第14話

「そう、僕が横浜駅前の立ち食い蕎麦屋前で竹輪の天麩羅蕎麦を食べていて買い物籠を咥えた真っ黒な貴女と目が合った冴えない中年だよ。あの時貴女も感じただろう?自分の番に出会ったと」

握られた片手にもう片方の手を添え相手の眼を見ながら蜜が人の言葉を出すのに慣れない蜜が。

「蜜・まだ・産まれて・時間・少ない・解らない・あの時・気持ち・怖かった」

「それは僕も同じだよ。眼が合った瞬間、雷が落ちた様にビビッと電気が走り動けなくなった。初めての経験で呆然としていた間に貴女が走って行ってしまった後、僕も恐怖を感じた。蜜さんやっと出会えた番とひと時でも離れて仕舞った恐怖を」

「私・感じた・怖い・深い・締め付ける」

「それが僕の感じた恐怖と同じ物だよきっと。僕は先程見た様に本来の姿は人とも狼とも言えない人狼。二人共獣の本能で感じ合ったんだよ。君が走り去った後、君に捧げる為に竹輪の天麩羅を持って帰りを待っていたら警官に捕まってね。あの時、丁度君は川沿いに帰って行ったね?警察署に連れて行かれ弁護士を呼び解放して貰ってからあの場所へ戻り君の匂いを辿ると橋の袂で途絶えていた」


「人郎!お前が警察署で暴れたのはそれが原因だったのか!興奮状態で『お前達警官のせいで自分の運命の相手を見失った!』と暴れるお前が入れられた拘置所の鉄格子を素手で壊し人狼化したまま外に飛び出そうとしていた所を連絡を受けた一族の弁護士と駆けつけた人狼一族の若者6人がかりで押さえ込みいつもの倍の毒を飲ませてやっと止まったと。毒を普段飲んでいない万全な状態のお前だったら戦車でも止めら無かっただろうと皆冷や汗を流していたぞ。それに暴れたのが地元で良かった警察署の上層部に一族の者がいて箝口令を出し事が公けに成らずに済んだ」

人狼の父親で人狼一族の長がその時の事を思い出し震えながら息子に訴える。


「あれから僕は蜜さんを探す為に寝食を忘れあちこち探し回った。しかしいくら人狼とはいえ大量に飲まなければ効かなくなった人化促進薬と強い毒で動けなくなりベッドに寝かされていた。そこへ蜜さんが持って来てくれた”特人化促進薬”効いたよこの薬!漲る魔力!それにあれだけ探していた僕の運命の人が目の前に居る!今迄に無い程の力と頭の冴え!今の僕なら軍隊相手だって負け無い。そんな訳で蜜さん。嫌、我が妻よようこそ我の元へ」


人郎(じんろう)の手を握り眼を見つめていた蜜は先程この部屋に入り寝かされていた人狼男性の匂いを嗅いだ時に心に浮んでいた言葉を告げた。

「浮気・したら・地獄から・魔王・鬼・亡者・全て・呼ぶ・この世・地獄・なる」


そう言いニッコリと微笑んだ口元から地獄の使者になったと同時に伸びた犬歯が眼に解る程ニョキっと長くなり妖しく輝く。


この世の安寧が人郎の浮気心一つに委ねられたのだった。


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