フェネサー漂流記

@nutaunagi1205

第1話

嵐の海の上、一隻の船…もといバス筏が荒れ狂う波と風に弄ばれていた。


「フェネック!手を放しちゃダメだよ!二人共来ちゃダメだからね!」

「う、うん」

「わああ!フェネックの危機なのだー!!!死んじゃやなのだー!!!」

「さ、サーバルちゃん気を付けて!」


さっき大波に突き上げられた衝撃で、わたしと手すりを結んでいたロープが切れ、気がつけば後ろのデッキから投げ出されていたのだ。

(あ、もうダメかなー)そう思った時、自らロープを切り駆けつけたサーバルが私の手を掴んでくれた。


「今引き上げるからね!じっとしてて!」

「いやいや助かったよー ありがとー」


その時


___ドオオォォォン!!!!


「あ」

「うぎゃー!!!」


再びバスを衝撃が襲い、私とサーバルは手を繋いだまま海に投げだされた。


「フェネックぅ!!!!」

「サーバルちゃん!!!!」


大波に飲み込まれすぐに二人の叫び声も聞こえなくなる。

(ごめんねサーバル、かばんさん…。バイバイ、アライさん…)


記憶が途切れる最後の瞬間まで手は力強く握られたままだった。


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ゴコクチホー本島にほど近い小島にて


___あれ、どこだろうここ… なんだか身体中が痛くて起きる気がしないなー。 背中がぽかぽかして気持ち良いし、また寝ちゃおうかなぁ。


ぼんやりとした頭は今にも意識を手放そうとしていたが、その大きな耳は周囲を敏感に捉えていた。


波の音が聞こえる。という事は海…


そこまで考えた所で急激に意識が覚醒する。軋む上体を無理矢理起こし、周囲を見回す。


そこは黒っぽい砂利で出来た浜で、辺りには流木やヒトが作ったと思しき変わった形のモノ達が流れついていた。空は昨日の嵐が嘘のように澄み渡り、太陽は暖かな日差しを投げかけている。


__そうだ、わたし達は海で嵐にあって、わたしは波でバスの後ろから…


「…サーバル」

そうだ、私を助けようとしてサーバルまで。


「探さなきゃ…!」

もしかしたらサーバルも同じ島に流れついているかもしれない。でも…もし流れついていなかったら。

それにあの嵐の中、かばんさんと …アライさんは無事だろうか。もしかしたら…


悪い想像にとらわれたままよろよろと歩いていると、視界の隅に見慣れた黄色を捉えた。


「…!サーバル!」

堪らず声を上げ駆け寄るが、手前で足を止めてしまう。


「ぁっ…」

それは確かにサーバルだったが、うつ伏せのままピクリとも動かない。もしかしてもう… 私を助けようとしたせいで…


恐る恐る近づきサーバルの身体を仰向ける。その身体はぐったりと重く、目立った傷はないが目を覚ます様子はない。


「サーバル…? おーい? ……うっ うぅ」

身体を揺すってみるが反応はない。絶望とパニックで嗚咽が漏れたその時


「…ぅ ゲホっ! ケホッ!ケホッ!」

「あれ、フェネック…? あれ?私なんで…」


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古ぼけた漁師小屋の中


「やー、 よかったよかった。死んじゃったかと思ったよー」


「あたしも死んじゃったかと思ったよー!それにしてもさっきはびっくりしちゃった!いつも落ち着いてるフェネックが抱きついてきてエンエン泣くんだもん!」


あー やってしまったねー。でも仕方ないよね。本当に怖かったんだよ。


「…あー、それはみんなには内緒にしてねー?出来たら忘れてくれると嬉しいなー」


「えー どうして? あたしだってかばんちゃんがセルリアンに食べられちゃった時は泣いちゃったし、恥ずかしくなんかないよ!」


「うん、まーそうなんだけどさー。秘密にしておいてほしいんだー」


「ふーん そっか! 分かった!じゃあ、二人だけの秘密だね!」


「ありがとー 助かるよ」


「…ふふっ」


「ひどいなー 笑わなくたっていいのに」


「えへへ、違うよ、フェネックと仲良くなれて嬉しいなって!」


「…そっかー わたしもうれしいよー。…助けようとしてくれてありがとねー」


「当たり前じゃない!友達だもん!一緒に落っこちちゃったけどね!」


「あはは、やっぱりドジって噂は本当みたいだねー」


「ひどーい!…あははは!」


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「…それにしても、かばんちゃん達大丈夫かなぁ」


「……きっと大丈夫だよー なんて言ったってあのかばんさんだからねー きっと上手く切り抜けてるよー。それにアライさんはああ見えてタフだからねー あれくらいの嵐へっちゃらだよー」


「…うん!ボスもいるしね!普段はちょっと頼りないけどいざという時はすごいもん!」


「…」

「…」


沈黙が流れる。二人共本当は不安で仕方ないのだ。しかし今は無事を信じるしかない。


「…さーて、じっとしてても仕方ないし探検に行きますかー まずは水を確保しないとねー」


「うん!そうだね!喉がカラカラだよ!元気になって早くかばんちゃん達を探しに行かないとね!」


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 私は元々砂漠の動物だから水分はあまり必要ないがサーバルはそうは行かない。まずは水の確保が最優先だ。


「じゃあ川を探そっか!」


「うん、それなんだけどさー、この『いえ』があるってことは、ヒトがいたってことだと思うんだよねー。ということはー、もしかしたらジャパリカフェみたいに『じゃぐち』があるいえもあるんじゃないかなー」


「フェネックすごーい!頭いいんだね!かばんちゃんみたーい!」


「どもどもありがとー。あ、あと砂浜に『ぺっとぼとる』に似たのが落ちてた気がするんだよねー。あれがあったら便利なんじゃないかなー」


「あっ!あたしも見たよ!じゃあ先にそれとりにいこっか!」


二人なら、なんとかなるかもしれない。私の胸には確かな希望が灯っていた。


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「オアシスも川もないねー」


「ハァ… ハァ… うん、そうだね… いえも見つからないね…」


「サーバル、大丈夫ー? わたし一人で来ればよかったかなー」


「ううん!平気!…でもちょっと喉が渇いたかな」


サーバルの消耗が激しい。わたしも塩水を飲んだせいだろう。喉がカラカラだった。


「…あっ いえがあるよー」


「わっ ほんとだ! 水があるかもしれないね!」


ジャパリパークの建物とは比べ物にならないくらいボロボロのいえだった。ジャパリパークより前に建てられたものなのか、あるいは…


(博士達が言うには、サンドスターは食べ物や建物を新しいままにしておく力もあるみたいなんだよねー。もしここがサンドスターの影響がない場所だとすると…)


「あっ!フェネック!これ、じゃぐちじゃない!?」


私が物思いにふけりながらぼんやりと歩いている間にサーバルがじゃぐちを見つけたらしい。とにかく今は水を手に入れることが最優先だ。


「おぉー やったねぇー えっと、これを回すのかな?」


ドキドキしながら三角の取っ手を回す。…が何も出てこない。何度も試すがやはりダメだった。


「…ダメみたいだねー」

「そっか… きっと大丈夫!他の所探してみよ!」


失意のまま外に出る。するとサーバルが声を上げた。


「ねぇ、これなんだろう?小さな家みたい」


なるほど確かに小さな『やね』があり小さないえのようだ。そしてそのやねは石で出来た大きな輪っかの上に立っている。


「あっ、この輪っかの中、穴になってるよ?」

輪っかの中を覗きこんでいたサーバルが声を掛けてくる。


「どれどれ… おー 本当だねぇー …んー?ねぇ、あれって水じゃないかなぁ?」


輪っかの中はかなり深い穴になっていて、その底に水が溜まっているようだった。


「あっ!本当だ!わたし早速汲んでくるね!」


「ちょっと待ってよー 流石にサーバルでも登ってこれないかもしれないよー? 多分、これを使うんじゃないかなぁ」


やねの下には、木で出来たいれものが紐でぶら下げられていた。しかしかなりぼろぼろになっていて水は汲めそうにもない。

そこで二人で代わりになるものを探すと、叩くとカンカンと高い音がする銀色のいれものを見つけることが出来た。


そしてそれに紐を結びつけて輪っかの穴に投げ入れ、ゆっくりと引き上げると…


「「水だー!!」」


ゴクゴクゴク…


「「おーいしー!!」」


塩水で灼けカラカラになっていた喉に水が沁み渡る。ちょっと水草が浮いたりしていた水だけど格別だった。


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漁師小屋


拾ったぺっとぼとるもどきに水を入れ、最初に見つけたいえに戻ってきた時はもう日暮れだった。

二人ともお腹はペコペコだったけど、それ以上に疲れきっていてもう動ける気がしなかったので休むことにした。横になった二人を睡魔が一瞬で攫っていく。


___波打ち際で何かが波に弄ばれている。見慣れた背格好、見慣れた服装、見慣れた白黒の縞模様の尻尾。そして波に転がされた『何か』の顔がこちらを…


「フェネック!!!」


「…ハッ! …ハァ、ハァ、…サーバル」


「ゴメンね、すごくうなされてたから… 怖い夢でも見た?」


目を覚ますと、サーバルの黄色い瞳が心配そうに顔を覗きこんでいた。


「うん… ちょっと…」

虚ろな視線が頭の中にこびりついている。心臓がドキドキと騒ぎたてて治らない。


「 ごめんねー 起こしちゃったかなー …あれ?サーバルどーしたのー?」

身体を起こしてサーバルを見ると、自分の身体を掻き抱くように抱きしめ、小刻みに震えている。


「うん、なんだかちょっと寒くって… 風邪ひいちゃったのかな?」


「あららー それはマズいねぇー …ちょっとこっちにきなよー」


「え?うん。…みゃっ!?」


サーバルに抱きつくとそのまま一緒に寝転がる。


「どうかなー?」


「ふわぁ、フェネックすごくあったかいね!」


「ふふーん わたしの毛皮は砂漠の寒い夜にも耐えられるように出来てるのさー」


私達はまるでフレンズになる前兄弟姉妹達としていたように身体を寄せ合い、お互いを暖めあっていた。

触れた場所からサーバルの不安な心が伝わる気がした。きっとサーバルにも私の不安が伝わっているだろう。本当は私が暖かいものに触れていないと不安で壊れそうだった。


「なんだかゴメンね」


「んー?なにがさー?」


「わたし、フェネックに頼ってばっかりで… かばんちゃんにもいつも…」


「…そんなことないよー わたし一人だったらきっと何も出来なかったと思うなー」


「そんなことないよ! フェネックは頭もいいししっかりしてるしすっごいよ!」


「…サーバル、わたしはさー 本当はすっごく臆病ですっごく泣き虫なんだよー。いつもしっかりしてるフリをしてるだけなんだよねー。アライさんがいなきゃずっと砂漠で一人だったと思うなー」

「今日、そんな私が頑張れたのはサーバルが引っ張ってくれたおかげだよ。…かばんさんもきっと、サーバルに元気を貰ってると思う。なんだかあの子、私と似てるんだー」


「…ありがとう。フェネック。かばんちゃん達、きっと大丈夫だよね」


「もちろんさー かばんさんの事だからもう見当をつけてここに向かってるかもしれないねー」

「それに…それにアライさんはわたしがどこにいても見つけてくれるのさー だから、だからきっと大丈夫…きっと…」


「フェネック? …うん!心配いらないよ!絶対大丈夫!フェネックが言ってたじゃない!アライさんはすっごいって!さ、もう寝よ!明日は早起きしてご飯探しに行かなきゃ!」


「…そーだねー ありがとーサーバル」


気づけばサーバルの胸に抱きかかえられるような形になっていた。

サーバルの毛皮はお日様の匂いがする。


(あーあ またやってしまったねー 励ますつもりが逆に励まされちゃった。この子にも敵わないやー)


(…なんだか、ちょっと似てるなー)


___心配無用なのだフェネック!アライさんが絶対全部丸ごとなんとかしてやるのだ!


サーバルの鼓動を数えながらフェネックは穏やかな眠りに包まれていった。


=========================

「…ック…」「フェネック!」


「ん、んー… おはよーサーバル…」


「おはよう!フェネック!ほら、聞こえる?」


「え?」


(…ちゃーん! サーバルちゃーん!いるー!? 返事して下さーい!)

(フェネーック!どこなのだー!助けに来たのだー!フェネーーック!!)


「あっ…!」


「さ、行くよ!かばんちゃん達が待ってる!」


サーバルが私の手を握る。暖かな力強い手だった。


「はーいよー!」


~fine~

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