第6話

大企業のCEOが画策したテロ未遂は、連日テレビで報道され続ける。


――蓼丸たでまる 鏡耶きょうやの心の闇――


急速に成り上がった彼が見たのは財界の汚さと、何をするにも手続きを重視する政界の鈍重さ。

世界のルールは急激に書き換えられていくのに、日本の歩みは遅々として進まず、閉鎖的風潮ガラパゴス化を深め孤立していく。


これではダメだ、と彼が求めたのは『政財界を牛耳る年寄りたちを排除して若者の価値観を開放すること』だった…。


―――――――――


馬鹿馬鹿しいタイトルを振り、明らかになる証拠をひけらかし、鏡耶が描いた筋書き通りに事が進んでいく。

鏡耶がそんな短絡的な真似をするはずがない、と僕は知っている。

だからこれは全部、彼の筋書き通り。

すぐに「人生は太く短くだ」なんて話す鏡耶の自己犠牲には困ったものだ。


鏡耶は、やると決めたなら必ず実行するし、むしろ完遂させてしまう。

多分、僕が告発しなくても、他の経緯から自動的にそうなるように仕組まれていたはずで、現に次々に見つかる証拠のどれにも『鏡耶の関連』が見えてくる。


だから・・・これは、全部手を加えられた証拠たち。

たった十年で大企業に押し上げた経営者の仕事量なめんな、って僕なら思うけど…部外者の反応は冷たいなだよね。

人に与えられた二十四時間って制限の中で、アレイスを経営しながら片手間にテロの準備までやったら、鏡耶は人間じゃない。

このままだと時間が経てば経つほど鏡耶が犯人だって証拠が集まるだろう。

どこかで横槍が入りそうになっても、彼はどうにかしてひっくり返すから。


でもね、鏡耶。


君はそれでいいのかもしれないけれど、僕は何一つ納得していない。

鏡耶を告発したのは、関係性を疑われかねない僕が自由に動けるようになるため。

そして君が捕まる証拠を『捜査関係者』の面から調べ直すため…。


勝負だ鏡耶。


どれだけの証拠を積み上げられようと、僕は君を必ず牢獄から引きずり出してやる。

他の誰を巻き込んででも、僕はこの主張を曲げはしない。



ここは現世最後の寄る辺。

すべてを投げ打ち、血眼になって探す者だけが扉を開ける。


「ほほっ、やはり人は面白い。

 まさか親友同士がここに訪れるとは」


対価に現世の価値三千万円を求め、望む物語を現実にする『理想の茶室フィクションズカフェ』。

多くのアンティーク家具に囲まれた喫茶店で囁かれるのは、微笑みを浮かべながらカップを磨く老人の独り言。


「あぁ、最近は『噂』が広まりやすい傾向でもあったか」


全ての事象を個人が操作することは不可能だ。

また、困るたびに物語せかいに口出ししていては破綻してしまう。

だからその内容には明確な制限が存在する。


一つ、実現させられるのは瞬間の一度きり。

一つ、実現させられるのは本人の資質のみ。

一つ、実現させられるのは環境に限られる。


「皆それぞれの願望を口にする。

 そのどれもが自分のためであり他力本願な内容ばかり。

 ある者は過去を変えたいと戻り、巨万の富を得た。

 ある者は現世を呪って転生を望み、優しい両親と共に暮らし。

 ある者はここのすべてを捨て、新しい世界へと高い能力を持って飛び込んだ。


 そのいずれもが『現在の否定』を前提とし、何事も『やり直せば上手くいく』と高を括った望みでもある」


この誰も居ない空虚な場所では、ただ静かに室内に響くだけ。

だが老人の言葉は止まらない。


「しかしそのいずれもが幸福のままに生涯を終えることはない。

 何故なら彼らは、ある意味究極的な選択肢である『現在の否定』を覚えてしまったからだ」


水気が取れ、キュキュッと音のするカップを棚に戻し、ゆっくりとした所作で新しいカップを取り出す。

絶やすことのない慈悲深い笑みは、弱者へ向けるもの。


望む物語ねがいは一度だけ。

その後の物語じんせいは各自で切り開かなくてはならない。

また、どんな物語でも、そんなに都合よく主人公を受け入れたりはしない。

彼らは彼ら自身の物語じんせい主役メインではあるが、広い世界の第三者モブキャラでもあるのだから。


「自身の過去を大して顧みもせず、現在を否定して未来を捨てた。

 であれば、これから起きる『未来への耐性』など手に入るわけもない。


 巨万の富を得た者は、口を滑らせて信用を失った。

 理解ある両親を得た者は、家族の不幸に耐えきれなかった。

 異界を望んだ者は、自制を忘れて世界の敵と呼ばれて排除された」


思わず笑みが深まるのも仕方ない。

それぞれ歩んだ末路が、先日利用した客が予想した通りだったのはとんだ皮肉だ。

上手くいったケースもあったが、それは随分と運の良いものだったのだろう。


反面、彼らが望んだ未来ものがたりは、他の者達が捨てた過去を持っていたから手に入れた。

それも確実になるよう、お互いがお互いを補完するような物語ねがいを望んだのだ。

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