第26話「信息」
「もう大兄ったら、本っ当に図々しいんだから!
「いいんだよ、あれくらい徹底した方が。次回はお互い何の気兼ねもなく店と客として振る舞えるだろ? それに、おまえだってご馳走になったんだから、あのとき一緒にいたここの
茶店を出た三人は、ゆっくり歩いてここ志均の邸宅に戻ってきたが、主はまだ帰っていなかった。なのでいつものとおり院子の亭台に集まり、茶を飲みながらその帰宅を待っているところである。
「はいどうぞ」
昨日の償いは終わったとばかりに茶を要求されることに釈然としないながらも、楓花は定位置に座った琉樹の前に茶碗を置いた。
「うむ、ごくろう」などと偉そうに茶を手にしたとたん、「なんかムカつくんですけど」と明らかに語っている目が向けられたことなど、まるで意に介さず茶を含んだ琉樹だったが、
「濃すぎるだろ! お湯が熱いんだよ。せっかくいい茶葉なんだから、もっと大事に扱えよ」
「大兄が急かすからでしょ。美味しいお茶が飲みたかったら、ごちゃごちゃ言わないで!」
「どんな場面でもうまい茶を淹れるのが嗜みってもんだろうが。――まったく、茶も満足に淹れられないで、志均に逃げられたらどうする。おまえをもらってやろうなんて物好きなだけでも珍しいのに、あれ以上の物件は国中探し歩いてもいないんだからな」
「……もう大兄ってば、
「おお怖っ!」
「あ、医生がお帰りですよ。お疲れさまでした! こっちです!」
兄妹の間で段々と笑みを引きつらせていった珪成が、いつしか欄干に駆け寄って大きく手を振った。そうして勢いよく振り返り、
「さ、早く席を整えますよ。ほら急いで!」
言いながら手早く卓上を片付け、もらって来た礼物をそこに並べ始める。その勢いにひっぱられたように、楓花も慌てて茶の支度を始めた。
「おお、お疲れ」
「お帰りなさい」
「ただいま。おや、
「春麗の店で旨かったから礼物。おまえ好きだろ」
「――よく覚えてましたね」
そんなやりとりを背後に、楓花は茶の支度をしている。
もう冷めたかな? もういいかな? あんまりお待たせするのもよくないし……などとぐるぐるすることしばらく、「どうぞ」志均に茶を差し出した。
志均はそれを一口、「うん、蛋糕にはこれくらい濃いのが合いますね」
そして。
「偶然にしては妙な話ですね。確かに器量のいい娘さんではありましたが。まるで彼女が店に居にくくなるよう、仕組まれてるかのようです」
「やっぱりそう思うよな」
ふむ……と黙り込む二人。楓花と珪成は茶を飲んでいる風を装って両者の様子を黙って窺っている。
「で? そっちはどうだったんだ?」
「私の方はこれといって……。張青は若いのになかなかの腕だと聞きましたが」
「へえ。でも稼ぎがないんだ」
そう言って琉樹は蛋糕に手を伸ばした。
「駆け出しの時は仕方ありません。それに、最近は磨きを必要としない玻璃の鏡が出回り始めていますからね、厳しいと思いますよ。――それと例の柳は、三年前に永寧にやって来たそうです。武科挙を受けにきたとか。本試験には落第したようですが」
「つまりは武挙人ってことか。どおりで腕自慢なハズだ」
武挙とは、武官の科挙のこと。実技と兵法の知識が問われる点が科挙と異なるところだが、試験形式は一緒である。挙人とは地方試験に合格し、科挙の本試験に臨む資格を得た者を指す。
「科挙を受けられるなら、そこそこの家の出なんでしょう」
「ああ、そういや商家の出だそうだぜ」
――そんな話どこで訊いてきたのよ! さすがに口に出すのはこらえたが、なんだか胸がむかむかする。
「へえ? では多少資金巡りの知識を持ち合わせていたのかもしれませんね。――なんでも本試験終了後、彼はたちまち人を集め、賭場やら
「おいおい、いくら次の試験まで間があったからって、随分な挙人さまだな。そんなんで今回の試験受かるのかよ」
「どうやら今回は受験しなかったようですよ。未来の栄華と現在の収益をはかりにかけた結果ということでしょう」
「確かに。それはもう面白おかしく暮らしてるようだからな。日夜妓楼をハシゴしては、大勢女を侍らせ、大盤振る舞いだとか」
「そんな生活に慣れたら、いまさら勉強だの鍛錬だのなんて気にはとてもならないでしょうね。まあ挙人というだけで十分な箔がついたことですし。さぞや周囲の尊敬を集めていることでしょう」
「それがそうでもないらしいぞ」
琉樹が何かを思い出したようにふっと笑った。志均は怪訝な顔をして、
「おや、それはまだどうして」
「ヤツは興が高じると、得手の曲刀を鞘ごと振り回して、調度品を叩き潰すんだと」
「熊みたいな男……。よく出入り禁止になりませんね」
「ヤツを上げる房間には、他の客や自分たちで壊した品やら古い品やらを置いとくんだと。で、それを弁償させて新品に買い替える。気前よく払ってくれるらしいぜ」
「そんなの、詐欺じゃない!」
思わず上げた声が存外に大きくなって、かつ非難めいていて、楓花は慌てて口を押さえた。しかし琉樹は気にする様子もなく、
「よくある話だせ。気づかない方が迂闊ってことだ。実際、粗野な田舎者って陰口叩かれてたぜ、柳は」
「田舎者って、どこの出身なんですか?」
「杭州だと」
杭州は南方の都市であり、交通の要所であるため、今なお栄えている都市である。
「十分、
「
「そんなものですかね」
納得いかないとばかり眉を寄せている珪成がなんだかかわいらしい。思わず笑ってしまって――そして同じように琉樹も笑っていることに、楓花は気づいた。
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