トッケイくんが、笑う
ハットリミキ
第1話
目が覚めた。
部屋は真昼のように明るい。
けれど目が慣れてくると、ただの静かな夜。
カーテンの隙間から入ってくるあかりが、私の顔を照らしている。
窓の外にある街灯のせい。
だからこの部屋は、完全な闇にはならない。
チキチキチキチキ。
薄暗い中、高い音が響く。
耳を澄ますまでもなく聞こえてくる。
トッケイくんが鳴いている。
小さな生き物の小さな鳴き声。
チキチキチキチキ。
この音が私は好き。
鼓動……心音……呼吸音。
自分以外の生き物が発している音。
小さくても力強く聞こえる音。
チキチキチキチキ。
私は寝返りを打ち、暗い部屋の奥を眺めた。
窓際に置いたベッドから、ローテーブルを挟んだところにふたり掛けソファがある。
そのソファの上に、“兄”が横たわっていた。
それは、私の兄に似た“何か”。
十歳近く離れた兄のふりをしたそれは仰向けで、自分の胸の上で手を組み、身体をソファに沈めていた。
ただし目は半開きのまま。
(……まただ)
最初に見た時は、死んでしまったのかと驚いた。
でも、天井を見る瞳は潤っている。
胸のあたりがゆっくり小さく起伏している。
チキチキチキチキ。
(目を開けたまま寝る人もいるって、聞いたことあったけど)
トッケイくんにはまぶたが無い。それを教えてくれたのは、兄だった。
まじまじとそれの横顔を見る。本当に兄によく似ている。
就学前から会っていなかった。だけど目の下にあるホクロと、それも含めても整った白い顔立ちは、忘れようもない。まさしく私の兄の顔。
(よくここまで似せて化けたわね)
けれど、私はそれを言わない。
知らなくてもいいことだってあるはず。
言わなければ、知らないふりをしていれば、それはずっとここにいてくれる。
チキチキチキチキ。
息づくものがそばにいる。
それだけのことなのに、こんなにも気持ちが安定する。
トッケイくんの鳴き声はまるで子守歌。
私はそれを楽しむかのように、じっくりと目を閉じた。
チキチキチキチキ。
チキチキチキチキ。
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