第4話

「はーい、渡し賃持って来てる皆方はこちらですよ。三途の河の渡し賃持って無い方は、衣服を頂いてまーす。そちらに居る懸衣翁(けんえおう)の方へお並び下さいね〜」三途の河に有る渡し場近くの暗闇から現れた私は三途の河にしては明るい声に迎えられた。

元気に手を振る奪衣婆(だつえば)のご当地萌えキャラ”奪ちゃん(うばう)とコイコイと手をやる”懸衣翁の萌えキャラ”懸くん(けん)”の着ぐるみの後ろにある”三途の河渡し場”と書いてある大きな看板。その上に設置されたスピーカーから先程の呼び込みが流れている。

看板に河の前で手を振る二人の萌えキャラが描かれておりその横にキャラクター名が書かれていた。


炎天下の河原に無理矢理設置された町おこしイベント会場の匂いがプンプンする。

この後着ぐるみの中のバイトさんが脱水症状で倒れて運ばれる所を想像出来る・・・無理しないで中の人。


看板から横に10メートル程離れた場所に工事現場によくある小さなプレハブ小屋のドアに”管理事務所・使い魔さんこちらへ”と紙が貼ってあった。


プレハブ小屋ドアの枠下側に”使い魔用呼び出しボタン”と書かれたプレートが貼ってある。その横にチャイム用ボタンが。小型の使い魔用に低い所に設置してあるみたい。


鼻先でボタンを押すと中から'ピンポーン”と聞こえた後に「はーい、今いきまーす」と軽い声。


ドアが開くと長い白髪を後ろで一本に纏め水色の着物を着た年配の女性が笑顔で迎えてくれる。

冷房してあるから早く入ってと言われ室内へ。

涼しい・・・夏の河原って結構蒸し暑から外に居ると地面に近い使い魔は熱気をモロに浴びて辛い。


プレハブ小屋の中には事務机が数台置いてありノートパソコンと電話機が机毎に置いてある。

奥の壁に監視用モニター、その下にコピー機本当に管理事務所みたい。監視用モニター下の机に2メートル近い作業服姿で筋肉質の年配男性が座っている。


出迎えてくれた年配女性が「ようこそ三途の河へ、真っ黒な使い魔さんその買い物籠と通行証からすると黒蜜おばばの新しい使い魔さんね?私は奪衣婆で奥に居るのが懸衣翁よろしくね」奥に居る懸衣翁さんもニッコリ笑ってくれる。


私は買い物籠をグッと奪衣婆に示す。

「ここでは通行証を確認すれば良いのだけど何かしら」買い物籠を受け取り中から”奪衣婆様へ”と書かれたメモを取り出し読んだ途端。

「あなた!緊急呼び出し放送して従業員全員を事務所に呼んで!亡者の受け入れは一時ストップで!」と叫ぶ。

それを聞いた懸衣翁さん慌てて監視用モニター近くのマイクに「緊急!緊急!」と言っている。


一体あのメモに何が書いてあったの?ただ限定水羊羹のお裾分けですと書いてある筈なのに緊急って・・・。


だだならぬ緊張感漂う事務所・・・数分するとドアが慌しく開き五人の若い鬼が息を切らして入って来た。

「何事ですか?三途の河に勤めて千年緊急呼び出し放送なんて初めてですよ!!」と”バイトリーダー”と胸のプレートに書いてある鬼が奪衣婆に問いかける。


目を瞑り胸の前で腕組みしていた奪衣婆がカッと目を開き買い物籠から限定水羊羹10本入りの箱を出すと頭上に掲げ「暗闇から暗闇に瞬時に移動出来る能力を持つ黒蜜おばばの使い魔蜜ちゃんが2日も並んで伊勢の老舗菓子店の季節限定それも''賞味期限本日限り”の七月朔日餅”竹流し”をつい先程買いそれを10本もお土産に持って来てくれた〜!夢にまで見た”賞味期限本日限り”の地上の甘味!地獄では未だ誰も味わった事の無い奇跡がココに有る!それに季節限定だから食べられるのは年に一度しか無いのよ!!」。


それを聞いたバイトリーダーさん。

ガタガタと震え出す。

「地上から地獄まで片道最低二日はかかり、地獄で今まで誰も食べた事の無い賞味期限本日限りの地上の甘味それも年に一度・・・そんな物を地獄で食べたいと言うと”存在しない夢の食べ物を望む可哀想な奴”と子供なら学校で虐められ大人なら村八分にされる様な甘味ですと?」。

他の若い鬼も「地獄にも奇跡は起きるんだ」とか「もう死んでも良いもう死んでるけど」とか騒いでる。


そんな中でマイペースに冷蔵庫から地獄人参茶のペットボトルを人数分出し机に置き、小皿と小さなフォークに冷えたオシボリを無言で用意している懸衣翁さん。

こんな旦那さん欲しいわ。身体大きいのに気が小さそうだけど・・・。


奪衣婆さん私に向き直ると

「騒がしくしてゴメンね蜜ちゃん。あんまり嬉しくってあなたの事をほっぽって置いて。本当にありがとうね。早速従業員と食べさせて貰うけど良い?」

と水羊羹を箱から出しながら聞く。


大丈夫と頷く私の前に深皿が置かれてペットボトルの地獄人参茶を注いでくれている懸衣翁さん。

本当に気が利いた旦那さんだ。


残った水羊羹三本の入った箱を冷蔵庫に大事そうに仕舞う奪衣婆。


黒蜜おばばの意志を持つ魔道具である買い物籠には保温保冷機能が付いている。

クーラボックスみたいな機能で今は保冷モード。

なので残りの80本は冷たいままに保たれている。


中に入っている物の時間停止なんて物は無理だそう。


だから地獄まで賞味期限本日限りの甘味なんて届けられなかった。


全員が事務机に座り小皿に置かれた水羊羹の入った竹筒容器に付属のキリで穴を開けている。

筒を振り小皿に中身をチュルンとだすと皆息を飲む・・・。


「いただきます」と全員で言い食べ始めた。

一人の一番若い鬼を除いて・・・。


その若い鬼は中の水羊羹を出してい無い竹筒を口に咥えると一気に吸った。


”スッポン”と音がして水羊羹が若い鬼の口に一度に流れ込む。


次の瞬間水羊羹を吸い込んだ若い鬼の身体が輝き光の粒になり消えた。

竹筒がカランとテーブルに落ちコロコロと転がる。


バイトリーダーさんが

「あいつ、心の執着が無くなり昇天しちまったなぁ。生前”竹流し”を筒から直接吸えなかったのが魂の執着になり地獄に落ち地獄では絶対に叶わない願望に苦しむ仕置きを受けていたんだ・・・。それが叶って」。


皆んな泣いている泣きながら水羊羹を食べている。

本日限りの甘味を食べられて泣いているのか仲間が昇天して泣いているのか又その両方なのか?泣きながら笑っている地獄の鬼達。


その光景を見た蜜は独り心の中で「私も早くお使い終わらせて竹の筒からチュルンと食べたいなぁ〜」と皆の感動と違う事を思っていたのだった。

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