三千万の物書き

もやしいため

第1話

『三千万円で貴方だけの物語を紡ぎます』


自称物書きが、変な条件でインターネット上で公募した『依頼主クライアント探し』だ。

タイトルとほぼ変わらない『三千万円の依頼料で、依頼主の為だけに小説を書く』という詳細説明に、見た者たちから様々な憶測が飛び交っていた。


いわく


「誰がこんな額払うんだよ」

「ぼったくりにも程がある」

「応募する馬鹿居るのか?」

「一体どんな話を書けばそんな価値に?」


大多数の否定的な意見。


「大衆から集めるんじゃなく富豪からピンポイントとは何という盲点」

「著名な作家なら妥当な値段…なのか?」


その値段や価値に目を向けた指摘。


「よし、いってくる」

「俺が先だ!」

「やっべ、返信きた」


遊び感覚の書き込み。



この衝撃的なタイトルはインターネット上を駆け巡ることになる。

真偽・詳細の定かでないこの募集が拡散する温床は、何処にでも存在したのだ。


まずはインターネットに入り浸っている引きこもりやネトゲ廃人が発信源となった。

彼らは自分達が所属する、ゲーム、SNS、掲示板といったインターネット上に存在する不特定多数が閲覧可能な媒体で持てはやし始めた。

次に飛びついたのは情報に敏感な学生や携帯で情報を拾い上げるライトユーザー。


どんなに小さな火種でも、閲覧者や関係者が膨れれば一気に広がる。

それが集団が遊び半分で広めようと画策した時の爆発力は異常の一言。

学校や職場での話題の一つとなってしまうと情報の拡散は止まらなくなり、さらに憶測は加速する。


とはいえ、すぐに埋もれてしまうような内容だ。

そこへ燃料を注いだのは


「これは三千万の価値がある」

「もう一度頼みたいくらいだ」


といった依頼者クライアントのような発言をする者だ。

証拠が上げられるでもないこの情報は、話題に乗っかった愉快犯的な扱いをされるに留まり、事態は収束に向かうと思われた。

しかし同時期に、購入者とされる富豪の名前が挙げられたことで事態はまたも一変する。

確かに富豪ほどの購買能力がなければ買えないと考えるのは至極自然な発想だが……リストの出所は不明。

情報の確度も分からないにも関わらず、逆に注目を集める結果に繋がった。


「ある人物がインターネットに掲載した一文が、世間を賑わわせました!

 彼は一体何を思い、何をなすためにこのような書き込みをしたのか……我が『報道最前線』はこの騒動を追いました」


挙句、一連の騒ぎにテレビのワイドショーが目をつけた。

時系列に並べて大々的に報道され、こうした日本での馬鹿騒ぎを聞きつけた海外メディアも面白おかしく取り上げた。


たった数日の内に世界を駆け巡り、知らぬ者が居ないほどの話題に育ちきってしまった。

そんな話題も一週間もすればしぼみ、ちらほらと「そんなこともあったよね」と過去のものになっていく。

世界はそこまで一つの情報に拘らない…人はあきやすい性格でもあるのだ。


そんな折に語られた世界的大富豪の一言によって状況は一変する。


「三千万円の小説だって?

 懐かしいな、わたしは以前買ったことがあるよ」


あるケーブルテレビ番組の生放送中に、そんな言葉を零してしまう。

周囲の空気がざわり、と変わったことに慌て


「おっとこの話は守秘義務だったかな? ハハハッ!」


取り繕うように流そうとしたがもう遅い。

まだ火の消えていなかった話題に、司会者やコメンテイターたちはこぞって大富豪へ矢継ぎ早に質問が集中した。

面白いことに、その後に用意されていた番組スケジュールを全て撤回してまで、だ。


また、食いついたのはテレビ局だけではなく、放送を見ていた視聴者も含まれる。

録画していた者もおり、SNSを始めとした各種メディアによって再度爆発的に広がることとなる。

その際にはかの大富豪の発言まで添えられ、世界中が一つの話題で持ちきりとなった。



「『大富豪アーカディアの自演・・』…これが三年前の話、か」


掻き集めた資料に目を通しながらぼやく。

そう、これが真相。


当時の記録を紐解くと、メディア関連の論文に『個人の記事が世界に知られた事例』と掲載するかを本気で検討した事実まで出てくる。

世界中の人間達は、こうも世界に飽きていて、目新しい『面白そうなもの』に貪欲なのだと思い知らされる。

ちなみにギリギリまで検討された結果、論文には載らなかったらしい。

事例という意味では稀有すぎて使えないとの判断なのだそうだ。


「まったく…やりきれんな…」


ぼやきは止まらない。

何故夢物語に縋るほど落ちぶれるまでになったのか。

あんなにもあった金も、親友の裏切りに遭って手元に残っているのはカバンに入っている分だけ。


どうしてこうなった…。


しかも金を使うような場面に遭遇すれば、そこそこ顔の売れている俺ではすぐに見つかる。

であれば使い道は限られ……そう、結局俺の持つ金は使えないことになり、ものと交換できないのなら、どれだけ持っていても大した価値がない。

だから浅はかだと知りつつも、夢物語に縋るしか道はない。


薄暗い裏道を歩いて辿り付いたのは古びた喫茶店。

緑が反射する幻想的な光景に荒んだ心が一瞬解れた。

緩やかに蔦が巻き付く出窓のある木造の洋館は、落ち着いた雰囲気と荘厳さを両立させていた。

表通りに面してさえいれば金持ちたちがこぞって集まっただろうにな、と悪態を付け足してしまう。


個人店にまで手は回っていないだろうと自分を勇気付けてドアを押す。

中に入るとカランと涼やかなベルの音が鳴った。


店内は思っていたよりも狭く、賑わいはしないものの、常連然とした客で席がちらほら埋まっている。

調度品アンティークと呼べるだけの歴史を重ねたテーブルや椅子が置かれ、カウンターの向こうには高価そうな茶器や食器が並んでいた。

これらを売り払えばどれだけの価格になるのか…。


「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」


物思いに耽っていると、執事然としたマスターが落ち着いた声色で歓迎してくれた。

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