悲鳴

千秋静

第1話

  真夏の夜に目を閉じながらシャワーを浴びていた時に足の裏でゴキブリを踏んだことがあるんですよ。けっこうデカいやつでしたね。



 感触はクシャッと軽い感じでした。足の下で動いたりしていた感覚はなかったから、例えるなら乾ききった枯れ葉を四、五枚重ねてそれを上から踏んづけたような感じとでも言いましょうか。



  今でも忘れませんよ。足の下の白い泡に浮く踏まれたゴキブリのバラバラ死体。


 

 それを見て慌てふためいた私は必至になって体の泡を洗い流して、ばらけたゴキブリをほったらかしたまま浴室から脱出しました。



 しかし人間というものは、いきなり恐ろしい場面に出くわしてもホラー映画みたいな綺麗な悲鳴って案外出ないものなんですよね。私の場合、恐怖の場面を目撃して数秒間を置いてから、悲鳴ともつかないおかしな声を出すだけで精いっぱいな状態になってしまうのです。


 

 でも私の後に浴室に入った虫嫌いな母の悲鳴はなかなか綺麗なものでしたよ。


 


 聞かない振りをしましたけどね、ええ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲鳴 千秋静 @chiaki-s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ