第28話 戦いの終焉

77・真に戦うべき敵


『おつかれさまです父さん。その剛勇は敵対者の心をも打ち砕いたことでしょう。おかげで策はなりました。』


 フレッドは竜を降り、腰に掛けてあった革袋の酒で一息ついているハゼルに声を掛けた。龍ノ嘆キを支えにして立っていたハゼルはそれをフレッドの方に向けると、フレッドも龍ノ稲光を向け槍身同士を軽く打ち合わせ、お互いの奮戦を讃え合った。


「事前情報もなく戦っておったら、運よく弱点に当たらぬ限りワシに勝ち目はなかったろうの。この勝利は指揮官たるお前の功じゃ、誇るがよいぞ?」


 いくら再生能力が高くとも、両断されて生きているはずはない。渾身の一撃なら勝負は決まるはずと考えていたハゼルは初撃にほぼ全力を出し切ったが、それでも勝利し得なかった。残された力でレヴァスを抱え上げ、下半身の再生こそ防いだがその先の展望はなく、フレッドがトドメを刺さなければ後手に回る可能性は高かったのだ。


『あの足止めがなければ観察する余裕もなかったので、そこはお互い様ですよ。それよりお疲れでしょうけど、もう一仕事お願いしますね。』


 ハゼルは「承知しておる」と答え、革袋の中身を空にして投げ捨てる。彼らにはまだやるべきことが残されていた。異界の怪物を打ち倒すのはあくまで見世物、真の目的はザイラスに籠る敵兵の戦意を挫くことなのだ。


『聞け!ザイラスの将兵たちよ!諸君らが頼みにする異界の怪物も、我らには及ばぬ。そして解放軍には、我らごとき武人が綺羅星の如く集っている。それでもなお戦うというならば、まずは我ら両名がお相手いたそう!』


「異界の怪物と戦う茶番も終いじゃ。人の業によって起きた戦なれば、人の手で決着をつけるが道理であろう!異界の者に頼るような真似はせず、堂々と出てまいれ!」


 二人の口上を聞いたザイラスの城壁守備兵たちは、顔を見合わせ困惑の色を浮かべた。先ほどまで異界の怪物に向いていたあの力が、次は自分たちに向けられようとしている。しかしどう考えても抗いうるわけもなく、しかも彼らのような武人はいくらでもいるという。確かに、貴重な武人という扱いの重要人物なら、あのように危険な戦いをするはずもない。切り札の「道」も通じず、もう勝ち目はないと考えてしまう者は少なくなかった。


『諸君ら州兵が真に戦うべき相手とは、いったい誰なのか!領民を守るべき州兵が刃を向けるべきは、領民に仇なす存在であろう!ここにかような存在があるとしたら……それは我らか、それともゼニス=キーヴォか!』


「お主らにとって、これは過ちを正す最後の機会となろう。我らに挑むもよし、そうではない道を選ぶのでも構わぬ。ただ、時間の猶予はないぞ?我らの総攻撃が開始される前に、自らの進退を決めるがよい!」


 フレッドたちによる煽動は、兵士たちの心を揺さぶった。もともと領主への忠誠心で下についているわけではなく、しかも形勢が不利となれば最後まで付き合う必要はこれっぽっちもありはしないのだ。次々と城壁から消え市街地に戻っていく兵たちが出るのを確認し、フレッドは作戦の完了を確信した。


『さて、あとは少し待ちましょう。兵士が逃げ出すなり、内乱を起こすなりしてから仕上げに入ればいいんですから。戻りますか父さん。私も腹が空いてきました。』


 こうしてザイラス攻防戦の第一幕は終わりを告げる。両軍どちらも人的被害はなく、異界の怪物のみが大量に屍を積み重ねるという異様な戦いとなったが、それを見届け死なずに済んだ者たちが多かっただけに話は正確に広まることとなった。ザイール解放軍のブルートと、それに付き従うヘルダのハゼルおよびフレッド親子の名は、皇国本領にも伝わることとなる。



「まさか二人だけで奴を何とかするとはな。俺も戦おうと思ったんだが取り押さえられちまうし、テアなんか術のため豪勢に火を焚いて、油の用意もさせておいたんだが……無用な心配だったか。」


 兵たちの歓声の中を進み本陣まで戻って報告に来た二人を出迎えたブルートは開口一番、労をねぎらった。彼自身はレヴァスが出現した瞬間に立ち上がり、大剣を手に馳せ参じようとしたがダウラスらに止められてしまう。今の彼は1パーティのリーダーではなく、多くの人の運命を左右する解放軍を率いる身。危険と分かっている怪物の相手をさせるわけにはいかない……というダウラスらの判断は妥当だった。


「あなたが命を賭けるのはこれからじゃろう。息子は道を作り整え、ワシはそれを手伝えるが、道を歩む人々を導くのは領主の仕事じゃ。その道は険しく、平坦でもないゆえ時に命を張ることになろうとも、ワシらにそれを代わることはできんからの。」


 ハゼルは異国から来た自分たちに、この地の人を導く資格はないと考えていた。それはフレッドも同様で、あくまで両親が安定した生活を送れるようにするための手段として、この叛乱に協力したに過ぎない。禁忌を犯した術師を粛清に来たシェーファーらと同じく、目的が達成されれば叛乱軍を去るつもりだったのだ。


『父の申す通りです。この叛乱を成就させるまでが私どもの仕事であり、その先をどう導いてゆくかが皆様の仕事です。まだ始まってもいないうちに命を落としては、どうにもなりますまい。すべてが終わり始まるまで、今しばらくはお任せあれ。』


 そう話し終えると、フレッドはシェーファーを呼び[霊門縛鎖]の術を発動させるように頼んだ。力を内外に見せつけ心を挫くという目的は達せられ、残る不安といえば部下の反乱に業を煮やした領主がザイラス内で「道」を開くことくらいである。もう術を封じてしまっても問題はなかった。


『いまザイラスでは沈みゆく船を捨てようとする者や、領主に抗い少しでも民衆や我らへの心証をよくして生き残ろうとする者など、様々な思惑が蠢いております。いずれ先方からお呼びもかかろうと思われますゆえ、しばしの休息といたしましょう。』


 叛乱軍はザイラス正門から動かず、裏門や各種の通用門には領主やはぐれ術師の逃亡を監視するための斥候隊を配置するに留めた。それらの門からはザイラスから逃げ出す州兵や傭兵が後を絶たず、州軍が急速に解体されていくことが見て取れた。そして正門前の戦闘から2日後には、ザイラス内部から正門が開かれたのである。叛乱軍側に限って言えば、無血開城であった。



78・裁きの刻


『どうやらシェーファーさんたちの目的は達せられたようです。残るはこちらの始末をつけるのみですが、さてコレどうしましょうか……』


 ゼニス=キーヴォの広大な館にも、今は主とその家族が残るのみ。部下はすでに逃亡し、使用人らはそれより先に逃亡していた。身の回りの世話をすべて他人に任せていた領主一家は栄養失調や飢え、渇きで昏倒しているところを発見されるという有様であった。この予測すらできなかった事態に、さしものフレッドも困惑気味である。


「俺としてはそのまま死んどけと思うんだが、それじゃまずいんだったか。まぁ奇跡の御業を使う神霊治療師に治療させることはできるだろう。ただ、どのみち死ぬ奴を高い金まで払って頼むってのもなんだかな……」


 かく言うブルートも、最初に領主一家の容態を聞いた際は呆れて即答できなかった。しかし領主には民衆の前で、憎しみを一身に背負い死んでいくという重要な役割がある。昏睡状態のまま天に還られては計画も台無しになる以上、それが生産的でないとしても資金を費やすほかなかった。そのようなやり取りがあり、領主一家を裁判にかける段取りを進める中、急報が飛び込んできたのはL1026育成期42日であった。


「ブルート様、皇国本領からの調査官?って人がこちらにきているんですね。ミツカの件を調べに来たそうですが、状況が変わったので叛乱を起こした者に会いたいって言ってます……」



「私は皇国より派遣された調査官、モース=テンダー。この度は大変な問題を起こしてくれたものだな、ブルート=エルトリオ殿……でよろしかったかな?」


 いかにも上流階級出身……という物腰ではあるが、辺境州に派遣されるからには能力か、当人の置かれた境遇に何かしらの理由があるのだろう。そのあたりがはっきりするまで迂闊なことはしないほうが賢明なのだが、ブルートはこの手の「貴族野郎」を明らかに嫌っている所があり、それはモースにも適用されているようであった。


「調査官は遠路はるばるミツカの件を調べに、かような辺境にまで足をお運びなさったとか。職責を全うされたなら、民衆が恐れ叛乱を起こすのも無理はなかろうという結論に至ろうかと思われますが?」


 それは「真面目に仕事をしたなら領主のクズっぷりくらい分かるだろうが。そんなことも分からねぇからテメーは貴族のくせに僻地へ回されるような仕事を押し付けられるんだよ、この大マヌケ野郎が!」という意思を可能な限り品位を上げて放った言葉だった。しかし隠しきれていない反感と敵意を感じ取ったのか、モースはわずかに眉を引き上げつつ言葉を放つ。


「卿の個人的な怨恨による叛逆ではなく、あくまで民衆のためと言い張るのであるな。では、もちろん裁判もなしにゼニス=キーヴォを処刑したりはしておるまい?」


 どうせゼニスはすでに殺されているだろうし、それを理由に本領へは「個人の恨みによる武力蜂起」と報告して懲罰軍の派遣を要請しようと考えていたモースだが、領主一家が生きており面会も許すと返された時には動揺を隠せなかった。


『私は叛乱軍の一員で、ヘルダのフレッドと申します。領主一家は民衆に大変な恨みを買っておりますれば、常に暗殺の危機が伴っております。ゆえに今は領主の館の奥に、厳重な警備の下に保護しておる次第にございます。領主の館は広く案内がいなければ迷うほどゆえ、私めがその役を仰せつかりました。では、こちらへどうぞ。』


 フレッドはブルートほど感情を表に出すタイプではなく、態度も至って普通だったためかモースもおとなしくついてきた。しかし、ただ領主の下に案内するほどお人よしの性格はしていない。フレッドは領主の悪行を示す数々の証拠を見せながら、館の奥に案内していったのだ。


『こちらなどは、領主が異界から呼び出した怪物を人と戦わせ楽しんでいた闘技場ですね。実際は戦いというには程遠く、一方的な虐殺を見て楽しむ場だったとか。片隅には犠牲者の遺骨なども残っておりますが、いずれまとめて弔うつもりでございます。……おや、お加減が悪いのですか。しかしここを通り抜けるのがもっとも近道ですので、しばらくご辛坊を。』


 次に通り抜けたのは、領主の娘フロスがミスをした使用人に罰を与えるため、おもに死ぬまでいたぶった拷問部屋である。このことをフレッドらが知ったのはザイラス陥落後だが、それ以前に流言で領主一家の評判を貶めた際には「領主の娘は人殺し」という噂も混じっており、それは奇しくも真実であったのだ。


『ここは何かを誤った使用人に拷問を加える部屋だそうです。こんなことをしていたせいか、ザイラス陥落前に使用人は去り、我々がここに足を踏み入れた時には、自分たちで食事の用意もできない領主一家は揃って栄養失調で倒れておりました。』


 そうして館の奥に向かうにつれ、異界の怪物を閉じ込めている檻やはぐれ術師の研究室と贄になった数々の代物などを紹介しつつ、フレッドは最深部の領主一家が監視下に置かれている部屋にモースを連れて行った。


『今は我々が治療した甲斐もあり、ご領主と娘御はお元気です。奥方は残念ながら手遅れでありましたが、最善は尽くしたことをお誓い申し上げましょう。では、ごゆるりと面会なされませ。』


 フレッドはここまでに領主とその娘の悪行の証拠を示し、だが領主への反逆が私怨ではないと示すため回復した二人を見せた。そして最後の一手は、おそらくフレッドが打つ必要はない。領主とその娘には自分たちの行いが悪行であるとの自覚はなく、ゆえにこのようなことを繰り返した。そのことをあの二人は、皇国本領からの調査官に訴えるだろう。「なぜ何も悪いことをしていない自分たちが、このような扱いを受けねばならないのか。どうか皇帝陛下の御威光を以って、叛逆者どもを打ち払ってください」と。だが、モースは仮に無能だったとしても、闘技場や拷問部屋を見て心躍らせる人間ではなかった。そう懇願されて、どう判断するかの予測は簡単についた。


「両名の回復はこの目で確認した。あの様子であらば、裁判にかけることもできよう。判決は目に見えているゆえ、私は本領に戻り陛下に報告させていただく。いずれ本領から通知も参ると思うが、それまでは民心の安定に努められよ。それと、皇国の尊厳に泥を塗るような輩を討ち果たしたことは公にできぬが、私と陛下の心には留めておくと。ブルート殿にそうお伝え願いたい……」


 フレッドは深く頭を下げ、モースを見送る。判断を誤らなかった彼に対しての敬意もあったが、これで計画は完遂となり思わず笑みがこぼれそうになるのを隠す意味も強かった。そしてL1026育成期50日、キーヴォ親子に対する公開裁判が開かれ、圧倒的多数を以って両者の死刑が決定される。だがフレッドはそれに全く興味を抱かなかったため、中央山脈に帰るシェーファーらの見送りに行っていた。



「世話になったなフレッド殿。おかげで不届き者に制裁を加えることができた。それに、世界の歴史における興味深き研究対象も見つかった。こちらへきて本当に良かったと、心よりそう思う。」


 研究対象というのがフレッド本人ということは気付かなかったが、出会えてよかったという点はフレッドも同様である。初戦の完勝は彼らの術があればこそで、彼らが去っても思念を飛ばす術の使い手は残る。それはこの地の人々にとって、かけがえのないものとなるはずだ。


『私の方こそ、お世話になりました。ギルドとは今後もよい関係でありたいと思いますし、皇国より本格的に領主の権限が与えられたらギルド支部の設立など考えてもよいかもしれませんね。装いを変えるくらいは必要かも知れませんが。』


 フレッドは軽い冗談のつもりだったが、後にこの話は進展を迎える。ただこの時に限って言えば、言われたほうも冗談としか受け取っていなかった。シェリーや他の魔導士とも別れの挨拶を済ませると、最後にシェーファーが真剣な顔で話し始めた。


「以前、皆に水晶を覗いてもらったことがあったであろう。あなたにはあれが暗闇にしか見えなかった。神霊術や魔術の適性が皆無の者にはそのような単色に映るらしいのだが、あの場には同じく単色に映った者がいた。」


 そう言われて記憶を手繰り寄せてみると、確かにブルートは「白の石に見える」と言っていた気がする。彼も自身の力を頼みに生きるタイプの人間であり、類まれな剛力を引き出すような思念術を使っている節もあったのだから、そうだとしてもおかしくはないはずなのだが……


「黒と白、これらの色は人の特性を端的に表すものといえる。ただ両極にある色だからといって反発するわけではなく、例えば混じれば灰色となるし、朝日や夕日では夜の帳に日の光という、白と黒が両立する瞬間もある。しかし両者はどこまでいっても同一ではない。そのことだけは、覚えておかれるがよいだろう。」


 人それぞれという意味では、例え同じものが映ったとしても同一であるはずはない。つまりこれは、もっと概念的なものなのだろうか。思わぬ謎かけにフレッドはつい黙り込んでしまうが、すぐに顔を上げた。


『お話は心に留め置いておきます。ただ私は私の信じる正義を貫くと、彼にそう約束いたしました。私と彼とで信じる正義が変われば、そういうことになるやも知れぬとは覚悟しております。今のところ、その心配はなさそうですけどね。』


 シェーファーはそのような返答があると予感していたのか、軽くうなずくと笑いながら去っていった。多くの人が集まり、その力が結集したことで起こったザイールの叛乱は成功し、その原因となった領主ゼニス=キーヴォはついに斃れる。彼とその家族にとってはここが終着点であったが、それ以外の者にとってはこれが出発点となるのだ。一通りの道を作り上げ、そこを進む人たちに後を任せようという自分は、これからどこへ向かうのだろう。ユージェのときのように、また去る道を選ぶのか。それとも、別の道を見出すのか。圧政から解放された民衆が歓喜の声を上げる中、フレッドはいまだ先の見えない闇の中にいる。

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