【真夏の小説】

時計 紅兎

《花束》

 あまり怖い話ではありませんが、先日僕が見た話です。あれはバイトの帰り道、深夜十二時になる少し前だったと思います。


 その日僕は原付に乗っていて、交差点で信号待ちをしていると突然怒鳴り声が聴こえました。そちらを見ると酷く酔っているサラリーマンがいて、その人は僕が声を上げる暇もなく白い服の女性を車道に突き飛ばしたんです。突き飛ばされた女性はそのまま車道に倒れ込み「助けないと!」と思いました。

 けれど運が悪いことにそこにトラックが左折してきて、思わず僕は目をつぶりました。“グシャリ”と嫌な音が響きます。でもそれだけで周りが騒ぐ様子もなくソッと目を開けたんです。信号は変わっていて、女性も倒れていませんでした。先程の男性は何事もなかったように僕の進行方向と同じ方向に歩いて行ってます。僕は何かの見間違いだったのかと思い胸をなでおろして原付を発進させようと思いました。


でも……


 落ちてたんです。花束が。タイヤに踏みつぶされた跡が生々しくついた花束が。


 僕はもちろんそれ、花束を避けて走りました。でも、ミラーで後ろを見ると花束の落ちていたところにさっきの白い服の女性が立っていたんです。そして凄い形相で男性のことを睨んでいました――


 昼間に同じ道を通るとそこは縁石が崩れていて、花束とお菓子が置かれていてやっぱりあれは幽霊だったのかなと思ってます。話はそれだけなんですが、あの男性はあのあと大丈夫だったのかということは気になります。

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