アーシアの騎士

@neutral2017

第1話 序章   第一次星間大戦

数多の星星が煌き、そして消えてゆく。無限に広がる宇宙。この宇宙の辺境に過ぎない銀河系の、一星系に過ぎない太陽系、そこに地球はあった。確かに、この青く美しい星から宇宙を見渡せば、宇宙に祝福された知的生命体は、地球人類のみであると、地球の民が想うのも無理からざる事であった。しかし、自分が信ずる価値観が唯一無二の物であると考えるのは、地球人が有史以来、何度もまた繰り返してきた過ちであった。少なくとも、「彼女」達-異星人は、対話と友好の姿勢で、地球に語りかけて来た。それを恐怖し、怖れ、異なる人種への、誤った先入観念で、戦争の準備を始めた地球人は、未だ種として未成熟な赤子で有るのかも知れない。少なくとも、地球が取った姿勢は、過去の人類史における、異なる価値観・人種に対して、自身の側にこそ正義が有るのだと、無自覚のまま傲慢な態度を取ってきた歴史の繰り返しではなかったか。地球人類は、有史以来初めて、地球外知的生命体と接触しようとしていた。

 -「彼女」-達は、自らの名を「神聖フェリシア皇国」と名乗った。

西暦2100年、8月9日、日本標準時刻、午前10時。木星軌道上。国連軍所属、宇宙艦隊総旗艦、米国宇宙戦艦「ワシントン」-艦上では、異星人との接触に、艦隊司令リー提督を含む乗組員一同が、緊張した面持ちで、それぞれの持ち場に付いていた。

 「司令、国連軍艦隊、布陣を完了致しました。まもなく、敵艦隊の先遣隊が、我が方の主砲の射程に入ります。」「参謀長、国連軍艦隊は兎も角、ジャ・・、日本人の艦隊はどうしたか?」「後方、地球軌道上の、日本の領空圏内にて、布陣を完了した模様です。」「ニッ・・・、オホン、日本人は、我々だけを戦わせて、自分達は安全な位置に留まっておく気らしいな。例の、何と言ったかね、法務官?」「憲法9条です。あの憲法がある以上、日本国は、異星人であっても、戦争行為は行えない、と」「うむ。あの国の首相が、そんな事を言っておったな。尤も、異星人どもがトーキョーに無差別攻撃を始めれば、そうも言っておられまい。」

 同時刻、日本国上空、軌道上第一護衛隊旗艦「ゆきかぜ」艦上では、別の議論があった。

「自衛隊航宙護衛艦隊、我が日本の領空上に展開を完了致しました。」「ご苦労。別名あるまで待機」「しかし、異星人とは、本当に戦争になるのでしょうか?寺内司令。」司令官はそれに答え、「異星人だろうと、地球の国家であろうと、我が自衛隊は、戦争は行わない。仮に、フェリシア人が一方的に、我が国に侵略してきたら、その時は自衛権を行使するまでだ」「しかし、友軍を守れないと言うのは、正直どうも・・・」「止むを得んさ。それが、憲法を尊守する、有るべき自衛官の姿だ。」「了解致しました。艦隊全艦、有事に備え、待機致します。」「そうしてくれ」そう言いながら、寺内司令官は、この戦争が始らない事を、心から願っていた。

 西暦2100年、午前10時。日本国、首相官邸。「総理、国連軍は、G4軍を中心とし、木星近海に布陣した模様です。」近衛総理は答えた。「君、G4軍と言うのは止めたまえ。わが国は確かにG4の中心として確固たる構成国だが、この戦争には参加しない。あの、ナントカと言う異星人にも、交渉の結果、憲法9条の精神を尊重して、日本国には、戦争行為を行わないと、私自ら確約を取り付けたではないか。」防衛大臣が口を挟んだ。「総理、お言葉ですが。敵異星人が、果たしてわが国の事情を理解しているか、小職には信じられません。いずれ、国連軍は敗退すると、我が諜報部は分析しております。その後、我が自衛隊が、国民の生命と権利を護り通せるか、懸念する次第であります。」それに、と外務大臣が続けた。「たとえフェリシア人が、我が国との事前協議を尊守したとして、問題は戦後処理であります。我が国一国が、憲法9条を理由に、敵異星人から見逃してもらえたと各国が知れば、我が国は地球で孤立化します。」「その心配は無用だ。私の諮問機関の分析では、地球の大国は、この戦争で疲弊する。我が国の責任を追及する余力はないよ。むしろ、米欧に、戦後復興の貸しを作れる好機であると、先生方は御指摘されておられる。うまく立ち回れば、日本が世界の主導権を握れる好機かも知れんのだ。」近衛総理の返答は、閣僚達にとって、余りにも御都合主義的に思えた。それに、地球各国の恨みを買って、世界の主導権をフェリシアと二分して、本当に国民の為になるのか?

 「桜会・・・ですか。正直、私はあの派閥は信用出来ません。」総務大臣の疑念も尤もだ。日本の未来を、学閥組織の判断に委ねるのは、余りに危険な事に、彼には思えた。「総務相、君は帝立の出ではなかったね?鳳春でもない。先生方の御見識が、無知な君に理解できるとも思えんがね。」・・・ッ、総務相は唇をかんだ。いくら目上の存在である総理とは言え、この国家非常事態に、近衛首相は学閥の力で、権力を維持しようと言うのだ。兎も角、と防衛相が続けた。「先生方のプランにあった、『機動強襲群』構想、既に準備は整っております。自衛隊とは切り離して、海外展開する『群』、行く行くは『機動強襲軍』として、自衛隊から独立させる案、フェリシアとの戦争後の混乱期なら、実施も容易でしょう。」

「君は物分りが良い。異星人どもをいずれ駆逐する為にも、先生方の『機動強襲軍』構想は、実現させねばならぬ。我が日本が宇宙の覇権を掌握するためにも、だ。其れを理解出来る君は、先生方に推挙してやっても良い。」「有難う御座います、総理。小職も、本次大戦後の老後が心配で・・・」「心配無い、会の先生方が一切の面倒を見て下さる。」このやり取りを聞いていた他の閣僚と事務官は、思った。畜生、昔の戦争も、こんな風に、一部の人間の利権で始まったのだろうか?それなら、私達の父祖は、まるで無駄死にだったんじゃないか、と。

  地球とフェリシア、二つの星の民にとって、本当に戦わなければならない理由等無かった。ただ、二つの星の指導者達に、それぞれの誤解があった。地球人は、高度な文明を持ち、異なる価値観の元で平穏な生活を送るフェリシアの力を恐れた。フェリシア側もまた、殆どの人が、自分達が文明的である以上、地球人もまた、同様に成熟した種であると、期待を抱いていた。ここに、両星が、血で血を洗う、戦争と言う愚かしい行為に突入する理由があった。開戦のきっかけは、両星のすれ違い、極論すればその一点だけだった。

 西暦2100年、午前10時45分・北米、米国首都ワシントン。ホワイトハウスでは、米国大統領と国連事務総長が、開戦に向けた記者会見に臨もうとしていた。「この放送を御覧の地球の皆さん。私は、今非常に重要な事実をお伝えしなければなりません」記者が尋ねた。「大統領、この会見は一体?G4首脳会議は先月終わったばかりでは・・・」事務総長が口を開いた。「皆さん、どうか落ち着いて、大統領の御発言を御聞き下さいますよう。」その台詞に、記者団も自然と、大統領の発言を注視する。「本日、我らが母なる星、この美しい青い地球は、侵略者の攻撃に晒されています。」ざわざわ・・・、周囲の騒めきが聞こえる。、彼の発言は、少なからず動揺を招いた。「大統領、侵略者とは、どの国ですか?国際テロネットワークでしょうか」大統領は、残念そうな表情を浮かべ、首を振った。「侵略者の名前は「フェリシア人」、所謂「異星人」と御話した方が、解りやすいでしょう。」今度は、大きなどよめき。記者がすかさず質問する。「だ、大統領、御冗談がきついのではありませんか。異星人など・・・、そんな非常識な。天文学の世界に於ける常識では、人類が知る限り、知的生命体は、この宇宙で唯一、この地球にしか存在しないはず」記者の疑問は、至極当然であった。「『彼女達』は、遠い他の銀河から、地球の自然と、支配すべき人民を得るため、地球に侵略しようとしているのです」「国連からも御説明しましょう。我々の敵―フェリシア人は、数年前から、地球征服を目的とし、地球各国と国際連合に、彼女等の軍門に下るよう、通告して来ていました。それを憂慮した有志国の協調の下、地球は今、人類史初の対外宇宙戦争に挑もうとしているのです」・・・・・記者たちの質問、最早怒号の様でもあった・・・が乱れ飛ぶ。

「プレジデント!そのフェリシア人に、地球人は勝利出来るのですか!?」「勿論。御覧下さい、我々の勇者達の威容を!」そう大統領が述べると同時に、会見場に投影されたモニターには、木星の環の外周に展開する、巨大な宇宙戦艦を始めとする、大型航宙戦闘艦艇の群れが映し出された。大小合わせると、一千隻はいる様だ。「彼らこそ、地球を守る勇士達、地球絶対防衛圏を守護する、我が合衆国航宙艦隊を中心とする、国際合同地球防衛艦隊、第一任務部隊です!」おおっ・・・!記者達の間に、安堵と畏敬の念が刻まれていく。満足そうな、壇上の二名。すると。

「大統領、失礼します。ワシントン・ポストの者です。サンディ・オニールと申します、ミスター・プレジデント。」大統領は明らかに不機嫌そうな表情を一瞬浮かべると、「なんでしょう、御婦人?」「端的に御質問します。他の銀河から地球にやってくる程の科学技術をもつ知的生命体と、対話の余地は無かったのでしょうか?それと、先程から何度か仰られている、『彼女達』と言う御言葉が、私には、非常に気になります。」大統領は、待っていましたとばかりに答えた。厳かな表情で。「彼女達―フェリシア人は、非常に好戦的且つ野蛮な種族で、戦争を遥か昔から、そう…、地球人類が進化の途上、文明の灯を手にした頃には既に国家として誕生していたそうです。しかし、繰り返しになりますが、フェリシア人の野蛮さから、幾百世紀に渡って戦争を繰り返し、その為に、男性人口が殆ど残っていないのです」「女性ばかりの国家、と言う事でしょうか?」「そう御理解して頂いて構いません」・・・ホールは静まりかえった。そんな過去から、戦争ばかりやってきた野蛮人と戦って、本当に地球の主権を守り通せるのだろうか?と、先程の女性記者が再び問い質す。  

「私には、女性同士の話し合いの余地がある様に思えますが」「それは一般論です。奴等の女は、地球の平和を愛する女性達とは、全く異なるのです。・・・そろそろ、地球は決断しなければなりません。いえ、有志国の指導者達と、米国は、すでに決断を分かち合っています」「それは、一体・・・。」「地球各国は、この母星の非常事態に対し、一丸となって、徹底抗戦する所存です。」別の記者が尋ねた。「全世界の総意と考えて宜しいのでしょうか」「勿論です。いま、米国はG4のみならず、開発途上国からの選抜された兵士をも力とし、フェリシア人に対抗する決意です。」「G4・・・、米国、欧州連合、日本国、中国。ロシアは・・」「ロシアもまた、地球の一国としての責務を果たそうとしています。」「大統領、日本は、政治的事情で、戦争が出来ないと聞いておりますが?」「彼等には、地球最終防衛ラインの護衛と指揮を託しました。日本政府も、日本の領空上での、自衛的戦闘なら、異星人が相手でも怯まない、との事です。」「宇宙のサムライ、と言うことですか・・・、」「その通り。今、地球は有史以来初めて、一致団結して、共通の外敵と、種の尊厳を賭けた戦いをしようとしているのです。まさしく、現代の十字軍、クルセイダーと言えるでしょう」その発言に、中東諸国とパレスティナの記者が、一瞬厳しい表情を浮かべた。彼らにとっては、十字軍とは侵略者そのものであるからだ。であるならば、彼等が例の女性記者とは少し異なる意味で、異星人との対話の余地が無いか?と考えたのも無理は無い。尤も、ホワイトハウスの熱狂の中、その疑問を口にする事は、余りにも危険に思えた。下手な事を言えば、我々の祖国が危うい。米国とはそう言う国だ。少なくとも、日常的に、地球人同士の戦争を体験して育って来た彼等の、嘘偽らざる感想であった。と、大統領と事務総長が、壇上で厳しい表情を浮かべた。いよいよ、決断の時か。記者達の注目が、壇上に集まる。

 「我々は、まことに厳しい時を過ごさなくてはなりません。しかし、この戦争に、地球が勝利する時、それは宇宙に平和が戻る時なのであります。フェリシア人よ。地球を代表して、米国大統領として宣言する。君達の脅迫に、地球は屈しない。必ずや、我が地球連合艦隊が、君達を打ち滅ぼすであろう。しかし、我々は、君達と違って、文明人だ。降伏した者には、寛大な処置を約束しよう。」「・・・では、正式に、大統領」「我が地球と、フェリシア国は、現在戦争状態にある事を、ここに宣言する!」おおっ・・・!記者達が、そして地球各地で、この放送を視聴していた地球人が、熱狂した。それは、「彼女達」からすれば、狂気を帯びていたと思えた事だろう。

 かくして、地球と神聖フェリシア皇国は、正式に戦争状態に突入した。たとえ、両星の民が戦争を望んでいなかったとしても。

 「司令!ホワイトハウスからの映像です!」「言われんでも見とるよ。いよいよ、フェリシア人との戦争だな。我が艦隊は、栄えある一番槍と言う訳だ」「我が艦隊で食い止めねばなりません、司令」「解っている、全艦に通達、これより本艦隊は、敵艦隊―フェリシア人の艦隊を迎撃する!」「アイ、各戦闘セクション、オールグリーン。戦闘開始」「いよいよ開戦か…」「首脳会談は破局したとは言え、一部の敵艦と、兵器の情報を得ただけでもマシとしよう」「連中にも、我が軍の情報が漏洩している気がしますが。」「その時はその時だ。我がステイツに、事実上、地球の運命が託されているのだ。この戦い、負ける訳にはいかんよ」

 ―神聖フェリシア皇国・首都船ヴァルハラ―では、「彼女達」の指導者、聖皇女フェリアが、地球に向け、メッセージを送ろうとしていた。あくまでも、フェリシアには開戦の意志は無く、対話の機会を得たい、その一心で。

「アーシアの民に、我がフェリシアが和平と対話の姿勢である事を伝えます」「しかし、陛下・・・。」「いくさが始まる前なら、まだ間に合います。急ぎなさい」まだ9歳になったばかりとは言え、その威光は歴代の聖皇女を凌ぐやも知れぬ・・。・・・、そう、元老・アドルフ・ジークフリードは感じていた。「どう致しましょう、元老院長?」「聖皇女陛下の御言葉である。我らは従うのみ」「はっ、アーシアとの通信回線を繋ぎます」

ジークフリード卿は、フェリア皇女の言葉が前線の「騎士」達の戦意を下げねば良いが、と考え、ふと、フェリシアが女性ばかりの星になった理由を考えた。数万年もの過去の統一戦争。その戦争で、フェリシアの「男」は核兵器―「禁断の焔」で母星を焼き払い、遂には男性人口の殆どの壊滅を招いた。男が人口の半数を占める、アーシアの民はどうであろうか?我らは、彼らより数段進んだ科学技術を持ってなお、母星を焼き尽くす愚挙に出た。あの、未だ蒼い海が残っている、美しい星の民は、我らに焔を・・核を使うであろうか?・・・もっとも、それはそれで良い。それを根拠にアーシア人を平定し、あの星にフェリシアの民を入植させる。それが、数万年に渡って長駆旅を続けてきた、フェリシアの民への安息。例え、あの星の民が犠牲になろうとも。我らは、安住の地を手にせねばならん・・・。聖皇女陛下、それを何処まで御理解しておられるのか。

「ジークフリード卿、聖皇女陛下の御言葉が賜られます。ご静聴いたしましょう」「うむ。陛下の御心、アーシア人に伝わると良いが。」嘘であった。全てでは無いが、和平が成立しては困る。あの星を、フェリシアの民の安住の地に出来なくなる。やはり、プリシラ卿も、フェレセア卿も、所詮は女、と言う事か。  

「プリシラ卿。フェレセア卿も。必ずや、フェリア陛下の御意向、アーシアの民に伝わろうぞ。」「であれば、良いのですが・・・」「我が遺伝子研究院にも、アーシア降下作戦の為の、騎士達の遺伝子調整の指示が、フェリア陛下の御名で届いていますが。あれはジークフリード卿、貴男の差し金ではなくて?」・・・聡いな。フェレセアめ、その若さで皇国遺伝子研究院長に就任した、才女だけのことはある。「あれは、アーシア人が艦隊を喪失しても、野蛮な戦意を失わなかった際の保険だ。地球に初めて、異星人たる我らフェリシアの騎士団が降下すれば、あの星の男共も、速やかに戦意を喪失しようぞ。兎も角、今はフェリア陛下の御言葉を賜ろうぞ」プリシラもフェレセアも何か言いたそうであったが、無視する。さて、聖皇女陛下。貴女の覚悟の程、この儂、アドルフ・ジークフリードに見せて下され。・・・丁度、フェリアの対話の準備が概ね整った所であった。3人共、立体モニターを注視する。

 「フェリア・リ・フェリシアが、アーシアの・・・いえ、地球の方々に我らフェリシアの意志をお伝えしたく、お話をさせて戴きます。我が騎士の諸女におかれては、私の言の葉を聞き、私の意志を汲んで下さる事であると、期待しております。」

フェリシアの騎士達に動揺が走った。否、皆気取られぬ様にしている。「最早、開戦は不可避・・・!現にアーシアの方から宣戦布告が為されて・・・!!「しかし、フェリア陛下は最後迄、あの星の民と、対話の機会を設けられる御積もりのご様子。」「近衛騎士たる我らが、聖皇女フェリア陛下の御言葉を拝聴せずして、何が近衛騎士か」「それはそうであるが・・・。」「陛下の事だ、アーシアの権力者では無く、民に直接対話する御積もりであろう」騎士達の意見は様々であった。それを、一喝する騎士がいた。      名はシルフィ。「聖皇女陛下の御言葉、お主等聞けぬと申すか」「はっ、皇女殿下。決してその様な・・」

 「我は、今は民の家に預けられし身。「殿下」は要らぬ」「し、しかし、いずれはリ・フェリシアの御名を継ぐ身・・・」「世辞は良い。姉上の言葉、我は拝聴する。その上で、アーシア人が武力に訴えて来るならば、騎士の誓いの通りに一番槍を果たすのみ」「殿下の御言葉、痛み入りまして御座います・・・。」「「殿下」は良いと申しておる。それに、我の将来の伴侶ならば、博愛の精神を持った者で無いと困る」

「はい。でん・・、シルフィ殿、まもなく放送が始まります。」騎士全員が、中央モニターを注視する。「フェリアよ・・・、汝の覚悟、我も見届けようぞ」と、放送が始まった。画像に有角天馬をあしらった紋章。間違いなく、フェリシア皇族専用回線だ。

 「この放送を御覧のアーシア・・・いえ、地球の皆様。私は、神聖フェリシア皇国最高指導者、聖皇女、フェリア・リ・フェリシアです。」地球艦隊と、市民に動揺が走る。敵異星人の独裁者、そう伝えられていた彼らにとり、フェリアの映像はある意味、衝撃的であった。

「地球の民の皆様。本日、我々神聖フェリシア皇国と、地球は不幸な誤解から、戦争という愚挙に手を染めようとしています・・・」国連軍艦隊の将兵が言いよどむ。「敵異星人は、中世暗黒時代風の、典型的な独裁国家ではなかったのか!?」「幼女が皇女?そんなもん、摂政の傀儡に決まっている!!」

ワシントン艦橋では。「向こうの皇女様はああ言っているが。ワシントンDCの方はどうか?」「宣戦布告は撤回せず、であります。ホワイトハウスより大統領名にて追伸、敵の扇動放送に動揺する事無く、貴官は予定通り、敵艦隊を殲滅されたし、との事。」「止むをえん。フェリア皇女の言葉は無視する。第一任務部隊全艦、全方位輸型陣を維持。敵に第一任務部隊艦隊司令官名で最後通告を送れ」「了解、あまり気が進みませんが。」「偶然だな。俺もだよ」そうこうしているうちに、地球第一任務部隊からの最後通告は、フェリシア皇国軍に届いた。その返答は、フェリアの望んだ物では無かった。地球側には、フェリシアとの対話の意志が、全く無いのだ。フェリシア13億人の民を預かる者、聖皇女として、決断を下さねば成らなかった。

「止むを得ません・・・。我々、フェリシアも、生存の為、自衛の為の力を行使させて戴きます。・・・最後に、この放送を御聞きの地球軍将兵の方々、我らフェリシアは文明の星です。降伏された方には、フェリア・リ・フェリシアの名の下に、寛大な処置を御約束致します。皆様が、あたら若い命を無為に散らす事の無きよう・・・。それでは、いくさの後に、またお会い致しましょう。」そうして、神聖フェリシア皇国最高指導者、聖皇女フェリア・リ・フェリシアの演説が終わって、暫くしてフェリシア艦隊から地球艦隊に届いたその返答は、激烈な物だった。

「敵艦隊後方より、巨大なエネルギー弾!!」「いかん、回避‼」「先程の砲撃は、超超巨大戦艦フェリアスの物と思われます。更に後方、敵艦隊主力から、艦載機が発進した模様」「超巨大空母ファリエスと覚しき巨艦から、多数の艦載機発艦を確認、詳細不明」「先程の敵戦艦による砲撃で、輸型陣に穴が開きつつあり」


「ラプタ―Ⅲ隊、発艦!!我がワシントン隊の指揮官は?」「パトリック・マシアス中尉。ヒスパニック系ですが、愛国心では『ワスプ』にも劣りません」「お手並み拝見といこう。ラプタ―隊が敵艦載機を押し返している間に、艦隊の陣型を立て直す。カタパルトデッキに繋いでくれ」「アイ、カタパルトデッキへ接続、・・・完了!」うむ、とリー司令は通信兵に応えると、多目的通信端末の前に立ち、カタパルトデッキに話し掛けた。

「艦橋よりカタパルトデッキ、マシアス中尉、聞こえているか」「アイ、感度良好。我がラプターⅢ隊、出撃準備OK」「艦隊司令、リーだ。貴官の健闘を祈る」マシアスは、リー司令自らが通信して来た事に驚きつつも、「了解、提督。フェリシア人に、地球人の力を見せつけてやります」と言うと、「ラプターⅢ、パトリック・マシアス、出る!」彼と、彼の中隊がその後に続く。マシアスが、周囲を見渡すと、他の友軍戦艦・空母からも、TIラプターⅢが、次々に発艦していた。「この戦争、そう暗く考えたモンじゃないかもな」一瞬、そんな考えが、脳裏をよぎる。いかん、まだ敵機と交戦すらしていないのに、安易な期待は身を滅ぼす。フェリシア人の艦載機と接触するまで、今暫く。その間、友軍と敵艦隊の砲戦を、眺めて過ごそう。マシアスが、そう考えている頃、ワシントンでは。

「敵艦隊、高速で肉迫、振り切れません!」「機動戦艦と言う奴か…!?」「恐らくは。ペンタゴンとのデータ照合及び熱紋照合により、敵艦隊中核、フェリシテア級機動戦艦と推測。約150隻。周囲にフェリシラント級戦艦、約500隻。グロス・フェリシア級空母、約50隻。アルテミス級イージス防空艦80隻。敵艦隊、尚も増加中。」「敵艦隊後方に、巨大な艦影…超超巨大戦艦・フェリアス及び超巨大空母ファリエスと推定、間もなく視認領域に入ります。」「敵艦隊の装飾から、フェリシア軍の『近衛』と判断」「我が艦隊に接近しつつある敵機動戦艦、戦艦及び空母から、艦載機の発艦を確認、人型機動兵器多数、その後方に大型戦闘機多数、戦闘機はオベロ―ン級と推定、高速で我が方に肉迫しつつあり」「フェリエス級超巨大機動戦艦を先頭に、敵艦隊、中央突破を図る模様」「ファリエス級超巨大空母内部より、更に多数の敵艦隊出現…‼」「土星方面の敵艦隊前方に、超巨大戦闘空母「グロス・クイーン・フェリア」を確認。」「冥王星海域に、敵艦隊総旗艦「ヴァルハラ」を確認。光学映像、出ます」「土星方面の敵艦隊より、敵超巨大超高速戦艦、フュリアス、フュリエスを確認、我が艦隊に急追。フェリエスと合わせて、我が艦隊の退路を断つものと推定‼」

刻々と、地球側に不利な情報が、CICに集まって来る。ふと、リ―司令は、第2次世界大戦当時のソロモン諸島沖海戦を考えた。あの島を巡る戦いの殆どは、夜間戦闘だった。俺の先祖も、戦艦の司令塔のスリットから覗く視界と、現代からすれば随分原始的なレ―ダ―で、夜戦を得意とした日本海軍と戦ったのだった。今の俺は、先祖より余程不利な立場にいるのではないか?と、CICクルーが警告した。

「敵艦隊、我が艦隊を捕捉…未知の電磁波、敵レ―ダ―と推測…敵艦隊より発砲、砲撃により、我が艦隊に損害多数…被撃沈艦多数‼」「我が戦隊、挟叉されました!!挟叉せる敵艦、敵フェリシラント級2番艦と推定…逆探知精密計測範囲外‼」「回避運動‼このままでは敵2番艦の艦砲を食らう‼」

一方、フェリシア皇国軍の方では。

近衛騎士フェリエルは、立体モニタ―に表示された地球側艦隊の陣形を少し眺めると、凛々しい声で指令を下した。「全艦突撃!我が聖王女后近衛騎士団の武威を高からしめよ。」「了解、全艦突撃。敵旗艦に一斉射。フォイアー!」だが、ワシントンには命中しなかった。前方を進んでいたアリゾナが楯になる形でフェリシア艦隊の集中砲撃を受け、一瞬の内に轟沈した。

「ああっ、アリゾナが‼」「あれが、フェリシテア級の火力か‼モンタナ級戦艦の装甲を、ああも容易く撃ち抜くとは…‼」「我がモンタナ級の射程圏外から、敵フェリシラント級の砲撃…一方的に撃たれています!!」「くそっ、科学水準に差が有りすぎる…!!このままでは…!」「敵艦隊接近により、敵フェリシラント級と我がモンタナ級、同航砲戦に移行。モンタナ級、アウトレンジ砲撃を受けています‼…被害がグラフ上昇カーブ、損害、止まりません!」「敵『人型』の動向はどうか?」「我が艦隊に肉迫、物凄いスピードです‼」

と、艦橋に急ぐ声がした。「敵艦隊、我が軍の予測を上回る速度で急速接近!」「司令、本艦主砲の射程内に侵入される前に、攻撃を開始する事を進言致します。」

 砲術長の進言は的確だった。同時に、地球側の選択肢を狭めてもいた。主砲よりも射程の長い武装と言えば・・・ッ、全乗組員が、司令官の決断を注視していた。

 「うむ。本艦の射程圏に潜り込まれる前に、殲滅する。照準!!後続の友軍艦隊にも打電せよ。目標、前方に布陣する敵フェリシア艦隊。核ミサイルVLS開け。一気に殲滅する」「・・・正直、核は気が進みません。それに、今日は・・・」「気にするな、相手は、地球を狙う悪の異星人だ。遠慮はいらんさ」・・・そうさ、例え悪魔の炎でも、異星人に使用するのなら、神も御許し下さるだろう。でなければ困る。核以上の兵器を、地球側は持っていないのだ。

 かくして西暦2100年8月9日、午前11時、国連軍艦隊は、核ミサイルを一斉発射した。折りしもこの時刻は、155年前、第2次世界大戦末期に、日本の長崎に、原子爆弾「ファットマン」が投下されたのと、ほぼ同時刻であった。

 「核ミサイル群、敵艦隊に向け飛行中、間も無く着弾します。」「司令、遮光ゴーグルを」「いらん。自分の撃った物の結末ぐらい、自分の目で見届けたい」「5・・4・・3・・2・・1・・着弾、今!」

核攻撃は無力化された。全く起爆しないのだ。

 「核ミサイル群、全弾被撃墜!・・・いや・・・違う、これは・・・?」 「敵艦隊空域に未知の粒子を確認、粒子反応増大」「機関部より緊急!我が艦の原子炉に異常発生!核分裂が縮小・・・?いえ、停止しました!」

 同時に、接近したフェリシア艦隊から、多数の機体が発進した。凄まじい速度で、国連軍艦隊に肉迫する。主砲の有効圏内に侵入した機影が、ふと停止する。一瞬、何かの動作。次の瞬間、漆黒の空間に、光輝く槍の様な物が多数出現した。

 「姉聖皇女陛下に、この戦を捧げます…‼」一際美しい宝飾が施された機体の中で、蒼い髪の少女が誓いを唱える。と同時に、「光の槍」が、国連軍艦隊に襲いかかった。

 「なんだ、あの武装は!?まるで・・・」「魔法のようです!いくら彼我の科学に差があるとは言え、何もない空間からエネルギー体が来るなんて!」「後退する、ワシントン後退!後続の友軍にも打電しろ!」「リー司令、このままだと友軍も巻き添えになります!」「友軍?友軍とは米国艦の事だ、馬鹿者!敵は我が米国艦隊で引き付ける!」「・・・、」「復唱どうした!」「アイ、サ―。IFF確認、これより友軍の後退を支援します。」「来た!人型です!」「SIWS、弾幕を張れ!ジュピタ―の七面鳥撃ちだ!奴らに思い知らせてやれ!!」「各砲座、了解。敵機に対し、対空防御砲火。」「効かない!?」「敵機周囲に未確認の力場を探知、パルスレーザーでは貫通出来ません!」「リ―司令!!敵人型機により、我が艦隊の被害甚大!!ラプタ―Ⅲでは対抗仕切れていません!!」

その頃、地球艦隊内部に突入したフェリシア軍近衛は、地球側主力機動兵器、タクティカル・インファントライ、通称TIと交戦を開始していた。「皇女殿下も戦っておられる。我が艦隊の武威を、殿下にお示しするのだ」「了解、フェリエル司令」「殿下の御道を御開きする!!」「フェリス司令、地球側の機体は余り性能が高くない様です。」「油断はするな。相手は、長年戦を続けている、男の多い星の民だ」「了解致しました」とは言え、フェリスも、歯ごたえの無い敵を斬るのは、あまり気が進まなかった。首都防衛近衛騎士団を投入する必要等、無かったかも知れんな…そんな思いが脳裏をかすめる。

「ファリエルの方はどうか?」フェリスが尋ねる。「は、聖堂騎士団は既に、当該宙域のア―シア人を平定したとの事です」

戦場で、漸くフェリシア人の「騎士」と交戦を開始したマシアス中隊であったが、会敵早々に、彼我の機体の性能差を見せつけられていた。

「くそ、これじゃ鴨撃ちだぜ!」マシアスの額に汗が滲む。(本当に、フェリシア人てのは、女ばかりの異星人なのか!?)

シヴァルツ少佐は素早く周囲を見渡し、状況判断をしようとしたが…(駄目だ。敵に機体性能差をつけられている上に、彼奴等は攻撃ポジションを自由に選択出来る。其れだけで、こちらには十分不利だ。敵騎が来る場所へ、すぐさま防衛線を張るだけで終わってしまう。これでは、前線での此方の数が多少多かろうが、直ぐ帳消しになる。それに、彼奴等は、『ファリアス・ファリエス・クイーン・フェリア』三隻以外の巨艦の艦載機は殆ど前線に送っていない。総旗艦のヴァルハラを護るつもりか、其れとも俺達に何ら脅威を感じて居ないのか?…本当に、フェリシア人とは『女の皇国』なのか!?)

 テナント大佐はギリギリのタイミングで戦艦レパルスⅡを操艦し、敵弾を回避しつつ、思考を巡らせた。(先程の戦闘で、敵艦隊と直接、同航砲戦になったのは不味かったな。まあ、敵艦には大威力と推定されている、艦首砲がある。正面からの中距離主砲戦よりは、いくらかマシか。この距離なら、一方的にアウトレンジ砲撃される事はあるまい。…寧ろ問題は、こちらの砲撃がまるで当たらない、若しくは当たっても全く効いていない事だ…。)

「フェリエス、フュリアス、フュリエスの3艦の突撃により、我が艦隊の輸型陣、崩壊します!」「穴を埋めろ!被弾した艦は、後送して構わん!」「了解・・・いえ、無理です。敵フェリシテア級が、3隻の巨艦に続き、戦果を拡大しあり」リー司令は、一瞬唖然とした。開戦からまだ、30分も経っていないと言うのに、こちらにも「人型」ラプターⅢがいて、この損害。そもそも戦端を開くべきではなかったのではないか・・・、彼の愛国心と、軍人としての指揮能力が、矛盾した考えを、自身にもたらす。その考えを振り払うと、彼は本来の合衆国軍指揮官が有るべき姿勢を取り戻し、新たな指揮を下す。

「艦隊司令より艦隊の全艦!諦めるな、最後の瞬間まで異星人に抵抗せよ!諸君等の健闘が、地球本星の防衛体制強化に繋がるのだ!!」「CICより各艦、遅れをとるな!ラプタ―Ⅲ隊、後続隊発艦急がせろ!敵人型に対抗する!」「駄目です、敵機の速度が早すぎる!回避間に合いません・・・被弾!本艦被弾、攻撃はエネルギ―弾殻、被害甚大、沈みます!」   

「最後まで撃ち続けろ・・!地球人の底力を見せ付けてやれ!・・・ペンタゴンには、異星人どもの武装デ―タは届けたか?」「アイ、デ―タ転送中。・・・司令、大統領より、入電」「読め」

 「本日は、地球にとって恥辱の日となった。貴官らの健闘は、米国精神の発露にして、敵異星人どもに、地球人の底力を見せ付けたと信ずる。貴艦隊の犠牲を無駄にはしない。米国は必ずや、敵異星人に報復するであろう。リメンバ―・ジュピタ―!」と、ハワ―ド・ベンソン艦長が、制帽をモニタ―に投げ付け、呟いた。「・・・クソがっ!」

 「ベンソン艦長!?」「政治家はいつもこうだ・・・俺達職業軍人を、捨て駒にしやがる。パシフィックでも、ヨ―ロッパでも、ベトナムでも、イラクでも・・・」「・・・心中お察し致します」と、リ―司令が穏やかな表情で語りかけた。

 「そう暗い顔をするな、参謀長。ステイツは必ず、奴等を倒す。パ―ルハ―バ―からも、我が海軍は蘇ったではないか。まあ、この戦争でのミッドウェ―がいつになるか、その為にも我が艦隊は、一機でも多くの敵機に損害を与えねばならんのだ」

 ふと、司令は、モニタ―に一際美しい宝飾を施された機体が接近してくることに気付いた。・・・成る程、あれが、フェリシア人の「騎士」と言う訳か。

 「我が艦隊の、人型の・・・ラプタ―Ⅲ隊の戦果は?」「不明です。おそらく、戦域全体で、敵の人型に押されていると思われます。」

・・・リー司令は、ふと思った。これだけの科学技術を持った異星人に、本当に対話の余地は無かったのだろうか?・・・俺の家族も、ヤバイかもな・・・在日米軍将校のダチに、疎開を頼んでおいて、良かったかも知れんな・・・。そう思った瞬間、艦体が振動した。例の宝飾機が、ワシントンに取り付いたのだ。見ると、敵機は妙な腕の動きを見せていた。そう、子供の頃、俺が魔法使いごっこをした時の、魔法を唱えるポ―ズの様な・・・「敵機腕部に高エネルギ―反応・・・増大!」宝飾された機体の中、蒼い髪の少女が、言霊を唱える。

 「殿下、ア―シア人の攻撃はほぼ平定致しました。」「そうか」「シルフィ皇女殿下、その艦は降伏を拒否致しました。撃沈された方が宜しいかと」シルフィと呼ばれた少女は、まだ幼いながらも、険しい表情になって、言霊を唱え終わった。「滅せよ」精神波エネルギ―が、機体中心の宝石に収束されて行く。物理式が構築された。次の瞬間、膨大な物理エネルギ―波がワシントンを覆いい、空間ごと消滅させた。消滅の瞬間、司令は考えた。地球に残った宇宙艦隊は日本人の物だけだ。奴等に託すしかないのか・・・?この星の平和を・・・、刹那、リ―司令の意識は無に帰した。

 「シルフィ皇女殿下、武勇勇ましく・・・」「世辞は良い。ヴァルハラに帰投する」そう言うと、少女は勇ましい表情になって、宣言した。

 「シルフィ・ラ・フェリシアが命じる。我が配下の騎士、戦士達よ、これより全騎ヴァルハラに帰艦する」


一方その頃、異星人―神聖フェリシア皇国―首都船ヴァルハラでは、「彼女達」の最高指導者・・・聖皇女が、武官の拝謁を受けていた。

 「陛下、シルフィ皇女殿下の武勇もあり、アーシア人は大挙して我が軍門に下りまして御座います。妹皇女様の御活躍、栄えある皇国近衛騎士団の武勇に、新たな栄光を御加え下さいました。」「さすがは陛下の御婚約者、文武両道でいらっしゃる。」陛下と呼ばれた少女は少し考え、

 「我が妻となる者ならば、フェリシアの民にその身を捧げねばなりません。此度の戦勝、嬉しき事なれど、この戦争が早期に終結し、ア―シアの民と、平和裏に共存出来る日を、余は待ち望んでおります。」「陛下の御威光に、ア―シア人も、野蛮な武器を捨て去るでしょう。」「・・・ならば・・・、よいのですが。」「臣民も、此度のいくさの行方を気にしております。陛下におかれましては、臣民へ御尊顔を拝謁する機会を与えて戴きたく存じます」・・・少女はまたも考え込み、             

 「フェリア・リ・フェリシアが命じさせて頂きます。此度の戦勝を、ア―シアの民との、和議の場を設ける機会となさい」「御意。」―こうして、フェリシア最高指導者たる聖皇女は、地球との対話を決めた。が、聖皇女フェリアの意向が、フェリシアの総意では有り得なかった。

 ―皇国元老院、賢者の間―「聖皇女陛下は、地球人どもの野蛮さを御理解しておられない。」「此度のいくさで、ア―シア人は、禁断の焔を使ったと報告があった。」「先遣隊に、ミストルティンを配備しておいて、僥倖でしたな。」「報告では、ミストルティンを撃つまでもなく、我が皇国近衛艦隊の周囲の力場で核分裂を封じたとある」それまでやり取りを聞いていた老人が口を開いた。

 「我等が敬愛する聖皇女陛下の御情愛を裏切り、野蛮な焔を使用したアーシア人は、未開の蛮族だと言うことだ、諸君。未開人には、我等フェリシアの名の下に、膺懲を加えねばならぬ。」彼、皇国元老院長アドルフ・ジークフリード卿は、フェリシアでは非常に珍しい「男性」であった。ある意味、男性的思考は星を問わず、戦争への道を開くものなのかも知れない。

戦場では、最早戦いの趨勢は決したが、未だ少数の国連軍艦隊が、必死の抵抗を続けていた。

「ア―シア人の艦隊を包囲する。」そうフェリエルが下命すると、フェリシア艦隊が、地球側残存艦隊を包囲した。「艦長!フェリシアの艦隊に、我が残存艦隊、完全に包囲されました」「うむ・・・これ以上の抵抗は無意味か・・・、止むをえん。敵の情けにすがる」「と、仰いますと?」「降伏する。我々が降伏すれば、後方の残存艦隊も降伏せざるをえんだろう。今は、将兵の命を守る方が大事だ。降伏する」「艦長・・・」「敵艦隊宛通信、「我降伏ス、寛大ナル処置ヲ機体ス」・・・以上だ。」こうして、一千隻を数えた第一任務部隊は、後方で絶望的な戦いを続けている、第7艦隊のみとなってしまった。


「地球方面艦隊に敬礼!彼女達に、聖フェリシアの加護が有らん事を」そうフェリスが宣言すると、発光信号で、返答があった。「貴官ヨリノ激励、我ノ士大イニ気高マラン、激励ニ深謝ス」「フェリエル、我らもいずれアーシアに行くのだな」「左様で御座います、殿下」シルフィが、「殿下」と呼ばれて気分を害さないのは、姉フェリア以外では、配下の近衛騎士、フェリエルと、侍従のフェニスだけだった。

「総旗艦ワシントンの撃沈を確認…」「敵艦隊の動向は⁉」「我が第7艦隊を包囲し、降伏した友軍を接収しつつも、一部は地球方面へと向かう模様‼…敵数個艦隊が、反応ロスト‼」「何が起きている⁉」「情報処理中…敵艦隊、地球近海に突如出現したと、日本艦隊から入電‼」「一体何が…」「恐らくは、データに有った、『転移』ではないかと推測します」「くそっ、そんな高度技術を、奴らが有しているとは・・・」「司令、如何いたしますか!?」「ジャップ共に打電しろ。敵艦隊の戦力極めて大なり、注意を要す。それから・・・」「?」「我が第一任務部隊は、敵フェリシア人に徹底抗戦するものなり、貴軍も地球人の名誉を汚す事無き様、地球圏最終防衛ラインの護衛任務を無事果たされん事を」「・・・」「復唱どうした!」「アイ、復唱致します・・・」「第7艦隊の全将兵へ。我が艦隊は、最後の1艦に至るまで、徹底抗戦する。総員、覚悟を決めよ」それから、第7艦隊最後の艦、戦艦サウス・ダコタが沈んだのは、約5分後で有った。こうして、地球が誇った大艦隊、第一任務部隊は壊滅した。それも、これからの戦乱の予兆であったのかも知れない。

 地球標準時、西暦2100年、8月9日・PM一時。地球上・欧州、英国本土近く。オ―クニ―諸島。空襲警報が鳴り出すより早く、騎士が多数降下した。

「アーシアの大国が集いし、大西洋。この海と太平洋を制圧すれば、我らの勝利は確実だ」騎士団長が檄を飛ばす。「騎士団長。太平洋の方は?」「あちらには、別働隊が、ハワイ諸島の制圧に降下した」「では、我々は・・・」「うむ。この地を拠点とし、アーシアの大国の戦力を削ぐ。米州、欧州の戦力を。民を巻き込む戦いを、我らがフェリア陛下とシルフィ皇女殿下の名において、致すわけには行かぬ。」「了解致しました、この地を早急に制圧致します」「うむ。アーシアの過去のいくさでは、民を巻き込む戦いが多く、禁断の焔も2度、実際に使用されたと有る。そうせぬ為にも」「早急に、アーシア側の大国の軍に大打撃を加える必要があるわけですね」「左様。4大国の内の一国、『ニホン』は、フェリア陛下との事前協議にて、我らフェリシアの民とは戦わないと誓っておる」「アーシアへの降下中、ニホンの艦隊から攻撃を受けましたが?」「彼らとて、自国の領域を侵犯せし騎士には、自衛の為の戦闘も持さぬとの事だ」「成る程。では、我々の直接の敵となる国は・・」「最大の軍事大国、米国。欧州・ロシア連合。中国。事実上、この3国だ」彼女の配下の騎士達が任務を確認している頃、漸く英国軍防衛隊が現れた。尤も、この地の防衛体制も、かつての英本国艦隊根拠地、スカパ・フローが有った当時と比べると、戦力は低下していた。一世紀近く英本土がテロ以外の戦火に巻き込まれていない事も一因と言えるだろう。

おっとり刀で駆けつけた英国歩行戦車、WT「ヴァリアント」が、次々に切り倒されて行く。動きの鈍重なヴァリアントは、次々に騎士のエーテルガンブレイドの錆と成って行った。それでなくても、TI、「タクティカル・インファントライ」と比べると、対フェリシア戦を目的に開発されたTIと、地球人同士の第二次冷戦期の兵器、「歩行戦車」WTとは、性能に格段の差があった。この日オークニーに降下した、神聖フェリシア皇国軍主力騎士、「フェリシアーネ」と互角に近い戦いが出来るとしたら、日本の第二世代歩戦、「六一式改」、自衛官からは、愛称の「一二試式歩戦」と呼ばれる超高性能機くらいであったろう。六一式改は、機体はTIより小型の七~一〇メートル(装備によって異なる、)だが、一八メートル級のTIよりも小回りがきき、地球上での戦いに限れば、騎士にも付け入る可能性があった。しかし、その六一式改は、憲法九条と集団的自衛権に関する諸問題から、富士教導団と第七機甲師団にのみ、優先的に配属され、今ではフェリシア艦隊の日本本土上陸阻止の切り札として、戦術騎―日本ではTIをこう呼ぶ―、「九九式睦月」共々首相の直轄部隊として、待機中だった。尤も、国連から委託を受けて、日本の六菱重工が開発したのが睦月で、それを国連軍に手渡した際に、一部の高度技術をオミットした物が、TI「ラプターⅢ」であったから、木星外周で散っていった国連軍将兵がこの事を知れば激怒したであろう。しかし、日本も核兵器を自らの意志で持たない以上、切り札は温存しておく必要があった。木星での悲劇は、こうした高度な政治的駆け引きの結果であった。

 「騎士団長、この地、「オークニー」の「イギリス」軍から降伏の会談を設けたいと、通信が来ております」「存外に早かったな。かつてはこの星最大の大国であったと聞くが・・・男の多い星であるから、もっと抵抗は熾烈と思っておったわ」「イギリス軍より追伸。フェリシア人は、我々地球人を対等に扱うや否や?、何とお答えになりますか?」「フェリア陛下とシルフィ皇女殿下の御名に誓って、丁重に扱う。我がフェリシアは、文明の星ぞ、と返答せよ」「了解致しました」「それでは諸君、今日の戦勝を祝い、これからの戦を勝ち抜く為の誓いを致したい」「フェリア陛下の為に!」「シルフィ皇女殿下の為に!」『全ては神聖フェリシア皇国が臣民の為に!!』」

  同時刻、「北米・北アメリカ航空宇宙防衛司令部」、一般的な呼称はノーラッド(NORAD)。フェリシア軍の地球降下部隊は、欧州だけに留まらず、ここ北米・フロリダのケープ・カナベラル一帯、カナダのバンクーバー宇宙港、ハワイ諸島にも上陸を開始していた。

 「敵部隊、なおも多数降下中、ケネディ宇宙センターと、フロリダ空軍基地、沈黙。完全に制圧されたものと思われます」「フェリシアの蛞蝓共め!ケネディは民間施設ではないか!」「おそらく、第一任務部隊への核ミサイル補給路を辿られたものと思われます」「クソッ、日本人は何をしている!?地球圏最終防衛ラインが崩壊しているではないか!!」「木星会戦から転移してきた敵大艦隊と、地球軌道上にて交戦中。司令、日本艦隊は、政治的事情から、彼らの本土上空しか防衛出来ないとの事です。」「ジャップめ!!我々ステイツを捨て駒にする気か!」「司令官殿!」「なんだ、騒々しい」「我がノーラッド上空に敵影、フェリシテア級機動戦艦と推定されます」「単艦か?」「イエス。しかし、動向が不自然で・・・」

 ノーラッド上空、地球大気圏外。フェリシテア級機動戦艦の兵装ハッチが開くと、巨大な槍の様な物体が、姿を現した。「艦長、「ローレライ・システム」、投下完了です」「うむ。アーシアの男共に、我らフェリシアの力を見せつけてやれ」「了解。カウント開始。10・9・8―2・1・ゼロ!」「ローレライ、投下!!」巨大な聖槍が、ノーラッド基地へ向けて投下された。

大気の振動する音。上空から轟音が聞こえる。「今のは何だ?」「報告!軌道上のフェリシア艦より、巨大物体が、本基地に向け投下された模様!」「何!?核か!?」「放射能情報なし。それに、フェリシア人が核を使用する可能性は、極めて低いかと・・・」「では何だ!?」「報告、敵兵器、まもなく着弾します!」ローレライは、極超音速のまま、ノーラッド基地近郊に落着した。そして、「歌姫の魔女」の異名の通り、地球側兵器を次々に狂わせて行く。

「何だ!状況を報告しろ!!」「敵兵器の物と思われる電磁波パルスにより、本基地及び、周辺軍事基地の機能がダウン!なお、民間施設には、幸い影響が無かった模様です」「よ、よかった・・・」「民間人の事など知った事か!敵への反撃は!?」「・・・強力な指向性の電磁パルスと思われ、周辺一帯の基地機能・各種兵器は使用不能。反撃は不可能です」「司令、敵「騎士」より降伏勧告が・・・」「読め」「これ以上の抵抗は無意味なり、貴軍の武威は全うせられたり、速やかなる降伏を勧告するものなり」「こ、降伏・・・・?」「論外だ!敵異星人に、ジョンブル共に続いて降伏等・・・、うん?貴様等、何をする気だ?」  

司令官が見ると、副官が、拳銃を自身に向けていた。「司令官殿におかれましては、敵の降伏勧告を受諾下さいます様・・・。」「クーデターか!貴様等、正気か!?」「無論。これ以上の無益な戦闘は、我が方の人名を喪失するだけです、閣下。・・・ご決断を」「くっ・・・止むを得ん、高度な戦略として、本基地を放棄、敵の文明性に期待して、止むに止まれず、降伏する・・・。」「さすがです、閣下」「おお、プレジデント、お許し下さい・・・。」

その頃、バンクーバー宇宙港でも。「くっ、戦力差がありすぎる・・・。」「司令。今は、一時の屈辱に耐えるべき刻かと。」「しかし・・・。」「御心配なく。数年の後には、必ずや、我々「証」が、地球からフェリシア人を「駆除」している事でしょう」「く、駆除?貴官等は、一体・・・。」「我々は「キリストの証」。大教主猊下の御名の下、宇宙の害毒、フェリシア人を駆除する有志の集い。」「・・・取り敢えず、この基地は放棄する。貴官らの信仰については、後ほどゆっくり聞かせてもらおう」

そうして、司令官は、敵騎士の下まで白旗を担いでいった。降伏する事態など考えていなかった為、食堂のテーブルクロスから作った即製品だ。別に通信でも良いとフェリシア人からは言われたが、あの「キリストの証」が気になったのだ。フェリシア人と戦う事には、地球の軍人として、カナダ軍人として、全く異論は無い。しかし、彼らの目は、狂気を帯びている者の目に見えた。少なくとも、俺の辞書には、異星人を「駆除」すると言う価値観は無い。地球の主権を脅かす外敵と、地球人類が、一致団結して戦う。それだけの筈だった。それが、「証」等と言うおかしな団体が、司令部に入り込んでいる等・・・。この戦争の戦禍を、無駄に広げなければ良いが。

滑走路に着くと、フェリシア人が待機していた。先程のフェリア皇女の映像でも思ったが、フェリシア人という奴らは、俺たちがイメージする「エイリアン」とは、随分懸け離れた存在であるらしい。知性を感じさせる、整った顔立ち。それだけで、「凶悪な地球侵略を企む邪悪な敵」と言うイメージが崩壊して行く。いや、顔だけで判断してはいかんのだが。うちのカミさんより、余程文明的に見える。

「これはこれは、基地司令官殿。わざわざお越し下さいまして、申し訳御座いません」「降伏するのはおれ・・・、私達だ。それぐらいの礼儀は地球人でも知っている」「如何にも。貴男とは、文明的な対話が出来そうだ」そう言うと。フェリシア人は、書類を取り出した。フェリシア語と覚しき分は読めっこなかったが、英文は当然読めた。「部下達と、基地近郊の民間人の安全は保証戴けるのでしょうな?」「無論。我々は、アーシアの民との共存を望んでおります」共存、か。あの国連軍第一任務部隊を、たった一時間で撃破した余裕かな?

「では、司令官殿。こちらの覚書に御署名を」「フェリシア語で妙な条項を書いていないでしょうな?」「御冗談を。騎士の誇りに賭けて、そのような卑怯な真似は致しません」「失礼。異星人と対話する地球人等、私で数人目だろうからな。つい気にしてしまう」「我らに疑念がおありですか?」「無いと言えば嘘になる。だが、周辺地域住民に安心を与える為にも、ここは私が敗軍の将の名を被る事としよう」そうして、基地司令官は、降伏調印文書にサインした。「確かに。では、閣下は御自宅にお戻り下さい」・・・へ?「家に戻っても良いのかね?」「後の施政は、我らがフェリア陛下の御名において、致します。御心配無きよう。」

・・・余裕か?いや、違うな。この「女」共は、地球人より、随分と文明的なのだ。だからこそ、オークニーの英軍も捕虜が殺される事もなかったのだろう。・・・地球は、これからどうなるのだろうか?文明的とは言え、フェリシア人は、女同士で子を設けると言う。俺の知った事じゃないが、どこぞの宗教、セクトやワスプ連中には対話の対象とはなり得ないだろう。それに、あの「キリストの証」。確かに、フェリシア人を「駆除」すると言っていた。そんな態度では、フェリシア人も、態度を硬化させるのではないだろうか?・・・ハワイの様子が気になる。あそこが落ちれば、北米西海岸と太平洋沿岸の大都市圏が、空襲に晒される。いや、此奴等なら、民間人を手にはかけないだろう。そう信じたい。と、フェリシア人が近づいて来た。

「基地司令官殿、官舎までお送り致します」「宜しく頼む」見ると、エアカーの様な車が側に来ていた。宝飾が派手に見えるが。車に乗り込んで、今日の事を少し考える。まあ、兎も角後は、停戦交渉に持ち込むだけの勝利を、地球が得られるかどうか、だ・・・な・・・。基地司令官は、疲労がピークに達し、眠り込んだ。それを、フェリシア兵が、毛布を掛けた。カルチャーギャップの多かった論戦の末、バンクーバー宇宙港は陥落した。

こうして、北米防衛の要、ノーラッド一帯とバンクーバー宇宙港は、一滴の血を流す事無く、フェリシア軍の軍門に下った。・・・そして、ほぼ同時刻、最後の地球本星防衛の要、太平洋・ハワイ基地。米州大陸とユーラシア大陸、日本、豪州を繋ぐ中間地点に位置するこの諸島にも、フェリシア軍が降下してきていた。

「上空にフェリシテア級機動戦艦、約30隻。敵艦より、多数の艦載機の発艦を確認」「敵は、オークニー諸島とケープ・カナベラル一帯、バンクーバー宇宙港を制圧している。ここが、地球防衛の最後の要だ。各員の奮闘に期待する。」基地司令は部下に指示を出すと、太平洋艦隊司令とのホットラインを開いた。

「提督。艦隊の状況は?」「・・・・、・・・!」ノイズが酷くて、よく聞こえない。ノーラッドに投下された、「ローレライ」の魔力は、ハワイでも健在と言う事か。基地司令は、思わず唇をかんだ。「司令、敵ECM兵器の効果、低下中。通信、間もなく繋がります」やっとか。ローレライの効果で、ハワイ基地の対空砲、対空ミサイル、戦闘機の殆どは無効化され、僅かに発進した戦闘機と、WT「WF―1」のみで、ハワイ本島の防衛戦を余儀なくされてしまった。「・き・・?・・艦隊・!!」まだ、通信は繋がらんのか?基地司令が焦れていた時、副官が、回線の復旧を告げた。

「提督、」「大将、我が艦隊は、壊滅だ!もはや挽回も叶わないだろう・・・。」普段高圧的な提督が、こうまで悲観的な表情を浮かべるとは。「艦隊の・・・状況は、如何ですか?」「聞くまでも無い。空母「フォレスタル」、戦艦「ニューヨーク」を主力とする我が艦隊は、ローレライによって無力化され、パールハーバー湾外に脱出していた残存艦艇にも、敵騎士と、大型戦闘機の猛攻が止まん。大将。私は、最早ハワイは維持出来ぬと思う」大型戦闘機・・・、敵の「オベローン」型だ。機首に大型の主砲を搭載し、我が戦闘機編隊はおろか、大型艦艇にも脅威となり得る戦闘機。確かに、事前の情報通りではある。あまり当たって欲しくない部分ではあるが。

「提督、ハワイ本島でも、我がWFー1が、敵「騎士」に追い詰められつつあります。また、敵の上陸突撃艇が、本島に向け降下中です。おそらく、ハワイ諸島全域の制圧を目的としていると思われます」「状況は悲惨としか、言いようが無い。」「残存艦隊を、グアムの海軍第7艦隊と合流出来ませんか?」「無理だな。グアムに辿り着く前に、全艦撃沈されてしまう。それに、グアム上空にも敵艦隊と、降下部隊と覚しき宇宙艇が集結しつつある」

・・なんてこった。開戦一日目、まだ木星の敗戦から2時間しか経過していないと言うのに。今日の開戦に備え、G4軍は、軍備の急速な近代化を進め、その規模も、第二次冷戦中とは比較にならないと言うのに。

 「提督、日本は?」「連中も、自国領空の防衛が手一杯の様だ。例の憲法が無くとも、それが連中の限界だと言う事だ」「ロシアでも、クルスク平原に、敵の中規模部隊が降下したとありました。・・・我々も、決心しなければならないかも知れません」「降伏の、かね?」  

人に言われると、自分で口にした言葉ながら、嫌気がさして来る。しかし、多数の部下を、無駄死にさせる訳にはいかない。ハワイの民間人も含めて。

「降伏しましょう。ライトニングⅡでは、オベローンには無力です」「本日敵機の空中に反撃するものなし、か?」WWⅡでゼロファイタ―と戦った、比島防衛陸軍航空隊の報告書の一文だ。嫌に今の現状に当てはまる。しかし、感情で戦争をする訳には行かない。「フェリシア艦隊に打電せよ。「我降伏ス、寛大ナル処置ヲ期待ス」・・・以上だ。提督の方も・・。」「今し方、打電した。敵は、降伏を受諾するとの事だ」くそっ、ハワイを守り通せなかったか・・。これで、地球上の戦略拠点の、特に重要な基地は、全て押さえられてしまった。日本人の本国の海上・潜水艦隊は無傷の様だが、連中は政治的事情で、アクティブな軍事行動はとれない。一体、俺達の地球はどうなってしまうのだろう?主よ、試練なら耐えましょう。もし、冗談だったら、呪います。そう考えて、基地司令は、皮肉な笑みを浮かべた。主、か。フェリシア人にも神は居るだろう。と言う事は、この大宇宙に祝福された知的生命体は、俺達地球人だけじゃあ無かったと言う事か。「司令、フェリシア艦隊から入電。降伏を受諾する、との事です」ついに、落とされてしまった。ハワイを。太平洋の制海権を。この敗北は、ステイツにとってーいや、地球人類にとって、取り返しのつかない敗北だ。・・・この戦争は、地球の一方的敗戦で終わるのだろうか?

・・・こうして、「彼女達」は地球での橋頭堡を築いた。・・・長きに渡る、戦乱の時代の幕開けであった。尤も、今日、木星、オークニー諸島、北米、ハワイ諸島での戦勝に湧くフェリシアの騎士達からすれば、先に宣戦布告し、あまつさえ「禁断の焔」、核兵器すら使用した、地球側大国の責を問う者が大多数であったろう。そのわずかな例外が、彼女達が敬愛する、聖皇女フェリア、その双子の妹にして婚約者、シルフィ。幾人かの皇国元老院の賢者たち、平和を愛するフェリシアの民達。しかし今は、目前の脅威の排除が優先であった。かつてフェリシアを焼き尽くした「焔」。それを保有する、地球の大国の戦力を低下させる、そして、地球上の全ての核兵器を封印する。これが、彼女達に課せられた、最優先任務であった。

その頃、 「ゆきかぜ」の周囲でも戦闘が発生していた。「殿艦より緊急入電!フェリシア軍艦隊、地球絶対防衛圏を突破!」直ぐ側を、美しい宝飾が施された機体が飛び交い、その度に、同盟国の艦が沈んで行く。「寺内司令!」「うろたえるな!本艦は、日本の領空を侵犯した敵機のみを迎撃する!睦月隊にも命令を徹底させろ」「しかし、友軍が!」「観測室より緊急報告、タイ軍、プミポン大破、台湾州軍、高雄轟沈、韓国軍、ペクヨン艦橋消失!その他、友軍に被害多数!!」「解っている・・。しかし、我が国は、自衛隊は、自国の領土しか護れないのだ・・・。」「司令・・・。」「殿艦、「ゆうばり」が被撃沈!」「藤咲航宙将は!?」「・・・閣下は、乗艦と共に・・・。」「「ゆきかぜ」より各艦!自衛に徹しろ!」「イージス護衛艦「くま」、大破。猪口司令は、総員下船を指示しております」「くそっ、異星人め・・・!」「フェリシア人め、我々が、「軍隊」であったなら、こうも易々とは・・・!!」「出来ん事を考えるな!今は生き残る方が優先だ!」

 司令は考えた。防衛相の御言葉通り、日本とフェリシア人との間に密約が成立しているのであれば、本当にそうであれば、異星人が、憲法9条の精神を尊重すると、本当に言ったのなら。少なくとも、日本だけは、平和が維持される。・・・くそっ、なんて後味の悪い任務なんだ。G4軍は兎も角、地球上空にしか、艦隊を上げられない小国の友軍すら守れないなんて。その時、電探室から入電があった。「フェリシア軍機、大気圏突入中!」・・・  

これで、戦火は地球本土に飛び火するか・・・願わくば、首相肝いりの「機動強襲群」が、日本の守りにつく日を見たい。その日までは、何としても生き残る、部下達と共に!「旗艦より各艦へ通達。大気圏突入したフェリシア軍機を見逃すな。ただし、攻撃は日本の国家主権の及ぶ範囲に限定する」「了解!」「艦隊司令官より各艦!生き残るぞ!」

その日本上空の戦いを、地上から眺めている者がいた。一人の名は、黒巌博秋。偶然にも、今日と言う日を象徴する、長崎出身の少年であった。彼は、祖父の葬儀に参加する為に、進学先の福岡県から、母を伴い、高知県の親類宅に泊まっている途中であった。

「・・・フェリシアとの戦いは、地球の一方的敗北で終わったのか」彼は、祖父が御臨終の際、「これからの時代が、日本にとって、少しばかり辛い物となるじゃろう、お前の世代が、世界を良き物とするんじゃ。」そう言って息絶えた事を気にしていた。今日のニュース。じいちゃんは、病院のベッドで、フェリシアとの開戦を見たのだろうか?それとも、元々知って・・・、いや、そんな訳ないか。いくら頭が良くったって、11年もの間、世界中で機密扱いだった、フェリシア人の存在。じいちゃんが天才でも、知ってる筈は無い。なまじ、じいちゃんは、田舎・・・長崎の離島生まれで、殆ど島から出た事が無いのに、政治や戦史、経済にやたら詳しかったから、本当は結構なエリートだったんじゃないか、なんて僕に思わせる。

 「博秋。もう寝なさい」母さん、美冬子の声だ。「うん、すぐ行くよ」居間では、僕の嫌いな馬鹿な身内連中が、今日のニュースについて、あれこれ言っていた。此奴等は、フェリシアとの戦争なんて、地球が簡単に勝つ、そう言っていたものな。今日の結果が、随分恐ろしいのだろう。「・・・だから、日本には、憲法九条があるきに。ヘリシア・・・フェリシア?人だって、戦争は仕掛けてこんきに」「でも、自衛隊の軍艦は、宇宙で壊滅したとやが?どないするね」

・・・五月蠅い連中だな。まあ、じいちゃんが言うように、「SFに出てくる異星人、こちらの知らん、遠い銀河からやって来る科学技術を持っている連中。そんな連中と戦っても、本来は、地球が勝てる見込みは無いんじゃがな」そう、じいちゃんは言っていた。今日の戦いは、その証明だったと言う事なんだろう。・・・そろそろ寝るか。じいちゃんの葬儀に加え、今回の戦争のニュース。今日は、随分疲れた。・・・そうして、博秋少年は、眠りについた。己の数奇な運命を知らぬまま。

 もう一人の名は、藤咲紗織。今は東京に住む、博秋の幼馴染みである彼女は、この戦争が、自身の、地球の運命を大きく変えると言う事を、未だ理解できる年では無かった。しかし、宇宙に煌めきが起こるとき。地球人の同胞が、「死」を迎えたと言う事は理解していた。「・・・ふぇりしあじんなんか、さおりが大きくなったら、みんなみんな、やっつけてやるんだからー!」「紗織、そう言う事を言うものではなくってよ」母だ。たしか・・・今日も、じぜんじぎょうとかに行くと言っていた。「悪いふぇりしあじんは、さおりがやっつけるの」「そうだな。その為に、父さんの仕事はあるんだからな。」父の会社は、とても大きい会社で、ふぇりしあとの戦争でも、じえいたいに、いろんなメカをおさめていた。紗織の誇る父さんだ。「それより。義父さんは、軌道上で頑張っておられるのだろうか・・」「父なら心配いりません。・・・私は、父が異星人とは言え、人を手にかける事の方が、気に病まれます」「仕方ないよ。89年に、フェリシア人の存在が、僕達研究者に知られた刻から、この戦争は不可避だったんだ」「今日のニュースを聞いた、一般大衆は、動揺したでしょうね・・・」  

紗織は、ままが、いい大学を出ていない人の事を「いっぱんたいしゅー」と呼ぶのが嫌いだった。いや、今でも嫌い。でも、父さんにもその気は少しある。ヒロアキくんと遊ぶのを、母が良く思っていないことも。でも、いまは、おじいちゃんの帰宅を待つ事にしよう。じえいたいのえらいひとの、おじいちゃん。おじいちゃんは、今、ふぇりしあじんからにほんを守るため、はるか高い所で戦っているのだ。・・・彼女もまた、己に降りかかる運命を知る由も無かった・・・。

 一方その頃。日本標準時、午後9時。表向きは閉庁後の防衛省に、その男はいた。「・・・くっくっく」名は、東郷春樹。自衛隊・幹部自衛官、二尉。19歳と言う若さを考えれば、異例のスピード出世である。彼は、今回の開戦前に、自身が所属する情報部と諜報部共同で、木星会戦のシュミレート結果を防衛相に提出していた。「まるで変わらんな。全て、私の予想通りだ。」以前、2106年、近衛首相が、憲法九条を理由に、日本との戦争は回避して戴きたい、と、当時冥王星宙域のヴァルハラまで出向き、まだ8歳の聖皇女フェリアと会談した際、彼は情報部員として同行した。そして、そこで目にした。圧倒的な、フェリシア人の科学力を。米国等足下にも及ばせない、その強大な軍事力を。・・・その後、彼の班は、国連軍艦隊の一方的敗北を計算し、提出した。そのレポートは、政府主流には非常に不評であったが、「先生方」―すなわち、「桜会」には高い評価を受けた。そして、こうも言われた。

 「東郷君。君の計算通りだと、この一戦で、G4、我が国以外の、だが。連中は疲弊する」「はい」「君もやり手だな。もし、この計算通りなら、地球の「自称」超大国とその尻尾は疲弊する。その時―」「我が皇国が、日本が、世界を主導するのです、先生」「うむ。その通りになれば、君の御家の再興に、桜会としても協力しようではないか」

願ってもない事だった。東郷家は、春樹が幼い頃、過激派の反体制テロ組織の卑劣なテロで、防衛相だった祖父と、将官だった父を失い、没落していた。その反体制グループが掲げた御題目が、「周辺諸国の脅威となりうる防衛省予算の増額を画策する東郷家を粛正する」と言う、誠に平和的な物であった。実際、逮捕されたグループのメンバーは、NPO法人として、「反戦団体」として登録されていた。その事件以来、春樹の心には、ある種の闇が澱む様になった。父、祖父が実現しようとしていた、防衛省予算の増額が、フェリシア人との戦いに備える為の物だと知ったのは、彼が幹部自衛官、三尉に着任してすぐ、桜会の老人に知らされてからであった。それから、彼は「桜会」の老人に、己を認めさせる為に、誇りある東郷家再興の為だけを考え、任務に邁進して来た。その、家の再興が、フェリシア人との戦争で果たせるかも知れない。そして、彼は運命の開戦の日を切望した。その結果が、先程のシュミレーション通りの結果と言う訳であった。

「これならば・・老人達に、私の力、認めさせる事が出来よう」彼にとって、第一任務部隊の敗北は、奢ったG4の末路であり、日本一国がこの戦争に参戦しない事も、あの「九条」にも使いでがある、そう考えていた。」

(これから、地球圏は混乱するだろう。奴らが降下した地域、その周辺。フェリシア人が如何に民間人の損害を出さぬ様に戦っても、初めて異星人を見る地球市民には、奴らの施政下に置かれる事は、恐怖でしか無い。・・・それに、あの「キリストの証」。地球・フェリシア会談を混乱させた、反異星人セクト。教主ラッセル自身が、今日の開戦を知っていた、元米軍高級将校が創設した新興宗教。今日の開戦によって、公式に、フェリシア人の排斥を唱え出すだろう。・・・精々混乱するが良い。全ては、我が日本の為に!)」

彼もまた、フェリシアのアドルフ・ジークフリード卿の様に、己の理想の為、他者を犠牲にする事を厭わない人物であった。これが、第二次世界大戦当時の「皇軍」であれば、単に愛国心溢れる青年将校と言われ、陸軍参謀本部辺りで重宝されていただろう。しかし今は二二世紀であり、彼の歪な愛国心が、日本をどのように導くのかは、未だ、誰にも知る由も無かった・・・。 それから1年、戦争は続いた。一時間戦争と呼ばれた、国連軍宇宙艦隊の壊滅。それに続く、地球軌道上の戦い。異星人、「フェリシア人」の地球降下。戦火は瞬く間に世界に飛び火した。しかし、彼女達は、地球人の軍事常識からは不可解な事に、大都市や社会インフラ等には、全く攻撃を行わないのであった。尤も、「彼女達」からすれば、全てはフェリア陛下の御心のままに、と答えたであろうが。

 停戦交渉は、かつての悲劇の地、日本の長崎で執り行われた。地球とフェリシアの停戦協定に際して、フェリシア人に対しては、地球側からは、現在の占領地からの撤兵と、向こう10年間は、再び戦争を起さない事が条件に挙げられた。これに対し、フェリシア側が挙げた条件は、地球上の友好国に、「入植地」を作り、地球人と共存したい、この一つだけであった。当然、地球側はこの案に同意し、長崎平和条約が、両星の間で取り交わされた。これで平和が訪れる・・・、少なくとも、それがこの時点での、二つの星の民の願いであった。こうして、地球にとって始めての、異星人「フェリシア」との戦争は、ひとまずの終戦を迎えた。西暦2101年8月9日が、地球の新たな終戦記念日となった。それは、フェリシアにとっても同じ事ではあったが。

 -この戦争は、後に第一次星間大戦と呼ばれる事となる。-


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