Muse Night

プロローグ

 月さえも眠る夜更け。闇さえも輝きで包み込むような摩天楼。その明るい表通りから少し離れた路地裏で、少女は何者かに追われていた。

 彼女は、背後の足音が近づいていることを知覚する。迷宮のように入り組んだ路地裏で何かに追われている恐怖をひしひしと感じながら、少女はがむしゃらに逃げた。

 “何か”の影は、人間の姿を保っていない。少女が恐怖に負けて振り返った時、“それ”は、彼女に手が届きそうなほど迫ってきていた。


 四足歩行の醜悪な獣、と表現すべきだろうか。少女の数倍はあろうかというその体には、ミュータントのように不自然な筋肉が隆起している。その爪は少女の内蔵を容易に抉れるほど鋭利で、彼女の恐怖はさらに加速する。

『ぐるるるるッ……』

 獣の低く潜持くぐもった声に、少女は恐怖のあまり嘔吐えずく。その声に、どこかで聞いたような懐かしさを感じながら。


 少女が逃げた先は、丁字路の突き当たりを意味する壁だ。彼女はそこで足をくじき、舗装されたアスファルトの上にしゃがみ込んだ。歩みを止めたものがいた時、そこは行き止まりに変わる。

 獣は涎を垂らしながら少女を見つめる。牙を剥き出しにし、少女の喉元に喰らいつかんとする。


『ハル、ディークノアだ! タイプは山猫オセロット!!』

「任せてッ!」


 突如、彼女の耳に銃声が響く。


 獣の身体が曲がり角の手前で真横に吹き飛び、そのコンクリート壁にめり込む。少女は、その異常な光景をただ呆然と眺めていた。


「怪我はない?」

 その場に現れた、コウモリのようなドレスを着た“彼女”は、ショットガンを片手にこう呟いた。

「〈ミューズ・ナイト〉、只今参上……ってね!」


ここは『アルカトピア』、眠らない街。

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