第2話 秋代、巻き込まれる
「わたしは良いですよ」
「知彁がそう言うなら良いんじゃない?」
拍子抜けするほどあっさりと、知彁と柚雨は言った。
放課後、二人仲良く帰ろうとしているところをとっ捕まえたのだ。
にしても、特に親しいわけでもないクラスメイトから、「探偵に事件を任せてみないか」と言われて、了承する奴がこの世にいるとは思わなかった。
助かったのは確かだが、世も末である。
「あの、探偵って言っても、演劇部長ですよ。プロじゃなくて。犯罪捜査のど素人」
話を持ち掛けた側のわたしがこんなことを言うのも珍妙だが、思わずそう言ってしまった。
わたしの言葉を聞いて、うなずいているのが丘沙木知彁。おとなしそうで、中肉中背。たしか園芸部だったはずだ。
よく判ってなさそうな顔で突っ立っているのが火富柚雨。言葉を選ばなければ馬鹿そうで、少し大柄、筋肉質。陸上部だったような気がする。
「んー、でも、秋代さんの紹介ってことは、知らない探偵さんより信頼できると思います。そもそも現実の探偵さんは、こういう事件の捜査、あんまりしないでしょうし」
「おー、知彁はよく知ってるなあ」
二人は勝手に納得したようだが、知人の紹介だから信頼できるという判断はどうだか。
知彁はネズミ講とかマルチ商法とかに引っかかりそうだなあ。
わたしも勝手に、そう思った。
「その通り。そこら辺の探偵など、雇うだけ無駄というものだよ」
「うっひゃあっ」
唐突に、わたしの後ろから声がしたものだから、素っ頓狂な声をあげてしまった。
知彁もきょとんとした顔をしている。柚雨はやっぱり状況がよく判っていなそうな顔だった。
「このような事件の謎を解けるのは、この犀利にして明晰な論理的推理能力の持ち主――すなわち、わたしだけだ」
「謎って、別に密室とかそういうのはないじゃありませんか」
わたしが反論すると、探偵曾根玲子はもの凄い侮蔑を浮かべた。
「きみは密室だけが
「現実を推理小説と混同するのはやめてください」
「ここにわたしという探偵が存在する以上、この世界が現実でも本格推理小説の世界でもさして違いはないさ」
「はあ?」
「付け足すなら、謎が犯人以外にあると言えばあるがね」
めちゃくちゃなことを言って、玲子は
それから、玲子は知彁と柚雨に目を向ける。
「さて――きみ達は、わたしにまかせてみる気はあるかい。任せてもらえば、数日のうちに、きみの友人の命を奪った人物を、白日の下に晒すことができる。警察だって、その内真相にたどり着きはするだろうが、早いほうがいいだろう。どうだい?」
最初っから、玲子一人で説得すれば良かったんじゃないだろうか。
クラスメイトのわたしがいたほうが良いと玲子は思ったのかもしれないが、あいにくわたしは彼女らと親しくない。玲子一人のほうが、わたしの気苦労がない分いろいろと楽だろう。
「任せるよ。いくらでも協力するから、典那を奪った犯人を見つけてくれ」
柚雨は、すぐに答えた。迷いのない目だ。赤穂浪士のような眼。
仇を突き止めることが正しいと信じて疑わない目。
玲子にはそれができると信じて疑わない目。
もう少し疑え。こいつまだ何の実績もないぞ。
「――はい、わたしからも、お願い、します」
柚雨よりもたどたどしく、知彁は応じた。どこかためらいのある目。
こんな妖しい自称探偵に依頼するのに躊躇しないほうがおかしいので、当然ではある。
「よろしい。では、被害者と特に親しい者たちを集めてくれたまえ。そう、中矢間さんと、糸浪さんなんかが良い。あと、糸浪さんの叔母も呼んでくれ。彼女は第一発見者だ」
「ええと、今からですか?」
知彁がまっとうな質問をしたが、探偵はやれやれと、わざとらしく首を振った。
「解決が遅れても良いのなら、週末だって来月だってかまわんがね。だが、一刻も早い解決を望むなら、できる限り早くすることだ」
「なら、今から馴子と杜樅を、硝子さんの店に呼べば早いな」
そういうとすぐに、柚雨はスマートフォンを操作し、あっという間に約束を取り付けた。
このコミュニケーション能力の高さは怖いなあ、とかわたしは考えていた。
探偵の言葉を聞いて悩み始め、柚雨が動き始めてからも大したことの言えない知彁とは対照的。置いてけ堀の知彁が少々可哀そうでもある。
「よし、できた。二人とも時間はあるようだから、すぐ来るってさ」
「ならば、わたし達も行こう」
柚雨の先導に堂々とついていく探偵。
わたしと知彁は、そのあとを追いかけた。
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