第19話 奴隷として出来ること

 ーーミレナ視点ーー


 私の名前はミレナ、奴隷だ。そして実は亜人でもある。


 私は、ここから遠く離れた龍の集落で生まれた。私の両親は龍人だったらしい。

 らしいというのは、私が物心ついた時には二人とも既にいなかったからだ。私の母親は私を産んですぐにどこかへと姿を消した。そして父親は狩りをしている時に死んてしまった。それから私は祖母の家で暮らしていた。 両親がいなくても祖母がしっかりと愛情を込めて育ててくれた。


 そんなある日だった。祖母が、村の誰かに殺されてしまった。私が12歳の頃だ。

 すると村の人は次々に私が殺したと言い始めた。私の髪は銀色で肌も白い。それで私は昔から村の人にいじめられてきた。村を歩くと石を投げられ、村にある店に入ろうとすると殴られた。祖母だけが優しくしてくれた。


 ......だから、一人ぼっちになってしまった私を助けてくれる人なんていなかった。

 そして、私は奴隷商に売られてしまった。


 そこからは本当に地獄だった。奴隷商での教育は苛烈を極め、勝手に喋ると殴られた。そして家事や言葉遣いについて教えこまれたのだった。


 そして1年が経った頃、私は一人の男に売られた。私は今の状況から抜け出せると喜んだ。......だけど現実は残酷だ。その男は人に暴力を振るうの楽しむ奴だった。私は毎日殴られた。毎日、毎日。体中に痣が出来、歩く事さえ痛かった。それでも仕事をしなければ鞭打ちや食事を抜かれるので痛みを堪えてやるしか無かった。


 たくさんの季節が通り過ぎていった。

 私の体は大きくなり、他の女の人と同じような女性としての体になった。ここに来た色んな女の人は奴隷としてあの男に犯された。いや、奴隷にはもともとそういう用途もあるらしいから別におかしいことでなはいけれど。だけど幸いな事にあの男は亜人が嫌いで、私にだけは手を出さなかった。


 そんなある日、男が別の街に行く時に私もついていくことになった。だが、男は街に行く前に盗賊に襲われて死んだ。


 そして私は盗賊に捕まり盗賊団の奴隷となった。

 そこでは今までの生活とは違っていた。盗賊団は私にクスリを飲ませた。それを飲むと何も考えられなくなって、言われた事を従うことしかできなくなった。そのうち龍人としてのステータスが影響し始めて、強くなってるのが意識が朦朧としている日々でも理解が出来た。そしてたくさんの人を殺したくもないのに殺した、命令された通りに。


 そんな中でご主人様に出会った。


 いつもと同じように殺そうとすると、魔法で拘束された。そして盗賊団が死んでいくのをただ見ていた。別に彼らが死んだ事に何も思わなかった。

 そして拘束を解除出来た時に、襲い掛かると「やめろ」の一言で意識が途切れてしまった。


 次に目が覚めると、盗賊団の死骸の山と倒れているご主人様がいた。奴隷として命令された通りに殺そうとした。不思議と目が覚めると今までの気持ち悪さが無くなっていた。今なら殺せると思った。だが本能がこの人に逆らう事を拒んだのだ。なんとしても助けたかった。


 そこで盗賊団のアジトにご主人様を連れて行った。思いつく場所の中でここが一番安全だった。


 そしてご主人様は目覚めた時、私に優しくしてくれた。人に優しくされたのは初めてだった。

 そしてご主人様は一緒に幸せになろうと言ってくれた。嬉しかった。そしてこの街に来てご主人様と新しい生活を送るのだ。



 ☆☆☆


 私は今、『魔狼の牙』のパーティーに参加している。なんでもパーティーの荷物持ちが欲しいから参加して欲しいらしい。


「みんな、ここでいったん休憩をしよう。」

 低いがしっかりとした声があがる。

 指示を出しているのは『魔狼の牙』副リーダーのアタリさんだ。彼は無口だがしっかりとこのパーティーをまとめている。


「......悪いな。知らない奴ばっかりで不安だろう。」

 アタリさんが話し掛けてきた。


「いえ、一人は慣れていますから。」

 少なくとも今までみたいに暴力を振るうような人が居ないだけこちらの方がいい。


「ここにいるのはみんな最近入ってきた奴ばっかりなんだ。もしグリームを見つけても俺達は向こうのグループに報告するだけだ。だから別にすぐに戦う訳じゃ無いから安心していい。」

 どうやら、気遣ってくれているようだ。


「そうですか......分かりました。」

 アタリさんはそれだけ言うと、去っていった。


 それから、少し時間が過ぎてアタリさんが声を上げた。

「よし......そろそろ行こう。」


 そしてまたグリーム探しが再開する。

だが、あれから3時間経ってもグリームのいた痕跡はどこにも見つからなかった。


「......こっちにはいないようだな。今日のところは撤退しよう。」

その声とともに皆帰る支度を始める。


それから少し経ってからだった。街へ戻る為森の中、来た道を引き返して行く。

その時、異常な胸のざわめきを覚えた。


......胸が苦しくてしょうがない。

頭の中に声が聞こえる。


〈生命の危険を探知。スキル『奴隷王』より支配下にある者に緊急信号を発信します。〉


その瞬間、どこかに導かれるているような気がした。


「......アタリさん、すみません。今日はここで失礼します。」


「なに?まだ森の中だぞ?」


そのアタリさんの言葉に返事はせず、導かれるままに走って行く。


「はぁっはっ」

息が切れても全速力で走る。何か嫌な感じがする。靴がボロボロになっていく。



「邪魔っ!」

とても邪魔になったので靴をその場に脱ぎ捨てた。

龍人のステータスのおかげで裸足で走っても足は傷つかない。

そうしてたくさんの時間走った。すると木が周辺に無い場所へとたどり着いた。


.........え?

「そんな......嘘......。」

そこには、おびただしいまでの血の池とその上に木で包まれたご主人様がいた。


「ご主人様!?大丈夫ですか!?」

呼びかけても返事がない。

......嫌、嫌だ。置いていかないで。


木を蹴りで吹き飛ばす。

「ご主人様っ!ご主人様!!」

胸から血が流れ続けている。きっと体の中の部分が傷ついてしまったのだ。


「初級回復魔法『ヒール』!」

......ダメだ。出血が多過ぎて初級なんかじゃ追いつかない。

「『ヒール』!『ヒール』!『ヒール』!!」

何度も回復魔法を重ねる。

それでも出血が止まらない。


この出血量だともう......


「嫌っ!!嫌だよ......ご主人様...置いていかないで。もう一人はっ......」

助ける方法はもうないのだろうか...助けられるなら何だってしていい。


〈スキル『始祖回帰』発動。......エラー。アクセス権限が足りません。?エラー???エラー!エラー?......アクセス承認。スキル『始祖回帰』一時的に承認。??〉


急に力が溢れていく。今まで味わった事の無いような万能感に襲われる。


......なんだっていい。ご主人様を助けられるなら別に悪魔にだって喜んで魂を差し出して構わない。


頭に浮かんだのは不思議な言葉の羅列だった。


『ラグナロクコードにアクセス。龍神の名において命ず。生命を司る神よ。この者に絶対なる癒しを与えよ。』


すると辺りに散らばっていた血液が体の中へと戻り、空いていた穴が塞がっていく。そして、体中の傷が完全に無くなった。


「今のは?......まぁ構いません。取り敢えずご主人様を安全な場所まで運ばないと......」


一番大切なのはご主人様が生きているという事。その他の問題なんてどうでもいい。


私はご主人様を背負って、街へと帰っていく。


☆☆☆


「いらっしゃいませー。ってお兄さん!?お姉さん何があったの!?お姉さんもボロボロだよ!?」


着いたのは猫まどろむ亭だった。私にはここぐらいしか安全な場所を知らなかった。

騒ぎを聞き立てて、ゴーヴェンさんもやってきた。


「......どうしたんだ?傷は...無いようだが、意識を失ってる。」


「あの、傷は私が直しました。でも全然起きてくれないんです!」


「おそらく強い痛みを受けた事が原因だろう。傷が治っても、精神の方がやられてる。意識が戻るかどうかは分からない。」


そんな......それじゃあ一体どうしたら...


「......取り敢えず、部屋に寝かせといてやれ。」

「......はい。」


ご主人様をベッドに寝かせる。

......もしご主人様が目覚めなかったら私はどうなるのだろう。また、どこかに奴隷として売られるのだろうか。......なんだろう胸が痛い。


「おい、大丈夫か?」

「っ!......ゴーヴェンさんですか...」

後ろから声が聞こえ、振り向くとゴーヴェンさんがいた。


「悪いな、あまりにも長かったから。」

「......いえ、ありがとうございます。」

「こいつならきっとすぐに良くなるだろ。だからあんまり落ち込むな。」


......何も知らないくせに。

ご主人様が一体どれ程の傷を負っていたのかを。

私は何も出来なかった。ご主人様が傷ついてる間、その事に気付くことさえ出来なかった。


「はい、そうですね......」

でも、この人の言う通りだ。私がご主人様を今から守っていく。たとえ目覚めなくても......一生を賭けて。

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