どうやら私はアリスの生まれ変わりのようです。

相楽ハヅキ

1♢アリスの世界

12月24日。都会の街を彩る色とりどりの光、人々の笑顔。

 世の中は、クリスマスという一大イベントに異様な程浮き足立っていた。


「………」


 見ていて暑苦しくなるくらい密着して歩く男女とすれ違う。

ああ、そうやってくっついていてくれると歩道を占める割合が減って、私達善良な一般市民が安心して歩いていけるね。だからもう一生そのままでいろ。少しは社会に貢献していただきたいものだ。


 まず第一に、今日はイエス=キリストの誕生日なだけで、そんなめでたい日ではないと思う。確かに日本人は諸外国から思われているより活発で、騒ぐのが好きなお祭り脳連中ばかりだ。

だからって、よく知りもしない赤の他人であるイエス氏の事を何故国を挙げて祝わねばならない。ていうか日本には日本独自の神社などの文化があるんだ。そっちを信仰しろ。崇め奉れ。

キリスト教なんかやめてしまえ。まず国籍が違うだろう。


 とどのつまり、私が言いたいのは「お前らリア充みんな皮と骨がドロドロと溶け出して苦しみながら死んでしまえ!」というわけだ。


 などと言っている私だが、現在進行形で私はある男の元へ向かっている。

決して深い意味はない。ないんだが、幼馴染にどうしても来てくれと言われてしまったので来ただけだ。何故か待ち合わせが外なんだけどさ。

…………クリスマスになんで外に出なきゃいけないんだよ。今日は家でゆっくりと趣味に励みたかったというのに。


 お前の家さ、私の隣でしょ?じゃあ家集合でよくない?なんでわざわざ……街中の、それもリア充しかいない巨大クリスマスツリーの前にするかな…。


「はぁ……どいつもこいつも……」


 毒と重々しいため息をつきながら、私は周りが見えていない痛々しいリア充達を見やった。

人の往来のある場所で無駄にキスしまくるリア充、大袈裟に手を繋ぐリア充、頭おかしいとしか考えられない会話を繰り広げるリア充………どいつもこいつも鬱陶しい。


「あ……あれか」


 そんな時、私の瞳に輝かしい光と共に写り込んできたそれは、私にえもいえない感情を湧き上がらせた。

「……自己顕示欲の塊だな…」


 呆れたようにそう言うと、幼馴染であり、私をこんな所に呼び出した張本人である「秦野真央はたのまお」が、クリスマスツリーの前に一人で佇んでいた。

正確に言えば、一人ではなかった。複数の女の子に囲まれ、話しかけられているようだ。


 贔屓目に見ても見なくても、真央は容姿端麗。俗に言うイケメンなのだ。

学校でもバイトでも、その容姿から女の子に囲まれ、言い寄られていた。

そしてその度に私は呆れていた。よくもまあ飽きもせず男に群がるな、と。


 それで最終的に被害に遭うのは真央じゃなく私なんだけどね!

 真央に直接的攻撃ができないあの恋愛脳の低脳バカ女共が、幼馴染だからっていつも一緒にいる私に嫉妬と妬みでやつあたりしてくる。

全部返り討ちにしましたけども。追い返してやったよ。鼻で笑いながらね。


「…あの、今大事な人を待ってるから君達の相手をしてる暇がないんだ」


 女の子達のお誘いを拒否する真央の声が私にも届く。

あー……出たくないなぁ…これ絶対私に飛び火かかるやつじゃん。慣れてるけど。


「………はぁ…」


未練がましい女の子達が真央に突っかかるその場に向かい、そして女の子達を退けるため最も有力な手段を選ぶ。


「真央!!ごめんさい、待たせてしまった?少し人が多くて迷っちゃったの。……あら?えっと…私、もしかして邪魔してしまったの…?ごめんなさい…私…」


演じる。純粋な女の子を。

今までの経験から、これが最も有力な手だと私は思う。

だから、私という人間を知らないまま真央に言い寄る女共は、私の事を彼女だとに思い込み、諦めてくれる。

誰も一言も『彼女』だとは言ってないのにね…。


「えっ…何この子、もしかして…彼女?」

「嘘っ」

「でもさ、これだけのイケメンに彼女いないわけないじゃん」

「えー…」

「あの……ごめんなさい。私、昔から…間が悪くて…それで、いつも真央に怒られてしまうの……今だって、真央と待ち合わせをしていたからと、あなた達の事を邪魔してしまいました。本当に、ごめんなさい…」

「え、いや…」

「その、あたし達ちょっと話してただけだから…」

「失礼しまーす……」


遠回しに牽制しただけですごすごと大人しく帰っていく女の子達の姿が見えなくなってから、この茶番の元凶である真央に声を投げかける。


「はぁ…で、なんなの?こんな胸くそ悪い場所に私を呼び出した理由って」


先ほどまでのは演技。それだけは取り敢えず言っておこう。あれが本質とか思われたくないからね。

そんな時、私は目を疑った。


「アリスーー…」


そう呟きながら、真央がその両目から綺麗で透明な涙を流していた。

その瞳は、ずっと恋い焦がれていた人を見るかのように、優しくて悲しそうで、何よりも嬉しそうな、そんな瞳だった。


「…真央?どうしたの?なんで泣いてるのよ……私が泣かせたみたいじゃな……って、ちょっと?!何やってるの真央!!離しなさい!!」

「アリス……アリス、アリス…!ずっと、ずっと会いたかったんだ……!!」

「は、はぁ?!何言ってんの!?もう何回も会ってるでしょ!記憶喪失でもしたわけ?!」

「ずっと…あの時から、会いたかったんだ…思い出せて、よかった……!」

「だから何言って…!ていうか離して!!」


真央は周りの目を気にする素振りを見せる事なく私を思い切り抱き締め、意味不明な事ばかりを言っている。

そして、ずっと涙を流している。


「…本当に、アリスなんだな……ありがとう、

「…どうしたの?情緒不安定にも程があるけど……ちょっと落ち着いて話ましょう。うん。それがいいわ」

「………ありがとう、有栖」


そう言ってようやく離れた真央は、流れる涙を拭い、いつもの優しげで無邪気な笑顔を見せた。

それから少し離れた場所のベンチに腰掛け、話を切り出す。


「…でさ、どうしたの?突然呼び出したりなんかしてさ。くだらない用事だったら首締めるけど」

「…俺は、お前の事を愛している」


真央の開いた口から出たその言葉は、私の体を瞬く間に膠着こうちゃくさせた。


「…は?今、なんて…?」

「何度だって言うよ、俺はお前の事を…ずっと前から愛している」

「…………え」


今度は耳を疑った。

いやいやいや、どうなってんの?何言ってんの?何かこいつ頭おかしくなってない?寝言は寝て言えよ。おい。


「…いやマジで何言ってんの?何?罰ゲーム?ないないないない、そんな馬鹿みたいな事しなくていいから。ていうか何なの?ずっと前?ホント意味わかんないんだけど」

「……罰ゲーム、か…お前にそうやってこの気持ちを疑われる事がそうなのかもな」

「はぁ…?ねぇ、ホントどうしたの?なんか凄い変だよ?変なものでも食べた?」

「いや…何も食べてないし、俺はどうもしてないよ。ただ、思い出したんだ」

「思い出した……?」


その瞳には、今までの彼とは違う何かが見えた気がした。

そして、真央はこちらを向き直って真剣な面持ちで言った。


「ーー俺が、前世で『帽子屋のマッド・ハッター』だった事や、不思議の国に住んでいたこと、なにより、お前を…別の世界から迷い込んだアリスを愛してやまなかったこと」

「………」


何を言っているのかわからなかった。理解しがたい内容だった。

前世?帽子屋?不思議の国?それにアリス?どういうこと…?


「今まで、なんで忘れてたのか不思議なくらいだよ…。何よりも大事で、大切だったアリスがずっと俺の側にいて、俺の事をなんどもなんども名前で呼んでくれていたのにーー…」


『ーー帽子屋さん』


「それなのになんで、今の今まで思い出せなかったのかがわからないんだ。思い出したら思い出したで、お前がアリスだってずっと思ってて…それで確認する為に、今日ここに呼び出したんだ」

「……それで、私がその『アリス』だったって事?確かに私の名前は有栖よ?でもさ、名前が一緒ってだけでその前世とやらは関係ないんじゃないの?」

「いや、お前はアリスなんだ。俺が間違えるはずがない。それに、お前はアリスそっくりなんだ」

「…はぁ?」


すると真央は懐かしそうに微笑みながら、その『アリス』とやらの話を同じ有栖アリスである私にした。


ーーーー


ピピピピッピピピピッ。

やけに響くアラームの音で私は目を覚ました。

重たい瞼を開けながら起き上がると、ある言葉を思い出した。


『…俺は、お前の事を愛している』


………どうやら、昨日のあれは夢じゃないらしい。夢であって欲しかったのだけれど。

あの後普通に家帰ってすぐ寝たんだよね。だからかな。凄く夢だった気がしてしまう。

が、やはり夢じゃないみたいですねー。


『……おはよう、有栖。よく眠れた?』


先ほど携帯が軽く振動したため、見たところ、案の定夢であってほしかった出来事の元凶、真央からだった。

なんで私の起きた時間を把握してるのかは謎だけど。


「…眠れはしたけど疲れは取れてないわよ……ていうか、その『ありす』は一体どっちの『ありす』なの?」

『勿論、俺の幼馴染で大好きな人の、有栖だよ』

「ああ。不思議の国とやら在住のアリスさんか」

『違うって。有栖だって言ってるだろ?俺が愛してる有栖は一人しかいないんだって』

「それなら私は違うわよ。だって一人しかいないんでしょう?でもってその一人がアリスさんって言ったじゃない。なら私は違うわよ」

『だから、アリスは有栖なんだって。俺の好きなアリスは有栖なの。だから俺は有栖の事が好きなんだよ。好きで好きでたまらないんだ』

「あんた何馬鹿みたいなこと言ってーーって、ちょっ、時葉?!」


この意味不明な会話は、とある乱入者の登場により終わりを迎える。

私の義理の弟である天乃時葉あまのときはが私の携帯を突然取った事により、私は会話する術を無くしたからだ。


「時葉何やって……?」

『有栖?どうかしたのか?」

「………有栖、ねぇ…………久しぶりだね。ハッター。挨拶がわりに一つ言っておくよ……思い出したのは、あんただけじゃないんだよ」

『その声…時葉?思い出したって…まさか……?!』

「…そうだよ。僕だって思い出したんだよ。全部。一体僕が何者だったのか、姉さんに対して感じていたモノがなんなのか、全部思い出したんだよ」

『時葉ーーいや、時計屋クロスなのか?』

「そうだよ。僕はクロス…時計屋だ」


私から携帯を奪い取った時葉は、携帯の向こうの真央となにか良からぬ話をしているようだった。

……ていうか、あの話の流れだと…まさか……。


「…ねぇ、時葉。まさかあなたも不思議の国とかアリスとか言い出すんじゃ……」

「うん。そうだよ。僕も元々は不思議の国の住人だったからね。姉さんがアリスだって事もちゃんとわかってるよ」

「………そっか…」


またか。と頭を抱える。何で幼馴染の次は義理の弟がおかしくなるのよまったく……。


「それでね、姉さん。どうしても今言っておきたいことがあるんだ」

いつもの笑顔に戻った時葉は、手に持っていた携帯の通話を終了させ、床にそっと置いた。

そしてーー、


「……僕、姉さんの事が好きなんだ。家族としても、キョーダイとしても、勿論…一人の女性としても…。ねえ、僕の事…受け入れてくれる……?」

「…えっ?ちょっ、時葉?!え、えええ?!」

「ふふ…反応までやっぱり同じなんだね。姉さんがこんなに可愛い反応してるなんて、今までの生活では予想だにしてなかったなぁ……記憶、取り戻せて良かった…こうやって、気持ちを伝える事ができた…」

「と、時葉…?顔近いよ?」

「姉さん……」


徐々に時葉の整った顔が近いてくる。

後少しで唇が重なりそうになった、その瞬間ーー、


「ーー有栖ッ!」


真央が叫びながら思い切り扉を開いて部屋に入ってきた。それと同時に時葉を私から引き剥がして私の肩を掴んだ。

「大丈夫か有栖?時葉に何されたんだ?」

「……え、えと…」

「…何もやってないよ。あんたが来たせいでね」

「時葉……っ」

「…なんで二人ともそんな険悪なわけ?もうちょっと穏やかに……ていうか喧嘩なら他所でやれ。ここは私の部屋だ」

「有栖……」

「姉さん…」

「つべこべ言わない。早く出て行け。私は寝る」


二人を無理矢理部屋から追い出してドアを閉める。そして鍵をかけて布団に潜り込む。

そして目を瞑り、暗闇に身を投じる。


ーーもし万が一、願いが叶うというならば、これらの一件全てが夢でありますように。

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