第3話 傭兵
町はずれの野原に盛大な焚火が燃えあがっていた。材木を山のように積み上げて、それに油を撒いて火をつけたのだ。炎は家の屋根ぐらいの高さにまであがり、これが夜だったら、夜空の下で、燃え盛る炎も一際映えて、さぞやきれいだたろう。だが、夕暮れにはまだ数時間ある青空の下では、炎のメラメラした形相もいくぶんぼやけてみえる。それでもときおり吹き上げる火の粉の、ちらちらと舞うのはきれいだった。
マユラは風呂に入り着替えもすませ、さっぱりしたなりで盛大な野辺送りの炎を眺めていた。母たちの無残な屍を浄化する炎を眺めながら、この炎はやがて消えるだろうが、胸にともる復讐の炎は決して消えることはない。それはブレイヴの業火となり、いつの日か仇どもに、容赦なき報いを与えるのだと誓った。
「これからどうする」
志摩が声をかけた。
「両親の兄弟とか、頼れる親類縁者はあるか」
「親父は身一つでこの町に来たので、親戚などはありません。かあさんも同じで、どこか遠くの町に姉がいるようなことをいってたけど、詳しいことは聞いていません」
「そうか。とにかく、こんなところに一人残してはおけない。近くの町まで連れて行ってやろう」
「強くなりたいです」
マユラはこののちの暮らしなど頭になく、心底の願いを口にした。
「強くなって、両親の仇討ちをするつもりか」
「いけませんか」
「いけなくはない。そういう動機で武門に入る者も多い。だが、なんの世界でも理想と現実は違うものだ。キミの年頃の男の子は、伝説や物語のヒーローに憧れたりするものだが、現実の戦闘では物語にあるような、ご都合主義など微塵も通用しない。弱ければ死に、油断すれば死に、運が悪ければ死ぬ。そういうものだ」
「たとえ殺されるとしても、戦って死ぬのなら本望です」
「殊勝な心意気じゃないか」
さも感心と声をかけてきたのは、見るからに屈強の男だった。年は三十半ばぐらいか、志摩よりもいくらか年上にみえる。白人で、背丈は志摩より頭半分低いが、筋肉は一団厚く、ややずんぐりした体形は力の塊のようだ。
ぼうず、その意気だぞ。親を殺されて復讐の一つ二つやらかす気概もなけりゃ、男じゃないってもんよ。俺はバルドス。このチームのサブリーダーだ」
バルドスと名乗った男をマユラは見上げ、その剛力を宿したる筋肉隆々たる体格に見とれるより先に、男の頭に目がいった。バルドスの頭には、髪の毛が一本もなかった。
「こいつが気に入ったか」
バルドスは自慢そうにツルツルの頭をなでた。
「頭も心もサッパリサバサバ、小さいことにはこだわらないのが身上よ」
「酒と戦うことが趣味の、バトル馬鹿オヤジよ」
横からサブリナが一言付け加える。
「あいつの減らず口など、山猫の鳴き声みたいなもんさ。それよりおまえ、大したブレイヴだったじゃないか。マユラだったな、その歳であれだけ噴けるやつはそうはいないぞ。どうやって覚醒した。魔道師に導いてもらったか」
「だれにも導いてもらっていない。気がついたらできてたんだ」
「立木を一撃で折った、あれもまぐれか」
「ブレイヴ体になったのはあのときが初めてだったし、それまで自分にそんな能力があるなんて、思ってもみなかったよ」
マユラの言葉に、ふむと、バルドスは考えをめぐらせる。
「そういやおまえ、トロールにぶっとばされたとかいってたな。こいつはどういうことだ」
ファズも不思議そうにいった。
「おそらくその瞬間、ブレイヴが覚醒したのであろう」
志摩が、状況から推理して、導き出した答えがそれであった。
「緊急覚醒か」
バルドスの言葉に志摩もうなずく。
「緊急覚醒ってなんですか」
自分の身に何が起こったのか、マユラは耳慣れぬ言葉に反応した。
「死が目前に迫ったギリギリの危機的状況で、生存本能が引き金となって、突然ブレイヴが覚醒、発動することがまれにだがある」
「ボクにそれが起こったと」
「たぶんな。おまえの場合、トロールの棍棒にふっとばされる寸前ブレイヴを覚醒したのだろう。瞬時に発動したブレイヴがバリヤーとなって棍棒の打撃を緩和、即死の衝撃をかすり傷程度で済ませた。そしてトロールとヴァルカンどもは潰れた子供の死体になど興味がなく、そのまま見逃された。状況から考えるに、そういうところじゃないのか」
「そういうことだろうな」
志摩の推論にバルドスも同意した。
「幸運が重なって命拾いしたか。となると、少々足りない、いや、頼りなさそうな見かけのぼうずだが、こいつは大した逸材かもしれんぞ。ヨナ・レイガン、ダン・アシュロン、カオル・カガミなどなど、緊急覚醒してのち、大陸に名を馳せるほどの戦士となった者は多い」
いささか興奮気味のバルドスに対し、
「緊急覚醒が皆そうなるとは限らぬさ」
志摩は冷静だった。
「きっとなります」
マユラは臆面もなく宣言した。ブレイヴ体になれたことだけでも、それまでそんな能力が自分にあるなどと思いもしていなかったマユラには、かなりの自信となっていた。そのうえ、なにかとてつもない才能があるかもしれないといわれ、気持ちは高揚して、それがまた、復讐心を煽った。
「強くなって、両親や町の人たちの仇を討ちます」
「そうだ、その心意気だ。だが、どうやって強くなるつもりだ」
バルドスに問われ、マユラははたと考えた。アッシュと違って剣術の稽古なんてやったことないし、強くなるといったが、その方法はと問われると、まったく思いつかないのだ。「心配するな」
マユラの顔をみて、バルドスは大らかに請け合った。
「我らがシリウスの砦では、おまえのような年頃の子どもが大勢修業に励んでいる。まったく武芸の心得のない者でも、一人前の戦士に鍛え上げるのだ」
「本当ですか」
「ウソなどつかぬ。ウソと酸っぱいビールは大嫌いだ」
「だったらボクを、是非そこにつれていってください」
いいだろう。ただし修業は厳しいぞ。学校の勉強みたいになまやさしいものじゃないし、命を落とす危険さえあるのだ。それでもやるか」
「やります。たとえそれで死んだとしても、後悔しません」
それは少しも大げさでない、マユラの本心だった。勉強も家の仕事も怠けていた彼が、強くなるためならどんな苦労にも耐え、たとえ死んでも悔いはないと、本気で思ったのだ。
「おい、俺たちはこの少年のことをよく知らぬし、この少年も傭兵について、よく分かっているわけではあるまい。事は一生に関わるのだ。そんなに簡単に決めさせてよいものではあるまい」
志摩は慎重な態度で、性急に事を決めようとするバルドスとの間に割って入る。
「親を殺され、ブレイヴを覚醒している。これだけわかってりゃ十分よ。俺たちの仕事についちゃ、おいおいに教えていくさ」
バルドスは言い返したが、志摩はそれには取り合わず、マユラと話す。
「世の中にはいろいろな仕事がある。大工や料理人や、仕立屋や公証人。その他数え切れないほどの職業があるのだ。傭兵なんてものは、勇ましそうにみえて特殊な部類だ。大多数の人は戦うこととは無縁に生きて、平穏な暮らしを送っている。悔しい気持ちは分かるが、キミも恨みを捨てて、もっと別の道を志してはどうだ。復讐に人生を費やすのは、幸せな生き方ではないぞ」
「復讐しないで、この悔しさにけりをつけないで、どうやって幸せになれというのです」
マユラは子狼の吠えるように、貧弱な体を怒らす。
「そうか」
志摩はマユラの決意をみてとった。
「俺たちの仕事も、役人や職人と同じく世の中に必要なものだ。やる気のある少年をリクルートして、なんらはばかるものではない」
昂然たるバルドスに、
「それはそうだ」
志摩は答えると、ポケットからタバコの箱を出して一本抜き取り、燃え盛る炎の山に歩いていった。手を伸ばしタバコを近づけ、野辺送りの火でタバコに火をつけ、こちらに戻ってくるとタバコをくゆらし、それ以上意見のないもののようだった。
「それでおまえ、なにになるつもりだ」
バルドスはマユラに聞いた。
「なににって」
「傭兵にもいろいろな職種がある」
「ルーンナイトやパラディンみたいなものですか」
「いきなりてっぺんクラスもちだすなよ。それにウチはナイトの養成はやっていない。ナイトになりたきゃ騎士学校に入るしかない。ちなみに俺はバトルランサー、ソルジャー系槍術特級だ」
「槍ですか」
、小説ではあまりなじみのない武器だ。マユラの読んでいた冒険小説の主人公たちは、たいてい剣を使って敵を倒すのだ。
バルドスは剣帯のベルトを肩からたすき掛けに締めていて、筒のようなホルスターは背中にあった。かれが後ろに手をやったとき、てっきり背負い差しした大剣を抜くかと思ったが、抜き放ったバルドスの手にあったのは、剣ではなく棒だった。鈍い銀色で長さは一メートル半ほど。径は四センチぐらいの八角形の棒は、大きな鉛筆のように見えなくもない。
「棒ですよね」
バルドスは槍といったが、先端に剣状の鉾などなく、棒としか呼べない代物だ。キョトンとするマユラに、バルドスは笑ってブレイヴ体となった。彼の体から陽炎のようなブレイヴの波動の沸き出ると同時に、棒の先端から剣が現れた。長さは五十数センチぐらい、両刃の剣で、これが剣の柄に付けばショートソードとなり、棒の先端にあれば槍となる。
「すごいや」
マユラは棒の先端から剣の飛び出した不思議な槍に目を丸くした。
「これは錬成鍛冶工房相州アームズ製精密咒鍛造可変槍、菊池S型だ」
「精密咒鍛造ってなんですか」
「精密咒鍛造は錬成鍛冶の鍛造技術だ。精密咒鍛造で作られた武器や防具は、使い手のブレイヴに反応して、この槍のように形を変えたり強靭性を増したりするなど、さまざまな性能を発揮する。素材はミスリルやオリハルコンなどのブレイヴ反応メタル、いわゆるアニムスシングに限られ、ブレイヴ体でないとその性能を発揮させることはできない。まあ、能書きはこれぐらいにしておいてだ、ちょっとそこらの石を拾い集めろ」
「石を、いくつですか」
「いくつでもいいさ。投げるに手頃なのをな」
マユラは卵ぐらいから拳大まで、大小十数個の石を集め、一個を持ってあとは足元に置いた。
「そいつを俺めがけて投げろ」
「ええっ!」
「手加減するな。当りどころが悪けりゃ死ぬかもってやつを投げるんだ」
「でも、ボク石投げ得意ですよ。当ったらマジ痛いですよ。血、出ますよ」
二人の間は十メートルもない。この距離で少年のマユラではあっても、力いっぱい投げた石が顔にでも当たればかなり痛いはずだが。
「俺に石を当てることができたら十ユーロやろう。鼻血の一つ流させたら百ユーロやるぞ」
「本当ですか」
「ウソと腐ったメシは嫌いだっていっただろう。さあやれ」
いってることが多少ちがってたけど、そこまで言うのならと、マユラは石を握った手を大きくふりかぶった。それでも顔ははずして放った渾身の一投は、バルドスの体に当たることなく、その槍先で二つに割れた。
「!」
目を瞠るマユラに、
「次はどうした。ぐずぐずせずに、どんどん投げろ」
マユラは足元に集めていた石を矢継ぎ早に投げた。バルドスは槍を振り回すのではなく、突きを繰り出してマユラの投げる石をことごとく槍先にかける。その突きも見た目激しい動きではなく、マユラの投げる石の動きを見切り、飛んでくる先にスイッと槍を差しだす感じで、迅速的確だが挙動は静かで、無駄な速さがない。
「どうだ」
石を投げ尽くしたマユラに、バルドスは胸をそびやかす。その槍先は、最後の石に半分ほど食いこんで、バルドスが槍の尻で地面をトンと叩くと、石は二つになって落ちてきた。マユラが石を拾って断面を見ると、磨かれたようにツルツルしていた。石は割れたのではなく切断されたのだ。バルドスは石を槍先で突っ切ったのである。
「すごいや。ボクの投げた石を全部半分にするだなんて、信じられない」
石なんて刃物で簡単に切れるものではない。それも、かなりの速度で飛来する石を、槍先にかけてこうも鮮やかに切断するとは、尋常ならざる業前であり、マユラには神業かとも思えた。
「なに、こんなのは子供だましの芸当よ。そう恐れ入るほどのもんじゃない」
「でも、こんなのは見たことがありません。あなたなら、どんなヴァルムだってやっつけられそうだ」
「ヴァルムにもレベルはあるが、まあ、そんじょそこらのヴァルムやヴァルカンは敵じゃないぜ」
バルドスの槍は、剣の部分が棒より出てきたにもかかわらず、刃幅は棒より広かった。内部に仕込まれていた剣が、バネ仕掛けで飛び出るような簡単な仕組みではなく、槍自体がブレイヴに反応して形を変える、精密咒鍛造なればこその変形性能だ。
バルドスはブレイヴを消して普通体となった。それと同時に、剣も棒の内部に収まる。バルドスは棒を片手でくるりと回して背中のホルスターに収めた。そうすると剣を背負い差しにしているように見える。
「どうだ、やってみるか」
「はあ・・・」
「どんなに頑張ったって、バルドスの兄貴のレベルには届かないだろうがな」
ファズがいって、ダオもあいづちをうった。
「なんたって兄貴はバトルランサーだ。マスタークラスの中でも、殊に実戦磨きのつわものだ。そうそうなれるものじゃないぜ」
「おだてたってなにも出ないぜ」
「兄貴に対する偽らざる評価ですよ」
それは聞き流して、
「やるのなら、俺が仕込んでやるぞ」
「はあ・・・」
マユラにもバルドスの強いことは分かったが、彼の愛読していた小説の主人公たちは、皆剣を使っていたので、剣に対する憧れがあった。
「剣は使わないのですか」
「剣もアックスも人並み以上には使えるが、俺には槍が、一番性に合っている」
「俺は剣がメインだ」
ファズがいった。
「シールドソード。盾で守り、剣で戦うスタイルだ。手ほどきしてやろうか」
「人に教えられるレベルかよ」
ダオが横から口を出す。
「剣ならリーダーが一番だろうが」
「だけど、志摩さんのはクセが強いぜ」
「剣を使うのですか」
マユラは志摩を見た。
「剣ではない、刀だ」
「カタナ・・・・」
「剣はおおむね両刃で反りが無く、刀は片刃で反りのあるものだ。突くは剣に利があり、斬るのは刀が優れている」
志摩の腰には短めのが一本あった。革巻きの柄に丸い鉄鐔。黒鞘のあまりみかけぬ外装で少し反っていた。これが刀か、しかし普通の剣と比べても短く、立派な体格の志摩が武器とするには、短すぎる気がした。
「志摩さんはサムライマスターだ」
魔道師のカムランがいった。
「サムライ?」
初めて聞く兵種だった。
「剣士の一種だが盾は使わない。迅速果敢に斬り込んで、刀術の冴えをもって働くのを身上とするジョブだ」
志摩はタバコをくゆらしつつ説明した。
「なにになるのか、いま慌てて決めることはない。とにかくウチでやってみたいというのなら、我らとともに、アナハイムのシリウス本部へ行くことになるが」
「どこだってゆきます。けど、アナハイムってどこですか」
「エッセン州だ。アナハイムはエッセン州の都だ」
地理の授業でエッセン州とか習った記憶はある。しかし、なにぶん勉強嫌いのマユラだ、ほとんど頭に残ってなくて、距離や方角などまるでわからない。しかしもはや天涯孤独の身の上。たとえ地の果てへ行くことになろうが、誰にことわる必要もないのだ。
「仲間になるのなら、正式に皆を紹介しておこう。まず我らの素姓だが、さっきいったように、アナハイムに本拠を置くレギオンシリウス所属の傭兵である」
「レギオン?」
「レギオンとは、いくつものチームを編成できる大規模な傭兵集団のことだ。シリウスに所属している傭兵は、レギュラークラスの者だけでも、百人以上はいる。そのうちの十人がこのツアーのメンバーとしてここにいる。私がリーダーで、サブリーダーのバルドスと、魔道師のカムランさんはもう分かっているな。彼はダオ、ブレイカーだ」
ダオは風呂の水汲みを手伝ってくれたインディオの男だが、ブレイカーとは初めて聞くジョブだ。
「俺の武器はコレよ」
ダオはホルスターから斧を抜いた。刃肉の厚いミスリル製で、木を伐採する道具ではなく、戦闘を主眼に作製された武器で、この手のものをトマホークという。
「こいつで脳天を一撃すれば、トロールだってイチコロよ」
「ヴァルムの化け物を倒すのは、木こりが木を伐るのとはわけがちがうぜ」
横からファズがケチをつけた。
「改めて挨拶させてもらうぜ。ファズだ。シールドソードっていうと防御主体のジョブに聞こえるかもしれんが、防具の中でも盾は一番堅いんだ。盾の防御力にまかせて押し出して敵を討つ。堅実堅牢の戦いぶりがモットーよ」
「盾の後ろに隠れてばかりじゃ、トカゲのしっぽだって切れないぜ」
ダオがやり返す。
「斧を振り回すだけの木こり野郎には、戦いの駆け引きなどは分からないのさ」
「なんだと」
「目クソ鼻クソね、ザコ狩り専門のお二人さん」
嘲弄する声に、二人はムッとしてそちらを見た。サブリナ、あの黒人の女だった。年の頃は二十歳ぐらいか、しかし黒い牝豹を思わせるたたずまいには老獪さも漂わす。
「だれがザコ専だ。そのうちでっかいトロールをぶっ倒してやるぜ」
「こいつにゃ無理だけど、俺はいつか、おまえなんか、見ただけで震えの止まらなくなるような化け物を仕留めてみせるぜ」
「なんだと」
ファズの言い草にダオが食ってかかり、また言い合いを始めそうな二人に、
「どんぐりの背比べ。せいぜいがんばってちょうだい」
サブリナは冷ややかな一言を浴びせた。
「この口さがないのはサブリナ、チームでただ一人の女性だが、勇猛なことは男にひけをとらない。凄腕のツインソードだ」
「ツインソード?」
これも初耳のジョブだ。
「ツインソードはクラスシノビの双剣特級、すこぶる攻撃的な剣士職だ」
サブリナは腰の左右のホルスターに、刃渡り五十センチぐらいの剣を差していた。双剣は二本の剣からなる多彩な攻撃と手数の多さが売りだが、剣が短い分、間合いを詰めた戦いとなり、これを使いこなすには度胸が必要となる。
「「サブリナ、チームの和もある。いちいちトゲのある言い方はするな」
「チームの和ね。友達ごっこでやってゆけるほど、この稼業は甘くなくてよ」
「きいたふうな口を」
はねっかえりの黒い牝豹を志摩は睨む。
「和のないチームは絆も弱い。絆の切れたチームは危ないということだ」
「お義理でポンコツを抱えているチームは、もっと危ないと思うけど」
サブリナは志摩の視線もどこふく風、ちらりと一人の剣士に一瞥くれて歩いていった。
「根は優しい子なのだがね」
カムランの言葉だったが、まったく同意する気にはなれないマユラだった。
「俺はレオン」
「ファルコだよ、よろしくな」
二人の若者が名乗った。
「俺たちはこのチームじゃ一番の新兵さ。年はサブリナが一つ下だけど、キャリアは彼女が長いからね。ちなみに俺は、ファズの兄貴と同じシールドソードだ」
「僕はフェンサーだよ。ロングソードを使う」
ファルコは薄緑色の瞳の、透き通ったまなざしの若者だった。
「で、あそこにいるのがグレッグだ」
グレッグは、サブリナが毒のある一瞥を投げた男だった。
「マユラです」
マユラは歩いていって挨拶した。
「グレッグだ。よろしくな」
グレッグは三十前後の白人で、ライトアーマーを装備し、腰には剣を差している。
「フェンサーですか」
マユラの問いに、
「そんなところだ」
あいまいに答えた。長身で立派な剣士にみえるのだが、どこか控えめな印象だ。
「あと一人いるのだが」
「あいつなら、どこかの台所あさって、ハチミツかバターでも舐めてんじゃないのか」
ファズの言葉に、
「人をネズミみたいにいってくれんじゃねーぜ」
頭上から声が降って来た。
「フェアリーだ」
空を見上げたマユラは興奮の声をあげた。
緑の服を着た人形のような小人が、透明な羽をキラキラさせて羽ばたいていた。絵本でおなしみのフェアリーだが、実物を見るのは初めてだった。そして、あまりにもおとぎ話めいた存在のため、その実在を疑っていたのでもある。
「本当にいたんだ」
「いるさ」
興奮のマユラに、フェアリーはそっけなかった。
「アレ、でも男だね」
絵本のフェアリーは、たいてい緑か水色の衣をまとった女性として描かれていた。
「男で悪いかよ。だいたいこんな物騒でむさ苦しい連中に、ボクらの乙女たちを任せられると思うかい」
「ウィルだ。なりは小さいが、威勢の良さではひけをとらない、ウチの伝令兼衛生兵だ」
「衛生兵」
「フェアリーはヒーリングオーラを使えるのだ。おまえの傷にもウィルがヒーリングオーラをかけてくれたから、治りは早いはずだ」
「そうなの。ありがとう」
礼をいうマユラにウィルはよそよそしい。
「マユラは両親を亡くした、かわいそうな子なのだよ。なぐさめてやってくれぬか」
カムランがいった。
「かわいそうなのはわかるけど、子供は急に乱暴になるから油断できないのさ」
「べつになぐさめてほしくなんかないけど、ボクは今からチームの一員なんだぜ。仲間を傷つけたりしないよ」
胸を張って言うマユラに、ウィルはちょっと見なおしたような顔をした。それで、用心しながらもマユラの肩に腰をおろした。オウムが止まったほどの重さもない。
「傷を治せるんだね」
「絆創膏に毛の生えた程度だ。過剰な期待はしてくれるな」
ウィルはそのメルヘンな姿に似合わず、分別めいた口調だった。フェアリーは人間よりも長寿で、外見に年齢が表れないといわれている。このウィルにしても人形のようななりをしているが、マユラはもとより志摩よりも、もしかしたらカムランよりも年上かもしれないのだ。
「本当は同情しているのさ」
フェアリーは表情をやわらげた。
「両親を殺されるなんて、ひどいなんてもんじゃないからね。でも、この傭兵稼業はこの世のひどいところを縦断してゆくような世渡りなんだぜ。本気でやるつもりかい」
「本気さ。傭兵になって、強くなって、あの野郎の、ヴィシュヌの首を取ってやるんだ」
「ヴィシュヌだって!」
ウィルはいきなり飛びあがった。彼だけでない。周りの傭兵たちも驚いた様子だ。
「ヴィシュヌ、町を襲ったのは奴なのか」
志摩が問いただす。
「そうだよ。堕天使ヴィシュヌ、ヴァルカンどもがそう呼んでた。天使のような姿をしていながら、悪魔のように冷酷な奴さ。アイツのこと知っているの」
「傭兵で奴の名を知らぬものはいない。これまでいくつもの傭兵チームや帝国や諸侯の部隊が、奴に全滅させられている。ヴィシュヌに率いられた一団に襲われたとなると、たとえ我らが間に合っていたとしても、なにもできなかったかもしれぬ」
「アイツには敵わないってこと」
「俺とてサムライマスター、会ったこともない敵に尻尾を巻きたくはない。だが、聖剣士ロブ・ウィランドをはじめ、名だたるつわものたちが奴の前に倒れている。容易ならぬ敵なのは間違いあるまい」
「鉢合わせしなくてよかったぜ」
肝を冷やした顔のファズに、
「びびってどうするんだ」
バルドスが怒鳴った。
「そういう難敵強敵と戦うことこそ、この稼業の醍醐味じゃないか」
サブリナのいうところのバトル馬鹿。心底強敵との出会いを求め、血のたぎるような一期一会に命を投じることに須臾のためらいもないのだ。
「戦わねばならぬ運命のものなら、いずれ出会うだろう」
志摩は猛るでもなく、しかし気おくれもせぬ自若とした面持ちで、一本の大樹へと歩いた。その幹に一振りの剣の立てかけてあって、志摩はそれを取ると、おもむろに腰に差したいや、黒鞘に反りのあるそれは刀、長さも十分な大刀であった。マユラが、この偉丈夫の武器にしては短いと感じていたあの刀は、補助的役割の脇差し、サブウエポンであった。この大刀こそがメインウエポン、堂々たるサムライマスターにふさわしい業物であった。
「両親の魂に別れを告げたか」
志摩に聞かれ、マユラはうなずいた。
「ではすぐに、旅立ちの支度にかかれ」
遺体を燃やすとともに、恐怖にさいなまれた死者たちの魂も浄化してくれるような火葬の炎を背に、マユラは走り出した。
「必要なものを教えてやるよ。キミみたいな子供では、なにをそろえたらいいか、分からないかもしれないからね」
傍らをフェアリーが飛ぶ。
「ありがとう。助かるよ」
トンボのように飛ぶフェアリーを伴い、マユラは町を走った。なんら自慢するもののない辺境の小さな町。だけどこの町は、父や母や多くの大人たちの誠実な労働で築かれた、誇るべき故郷だったのだ。しかし、もはやとどまるべき土地ではなく、マユラは発つべきときにあって、生まれ育った町を走る。横を飛ぶフェアリーの羽がキラキラと陽を返し、前途を祝福するもののようにも見えるが、その目指すは剣と魔のひしめく修羅の世界。一人の貧弱な少年の命運など、風に舞うシャボン玉のようにおぼつかぬものであろう。だが、マユラの顔に不安はなく、風に運ばれるシャボン玉が虹色の光彩を放つように、瞳には鮮やかにも潔い輝きがあった。
、
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