第2章:“恋愛”は終わった。だからあたし達は

#8:変態中二病ロリサバイバーとお料理

 とにかく――。

 可能な限り、僕はありのまま、今起こった事を話すぜ。真実すべてを余すことなく曝け出すこと、それが少しでも僕たちの罪滅ぼしになるはずだ。

 そう信じている。

 今、僕の目の前には信じられないほどグロテスクな光景が広がっていた。陽が昇ってまもない、炎天下のいつものスクラップ廃工場の敷地内で、どろどろで黄ばんだ白い粘液に隈なく全身まみれた少女が、まず一人倒れている。それだけでなく黄色や緑の謎の固形物や赤黒い肉片が彼女の細い身体、茶色い髪にまでをこびりついていた。少女は熱に浮かされたように顔を赤く火照らせ、苦悶に喘いでいる。

 その横でもう一人、亜麻色の美しく編まれた髪をした、まるで異世界の姫君のような美しい少女が同じように倒れていた。こちらもやはり同じようなヌメヌメとした白い粘液を顔中や脚、全身に至るまでかけられ、やはり倒れている。もともと肌理細やかな雪の肌が今は桜色に染まっていて、その豊満な胸をどろどろの粘液で汚しながら荒く呼吸を繰り返し、揺らしている。そして、少し酔ったように喘いでいた。

 気のせいだろうか。彼女は隣の少女と違って、どこか悦びに満ちた満足そうな笑みを浮かべているようだった。まあ、この人の場合、少し特殊な性癖の持ち主なのでそこそこ楽しんでいただけたようだ。

 そして周囲を見渡すと、彼女たちを中心とした半径数メートルが粘液や肉片、緑色の固形物があたり一面に飛散している。僕もまあ、彼女たちと似たような状況だ。

 ここはシェルターの裏手にある広場で、目の前には学校と同じくらいの大きさの貯水用プールがある。シェルターの壁際に、先日、実体化した巨大なバーベキューコンロが移動されており、その手前に人間が5,6人くらいは横並びに座れそうな丸太組みの分厚いテーブルがある。

 座るよりは立って作業するための台で、今、そこには形が揃っていない刻み野菜に、大きすぎる切り分け方をされた生肉、ムダに多い調味料などが並んでいる。そこも今は散々な荒れようだった。


「……な、なんてものを作ってしまったんだろう」

『さすがアガナ。わたしの期待を裏切りませんね。そこにシビれる憧れる』


 テーブルに置かれたipadの中で、【ここな】はいつもの無表情な顔付で、グッジョブと言わんばかりに親指を立てて見せる。そのipadにも肉が絡んでいた。壊れなかったのが救いだ。


「じょ、じょぉだんじゃないわよっ! 爆発するなんて……これ完全に爆弾じゃない!?」

「うふふ、ベトベトになっちゃったわね♡(イヤらしいわ……)」


 気のせいか、一人ズレたことを言っているのが聞こえた気がするんだけど、聞こえないフリをしよう。突っ込んだら負けだ。

 まず、僕たちが何をしているのか、もとい、何をしようとしていたのか説明しようと思う。当たり前だけど、僕たちは爆弾を作ろうとしていたわけじゃない。れっきとした食べ物を作ろうとしていたのだ。 

 それも長期間保存が出来ておいしく食べられる瓶詰め食糧を作るつもりだった。そう、先日作ったバーベキューコンロを使い、砂といくらかの廃材を元に大量生産した瓶で保存食糧を作ろうとしていたのだ。

 食品を詰めて加熱処理することで、数ヶ月は保存できる食糧が作れるはずだった。あとはシェルターの地下に備蓄する計画だったのだ。

 先輩が設計したバーベキューコンロは、見事にその役目を果たした。しかし、結果はご覧の通りである。


「何がダメだったのかしらね」

「いや、もうすべてがダメだった気がするケド……」

「た、確かに……」


 確かにそれは同意せざるをえないだろう。食材の切り方ひとつ満足にできないメンツだった。僕も普段はレトルトや出来合いのもので済ますことが多いし、先輩はまあ、料理なんてするタイプではない。

 西園さんも、うーん、まあ、やりそうにないよね? そう思っていたら彼女と視線が合った。考えていたことが余裕でバレてしまっているかのような鋭い瞳で睨み返される。


「ま、まあ、とにかく片付けようよ」


 このあと、人間3人が片付けをし、AIがやる気のない応援する中で作業が進められた。







「チーズを入れたのが失敗だったわね……。おかげですっごい熱かったし……」

「あら、あたしはむしろチーズが良かったわよ? 熱いのも……イイと思うし♡」

「……」

 

 二人の意見は合わない。そして僕は答えに困っていた。

 すっかり片付けを終えた僕たちは、そこそこの挫折感に包まれながら、それでいて、どこか分かっていたような軽い空気だった。三人が向き合う形でそれぞれローソファに座り込みながら携帯ゲーム機プレイディストーション・ヴィータの画面を見つめている。先ほど、女の子たちには先にお風呂に入ってもらい、着替え終わって髪を乾かしている間に、僕も適当にシャワーを浴びて着替えていた。その後、僕の部屋というか、もはや溜まり場と化している事務所ビルの最上フロアで、それぞれに持ち寄った携帯ゲームの画面を見据えていた。 

 なんとなくだが、先日、西園さんが僕と先輩の秘密を知ることになり、仲間に加わることになってから、三人で何かを相談したり、何かに失敗したりして行き詰るようになると、こうしてゲームをして息抜きをするようになっていた。


「あ、バグナイト鉱石とるの? 日乃宮くん」

「うん、そうそう。懺龍大剣作るのにどうしてもいるんだけど、なかなかドロップしないんだよね。ちょっと掘っていい?」

「まだ、あと2ついるんだったかしら?」


 僕らが今やっているのは『モンスターストライカー7G』というゲームで、いわゆる狩りゲーというジャンルのゲームだ。様々なクエストでフィールドに出ては、アイテムを手に入れて制限時間内にギルドに納品したり、討伐クエストといって危険なモンスターを倒すこと自体が目的だったり、いろんな遊び方ができるゲームだ。

 ネットやその場に集まった仲間と協力して遊ぶこともできる。というか、それを主眼においたゲームなのだ。倒したモンスターから資源を調達したり、レアアイテムなどを手に入れて武器や防具を強化し、思い思いにキャラクターを成長させていくことができるのも魅力だ。


「大剣って使いにくくて嫌なのよねー」


 そう言って僕の目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねているのは、西園さんのキャラクターだ。

女性キャラクターで、全体的に白を基調とした色合い、短めのスカートとキャミソールのような少し露出のあるデザインと透明な羽などを組み合わせた美しい姿だった。

 彼女は両手にナイフのような刃物を持っている。双剣と言われる武器だ。僕の大剣と違って威力はそこまで強くないが、素早い動きで連続攻撃を繰り出すことができ、スピード感ある動きでモンスターを翻弄するタイプだ。


「アガナくんの場合、あまり大剣の使い方もうまくないしね」


――う、言ってくれますね……。確かに僕、このゲーム下手ですけど。


 こちらの遠慮ない一言は雪音先輩。彼女は貴婦人のような黒っぽいドレスのような防具で、手にしているのはその細い身からは想像もつかないアサルトランスだ。このゲーム特有の武器で、名前の通り中世の騎士が持っていた槍のような形状をしているが、その槍身には実は火薬が込められている。

 まるで大砲のような砲撃機構が組み込まれた、武器というより兵器といったほうが正しいような装備だった。

 この三人と、あとは【ここな】が加わっている。例によって、チェックの短めのスカートに同じ柄のブレザー姿というスクールファッションに身を包み、武器は太刀というマニア的には垂涎もののコスプレ姿だった。

 あえて言うが、『モンスターストライカー7G』には姫ノ宮ココナというボーカルAIのイメージをキャラクターに選ぶことはできないし、スクールファッションも実装されてはいない。


「それより、備蓄食糧どうしようか」


 このゲーム、プレイの下手さに突っ込みを入れられるとけっこう痛いので、話題を変えることにする。というより、僕らの今日の目的は本来、ゲームではなく備蓄食糧の生産だったはずなのだ。


「レトルトパッケージの食糧とかは、けっこうあるんだっけ?」


 西園さんがなにげなく問いかける。


「チキンライスやリゾット、五目ごはんなんかのアルファ米と、キノコスープや野菜スープなどのスープ類、ビスケットやクラッカーといったところかしら。だいたい十人で数か月分、二十五年は保存の利くものよ」

「すごいわね……」

「ただ、ものすごく高価なんだ。ぶっちゃけ、備蓄食糧ってどれだけ蓄えたって多すぎるものじゃないんだけど、いくら爺ちゃんの遺産が莫大だからって、これだけに資金投資するわけにはいかないし」


 今は亡き僕の祖父、日乃宮源次郎の遺したものは【クァンタムセオリー】だけではない。実はけっこうな財産を遺してくれていた。そこらのハリウッドセレブと比べても遜色ないくらいのお金があったんだけど、これらはやはり可能な限り有効活用したい。できるだけ、自分たちに出来ることは自分たちでやりたかった。


「だから自分たちで瓶詰め食糧を作ろうって話だったのに、素晴らし……いえ、残念なものが出来ちゃったわね」

「あんまり料理ってしたことないけど、よく考えたらけっこう高度な技術がいるものなんじゃない? 瓶詰め食糧って」

「うーん、そうなんだよなぁ。まさか爆発するなんて思わなかったし。動画だとこんな感じだったんだけど」


 三人の脳裏にあの悪夢のようなエログロな光景が思い浮かぶ。気のせいか雪音先輩の顔が赤く染まって、やや呼吸が荒い。気にしたら負けだ。意識したらこの人の術に呑まれる。

 そんな中、ふいに雪音先輩が思い出したように言う。


「ねえ、アガナくん。やっぱりあのコたちに助けてもらったらどうかしら?」


 僕も少し考えていたことではあるが、出来る限り、その考えは避けたいと思っていたところだった。しかし、考えることは同じのようで、雪音先輩がなかなか口にしない僕の考えを先に言った。


「あのコたちって?」


 西園さんがゲームを続けながら、ぼんやり問いかける。


「秘密秘密って言わないで、この際だから助けてもらえる人がいるなら助けてもらったらいいじゃない」

「うん、まあ、そうかもしれないんだけど……」

「うふふ、アガナくんはあのコ、苦手なのよね」

『わたしもあの人は好きではありません。アガナに悪い影響を与えると思います』


 画面の中で、【ここな】がこちらを振り返って口を開いた。まあ、開いたといってもゲームが喋るわけではないので、もちろん、声自体は部屋の中のテレビのスピーカーを通して聞こえる。


――おまえは僕のオカンか。


「いったいどんなコたちなのよ?」


 少し呆れた面持ちで画面から顔をあげた西園さんが、僕を見て言った。僕は少し考えてから、【ここな】にむかって言う。


「うーん、【ここな】、Yowtubeのいつものチャンネルを開けて。動画は適当になんでも」

『はい。アガナ』


 すぐに奥の壁面にかけられたテレビの巨大画面が、ネットの動画サイトYowtubeのロゴを表示させた。まもなく画面が切り替り、まるで山奥のような木々の生い茂る小さな広場が映った。そこかしこで背の高い木が空高くまで伸びている上に、地面も傾斜がきつく、あちこち木の根のようなものが広がっているため、ものすごく歩きづらそうだった。

 そこへ二人の僕らと歳の近そうな女の子二人が並んで映し出される。一人は、明るい茶色のキュロットで、裾から覗く白く細い健康そうな脚が眩しく、モスグリーンのパーカーを着たショートカットの女の子だ。

 というかたぶん女の子だ。なぜなら、顔にはフルフェイス仕様の黒光りするごついガスマスクをつけていて、はっきり女の子かどうかまでは分からないからだ。

 その横にいるもう一人は、短めの丈で、裾から伸びるレースが可愛い白のミニスカートに、淡い水色のブラウスを着た女の子だ。髪を染めているのか茶髪だった。こちらも格好は女子なので、たぶん女の子で間違いないだろう。なんとなく、隣のコよりも少しだけ胸が出ている気もするしね……。

 な、なんだよ? だって、このコもガスマスクつけてるから、女の子かどうかっていうのが格好とそこ以外によくわかんないんだもん!

 はっきりいって二人とも見た目の格好が可愛い分、ガスマスクの不気味さが際立っている。まあ、ガスマスクには、女の子らしいピンクの花や何かのロゴが入ったステッカーなどが貼られていたりするんだけど、それがかえってシュールな絵ヅラになっていた。

 その二人がホラー映画のように、しばらく沈黙のまま並んで画面の中央に立っていた。こちらを静かに見つめていたが、やがてショートカットの女の子が、おもむろに右手を広げて前へと突き出した。奇妙に芝居がかっている。


 『諸君、わたしだ! 【深遠なる闇の戦姫】、アビスノア・クロニクルの二つ名を持つダークエルフの生まれ変わりであり、真の名は、エヴァンジェリン・ヴァンホーデン! 今日もまた、この機密回線を諸君らと繋げることに成功した。しかし、機関の妨害により、この通信も長くは持たない。そこで今日は限られた時間の中で、山で獲れる川魚の手に入れ方と調理法について説明しようと思う! 山は食糧の宝庫だ! 山菜と一緒に調理すれば、とても美味しくいただくことができる! 刮目して見届けよ!』 

『……み、見届け……よ』


「こ、こゆいわね……。あと、どっかでみたキャラなんですケド……」

「確かに、そのツッコミはいろんな人がしてるよ」

「それにもう一人のコの声にもなんとなく聞き覚えが……ま、まあいいけど」


 画面を見ながらドン引きした面持ちの西園さんが呟く。


「でもこのコたちすごいのよ? いろんなサバイバル技術をこの動画で紹介してて、特に山や海で獲れる食材を使った料理の紹介なんかは、かなりの人気を誇っているんだから」


 実際、彼女たちの動画の再生数は平均で軽く百万回を超える。日本語の動画にもかかわらず、海外からのコメントも多く寄せられており、チャンネル登録数も凄まじい勢いで日々増えている。

 というか、見た目は普通の都会の少女なのに、やたらアウトドアな世界に飛び込んでいって、魚を銛で突いて掴まえてみたり、初心者でも分かりやすい山菜の見分け方を紹介して、それらを目の前で豪快に調理してみせるなど、見せ場がやたらと多い。そのガーリーな可愛さと不釣合いで不気味なガスマスク、そしてこじらせた中二病っぷりが、コアなファンを生み出していた。 

 しばらくして画面が切り替わり、山間の小さな川で楽しそうに無邪気に釣りをしている二人の姿が描かれる。

 すると、また場面が切り替って、今度は先ほどの山の広場といった場所に戻る。最初の映像にはなかった簡易テーブルが立てられ、そこに二人が並んで立っていた。いつのまにか二人ともエプロンをかけている。


『リ、リンゴ……今日獲れたヤマメ……ここ……』

『うむ、真綾ちん! ありがとう! そして、わたしの名はエヴァンジェリンだ!』

 

 少し気弱そうなスカートの女の子が小さく細い手で、まだ生きているらしくピチピチと跳ね回っている巨大魚を意外と豪快に掴んで、画面中央のテーブルに載せる。しかし、その魚をまな板の上に載せて、包丁を握るショートカットの女の子、エヴァンジェリンは、呼ばれ方が気に入らなかったのか、真綾という女の子にすかさず突っ込んだ。


『ご、ごめんね。エヴァンジェリンちゃん……。真綾、山菜洗ってるから……』

『うむ、よろしく頼む!』


 びくっとしたかのように震えて、言い直す真綾という女の子は、ゆっくりだが丁寧な手つきで新鮮な彩りの葉物系山菜を水で洗っていく。こうして二人の息の合った作業は続いていき、最後には、これまた手際よく起こした焚き火で、串焼きにした魚を焼いている様子が描かれた。少し煙が出すぎたのか、ケホケホと咳き込んでいた二人は、手近にあったサトイモ科らしい植物の大きな葉を見つけて仰ぐ。あのガスマスクは、見た目だけのフェイクらしい。それを突っ込んでいるコメントも幾つか並んでいた。

 ちょっとしたハプニングなんかもこの動画の醍醐味だった。やがて焼きあがった串焼きのヤマメを二人で美味しそうに頬張りながら、丸太椅子に並んで座り、雄大な山の景色を眺めている様子が、背中越しに映る。

 画面の脇には、先ほどまで二人が被っていた不気味なガスマスクが、仲良さげに寄り添って置かれていて、最後にはそのマスクがアップになって動画は終了した。


「まあ、こんな感じなんだけど、実は今回の瓶詰め食糧の作り方は、このコたちの動画を参考にしたんだ。うまくいかなかったけど……。このコたちプレッパーなんだよ」


 動画が終了して、今度は先ほどまでやっていた『モンスターストライカー7G』の画面が映し出される。そこには、【ここな】の姿がこちらを見ながら映っていた。


「プレッパーってなに?」


 西園さんが意味が分からないとばかりに問いかける。


「海外にはよくいるんだけど、この世界の終末を見越して、いろんな備えをしている人たちのことね」

「あたしたち以外にも人類滅亡を知っている人がいるっていうの?」

「彼らは、それぞれ独自の考えで世界の現状から人類滅亡の日は近いと予想している人たちだよ。太陽フレアで電気製品が破壊され、地球の文明がストップして滅びると信じていたり、最終戦争が起こって人類は滅亡すると信じていたり。そういうことを信じて滅亡に備えている人たちのことをプレッパーっていうんだ」

「じゃあ、あたしたちもプレッパー?」

「まあ、ちょっと違うんだけど、そういうことね」


 西園さんはスマホでさっきの動画を検索していた。ほかにもあの女のコたちの動画は幾つか見つかり、その中には備蓄食糧の作り方などを説明したものまであるのを見つける。


「す、すごいわね……。とことん極めてるって感じ。良さそうじゃない。なんでダメなの? あ、家が遠いとか?」

「……いや、実は電車で一駅。一人はむしろ同じ町に住んでる……」

「は? めっちゃ地元のコたちってこと?」

「……」

「何が問題なのよ? ばっちりじゃない? まあ、確かにあの中二病っぷりはけっこうイタいけど、でも、むしろそこが可愛いっていうか、イタしかわゆし?」

「う、うーん……」

「うふふ、会ってみれば分かるわよ♡」

「うん、会ってみようよ。まあ、向こうが会ってくれるか分からないけど、連絡は取れるの?」

「……実は何度かネットで遊んだことがあるんだ。オフでは会ったことはないんだけど」

「あんた、引きこもりだもんね」


 いやぁ、すこーんっと言ってくれますね……。西園さん。


「ま、まあ、彼女たちも『モンスターストライカー』、『モンスト』が好きらしくてさ。モンストでパーティ組んだことが何回かあるんだ。その頃からちょくちょく連絡は取ってる」

「へえ。こんな可愛い感じのコたちがゲーマーなんて、見た目じゃ分かんないもんよね……」


――まあ、それはあなたも同じなんですけどね。デスゾアラさん……。


 なんてことは口には出さないでおいた。とりあえず、この場の空気から仕方ないとばかりに僕は手にしたスマホからSNSで連絡を取ってみることにした。どういうわけか、あのエヴァンジェリンは僕のことを気に入ってくれている。いや……ちょっと違うな。まあ、とにかく親しくしてくれている。時々、コミュニタイドっていう最近流行りの通信アプリで連絡を取っていた。ツイッターのDMだと、彼女たちの場合、動画のファンからのメッセージが凄まじくて、お互い連絡を取り合いづらいからだ。これだと複数の友達同士の通話はもちろん、メッセージなんかも送りやすい。

 僕のようなぼっちには、無用の長物だったりする。にもかかわらずスマホにインストールしているのは、雪音先輩がそうしろと無理やり入れさせたからだ。なんでこれを使わずに、先輩とはツイッターで連絡し合っているかだって? 

 最近まで友達登録しているのが先輩の名前だけで、これを見るたびに、胸が張り裂けそうになるからだよぉっ。

  

「えっと……」

「どうしたのよ?」


 スマホでメッセージを送ろうとしているのに、なかなか文章が繋がらずに困っている様子だった僕に、西園さんがゲームをしながら問いかけてくる。


「送ろうとしているメッセージが途中から思い浮かばないんだよ。あんまり人とメッセージのやり取りなんてしないから」


 最後の一言は、ちょっぴり涙声だった。


「は? なにそれ? なんて書いたの?」

「拝啓、深遠なる闇の戦姫さま。盛夏の候、エヴァンジェリン様におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申しあげ……」

「なっがぁぁぁぁぁいっ!」

「……」

「ちょっと、なにそれ? お礼状? お中元のお礼? 普通に引くんだけど?」

「し、しゃーないやないかぁぁぁっ、友達にメッセージなんて今まで送ったことないんだから、なんて書いたらいいか分からないんだよぉぉぉぉ!」


 もはや僕は、血のような滂沱の涙を流し慟哭する。ぼっちの僕が、同い年くらいの女の子にメッセージを送るとき、なんて書いたらいいかなんて分かるわけがないだろう!

 しかも、女の子はおろか、普通に男友達すらいないんだぞ! ハードル高すぎると思わないのか!   

 え? じゃあ、最初どうやって連絡取ってたかって? 実は、僕がツイッターでプレッパー呟きを暇で送っていたら、偶然、向こうからリプライを送ってきたんだよ……。それへの返信をたった一言送るごとに先輩に超相談して三時間悩み抜いて送ったりして、そのうちゲームで遊ぶようになったのさ……。

 分かってる……。情けないのは、ものすごく分かってる……。でも、なんて言って送ればいいのかわかんないんだよぉぉぉぉ。


「うふふ、アガナくんったら、ぜんぜん成長しないわね♡」

「あぁ、もう、フツーに引くんですけど。これがひきこもりを拗らせた男の真の姿か……」


 ぐぁぁぁぁぁぁ、やめてくれぇぇぇ! 

 僕の傷つきやすい心を踏みにじらないでくれぇぇぇ! 


 心底ドン引きしたというか、呆れた西園さんが、ゲーム機を放り出して、僕の座っているローソファの隣に移動してきた。彼女が僕のすぐ隣に細い腰を下ろすと、ふわっと涼やかなシャンプーの香りが広がって鼻をくすぐる。そのまま顔を近づけるようにしてスマホを覗き込んできた。

 思わず緊張する。けれど、彼女はそんなことは気にもしていない。


「ちょっと見せてよ。うっわ、スマホのメッセージで『そうろう』なんて言葉始めてみた」

「……ネットで礼儀正しい文章の書き方をですね……」

「友達同士で送る内容にこれはないわー」

「いつの時代の人よって感じよね。アガナくん♡」

『アガナ、わたしもそれはないと思います……』


 AIにまで僕のコミュ障っぷりは引かれるレベルなの……? それってけっこう重症みたいで傷つくんですけど。いや、実際、重症ですよね。ハイ、分かってます。


 そのあと、隣で手加減抜きの西園さんの突っ込みを受けながら、僕は当たり障りのない言葉選びで女子を誘う文章の書き方について、レクチャーを受けた。いや、ほんと、西園さんの突っ込みは激しく容赦がなくて、僕もう泣きそうでした。

 そんなこんなでメッセージを数十分かけて送ることに成功する。


『こんにちは。【AGA07】です。この間のモンストパーティでの狩り、すごく楽しかったです。ありがとうございました。またよければお願いします。実はあの後、エヴァンジェリンさんの動画を参考に、プレッパー仲間と瓶詰め食糧を作ってみたんですが、うまくいきませんでした。そこでお願いなんですが、よければ僕らの拠点に来ていただいて、直接教えてもらうことはできないでしょうか?』


 すると、意外なほどすぐに返信は返ってきた。三人でスマホを覗き込み、メッセージに釘付けになる。


『古からの盟約により繋がれし我が半身よ。サバトの時は来た!』


 そうだったー! 前回もコテコテの中二病言語でメッセージをくれたので、なかなか話が分からず進まなかったんだー!


「……」

「……」

「……」


 しばらくこのメッセージの意味が分からず、三人は沈黙していた。やがて無言でスマホをいじり出した雪音先輩が、ちょっと恥ずかしそうにしつつも、悦楽に酔った顔で口を開いた。


「サバトというのは17世紀頃までヨーロッパで続いていた魔女の儀式で、簡単にいうと魔王様の前で魔女たちが乱交することみたい……♡」

「は、はぁ!? なにそれ? このコ、頭わいてんの!?」

『即刻、この汚物は消毒するべきです』


 西園さんが顔を赤くして動揺のあまり声を張り上げ、【ここな】に至っては物騒極まりない。

 汚物ってね……。


「いや、ちょっと待って。相手は中二病の重篤患者なんだから、これはまた別の意味なのかも」


 僕も西園さん以上に動揺していたが、とにかく落ち着いたフリをしてそう言った。そんな僕らの混乱を知ってから知らずか、少しして新たなメッセージが送られてきた。


『真綾です。今のは、「わかりました。行きます」という意味です。あの、そういう……エッチな意味じゃありませんから!』


 そのメッセージがどれだけ僕らの心をほっとさせたことだろうか。この真綾というコも、内心、すごく恥ずかしかったのだろう。文章が途切れ途切れで恥ずかしくて仕方がないが、それでも誤解されたままではまずいと思ったのか、意を決して送ってきてくれたようだ。


「このエヴァンジェリンっていうコ、あんたといい勝負の残念っぷりよね……。この真綾っていうコのおかげで生きてるんじゃない?」

「……」


 ま、まあ、そんなわけで、来週の土曜日、僕らは駅で待ち合わせすることになった。もちろん、この後の細かい打ち合わせでも、エヴァンジェリンの中二病な内容のメッセージは続き、そのたびに、僕らはなんともいえない空気に沈んだが、必ず真綾というコが、エヴァンジェリンの言葉を翻訳して送ってくれたので、なんとかコミュケーションは成り立った。

 いや、もう真綾ちゃんが全部メッセージを返してくれたらいいんだけど、一応、まず最初はエヴァンジェリンにメッセージを打たせるのだった。


 いいコだなぁ。


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