだけだ……。地獄で逢おうぜ……』

「嫌だ……やめて、やめてよ……。あああああああああああああああああッ!!! ああああああァアああアアアアッッ!!!」


 この世界から消えていく虎徹をボロボロの身体で抱きしめながら、ラウンは慟哭する。獣そのものの叫びが、可憐な少女の喉から放たれているのだ。寂寞感せきばくかんに満ちた咆哮が、都会の夜に濃い黒を足していく。


「許さない……。不甲斐ないボクも! 余計な事しかしなかった虎徹もッ! 理不尽なこの世界もッ!! 許さない許さない許さない許サない許サなイ許サナイ……ッ!!!」


 轟音。この世の罪を濃縮したようなおぞましい呻き声を、ライは確かに聴く。憤怒に支配された少女の叫びを一身に受け、彼の身体は元のコウモリに戻ってしまう。


『これが覚醒ってヤツ!? ずいぶん醜い姿になったな……ッ!』


 そこには、既に少女はいない。ただ、巨大な漆黒の獅子が、いかめしい表情で大きく吼えた。

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