第10話 心底にあるもの
28・策を弄す男
ジェンダの長ハーランは跳ねっ返りのラトゥが村の若い衆を連れ出稼ぎに出たと聞いて、眠れぬ日々を過ごした。そして今、彼の前にはラトゥ以外の5人が座り謝罪と経緯の報告を行っている。
「ヘルダ村の一行に手を出すなんて、いったい何を考えてんだ!あの村に睨まれたら、この付近じゃ生きてけねえんだぞバカ者どもが!」
ハーランは悩みに悩んでいた。この際ラトゥが死んだのはいいとしても、州都で見つけたという妻とその子供たちが集落にいたからである。そしてヘルダ村に対しての落とし前を付ける必要もあったが、もしかしたらあちらはジェンダの者の仕業とは分からないかもしれない。そうなる可能性もある中で、こちらからあえて謝罪に向かう必要はないとも考えていた。そして、最終的に導き出した答えは……
「ラトゥの家族を始末してしまえ。ラトゥという男がいた痕跡を消してしまえば、ジェンダのラトゥではなく冒険者ラトゥがやったこととして言い逃れできよう。」
集落の存続を考えれば、ハーランの決断は仕方のないことだったのかもしれない。しかしこの計画は実行されることはなかった。ヘルダのバスティンがハーランを訪ねてきた、との知らせが舞い込んだからである。バスティンはハーランと「最近出かけた5人」をハーランの家に集めるようにとの条件を提示する。どのような用件で訪れたかは一目瞭然であった。
「ハーランさんもやってくれましたねぇ。ウチの娘を人質にして、喉を掻っ捌こうなんざふてえ野郎もおりやしたが、返り討ちにしてやりましたぜ。」
バスティンにそう告げられたハーランは、とにかく謝罪の言葉を述べるしかなかった。5人の若い衆もそれに倣う。彼らをそうさせたのは、バスティンの横に眼光鋭いあの射手がいたからだ。
「今日わざわざ来たのは他でもねぇ。こちらの先生には持論がおありでして、一家の大黒柱を失った遺族は生きるため大半が外道に堕ちるゆえ、その前に皆殺しにするのが流儀だそうなんですわ。」
それを聞いたハーランほか5人は青ざめる。自分たちも同じようにラトゥの家族を亡きものにしようと画策していたことも忘れ、やんわりと助命嘆願を始めたのだ。一しきりそれを聞き終えた後、「先生」と呼ばれている男が口を開いた。
『そのラトゥとやらは我が討った。残された者も我が手を下すべきだろう。なぁに、いまさら何人か殺したところで何とも思わぬ。それにお主らもラトゥの遺族はお荷物でしかあるまい。なぜ助命を願うか我には理解できんなあ?』
バスティンは思わず吹き出しそうになったが、フレッドと話したことのない6人には「芝居がかった物言いをする、腕は立つが変な奴」程度にしか思われず、その内容の冷酷さもあって十分な恫喝となった。どう返答していいかも分からず口を閉ざす男らに、さらなる追い打ちをかける。
『だが、我だけが悪役というのも面白くない。お主らが出稼ぎを企み、我に返り討ちとされラトゥが死んだことは伝えさせてもらおう。そのせいで遺族が手討ちになることも、集落の長がそれを認めたことも併せてな!』
もしそんな話をされたら長の権威は失墜し、出稼ぎを企んだ者がいると州兵に訴え出て長を始末しようとする者も出るだろう。ハーランは己の保身のために、フレッドへ再考を願い出た。
「どうか、どうかそれだけはお止め下さい。この集落が崩壊してしまいますゆえ、どうかそれだけは……」
いかにも尊大な男……というように頭を下げた男たちを見下ろす「先生」は、相変わらずの芝居がかった物言いでその願いを却下する。
『我にはこの集落のことなぞ、どうでもよいしなあ。そうだバスティン殿。いっそ今回の件を州に報告してこの集落を取り潰させ、この辺りをヘルダの管理下に置いてもらうというのはどうであろう?この地に残りたいと申す者は、農奴としてこき使ってやればよい。外道に堕ちて討たれるよりはマシだろうて。』
いよいよ追い詰められたハーランや5人の男たちは、少し相談させてほしいと奥の部屋に移った。そこではバスティンと「先生」を殺害することまで検討されたが、その「先生」が見事な手捌きで短槍を扱い「今宵はいかほどを串刺しにしてくれようか」などと言いながら突きをしている姿を見て、勝ち目がないことを悟る。しばらくして戻ったハーランらが出した答えは、意外なものだった。
「先生殿は、外道に堕ちるものをお斬りになさるのですよね。では、外道に堕ちない者は斬らないということでよろしいでしょうか?」
フレッドは内心、ついに大詰めだという思いに駆られる。しかしここでボロがでれば、積み上げてきたものがすべて台無しになってしまう。せいぜい大仰に、そして高圧的に振舞わなければならないのだ。
『いかにも。それはそこな5名が身をもって体験したであろう。我がその方らを見逃し、ラトゥのみを討ったのはあの者が子供を人質に取ったからよ。そのような真似さえせねば……あの者もその家族も死なずに済んだものを。』
すでにラトゥの遺族も死者扱いし、最後の一押しとする。これで策が成就しなければ当初の予定通り、ラトゥの遺族も斬らねばならない。それはフレッドが持つ信念から来るものである以上、変えることはできなかった。
「で、では、ラトゥの遺族が外道に堕ちなければお斬りなさらないんですね。あの者らの世話は集落で見まして、外道に堕ちるようなことにはさせません。それでどうか、手打ちにしてはいただけないでしょうか。」
その瞬間よし、とは思ったがまだ芝居は続けなくてはならない。この発言がその場しのぎの者である可能性は捨てきれず、それではなんの解決にもつながらないのだ。
『その言葉、違えぬと誓えるか。ヘルダから定期的に様子見の者を送り、約束を違えていたら集落の者は皆殺しとするが、そうなることはないと断言できるのだな?』
ハーランは二つ返事で承諾し、二度とヘルダの人は襲わないという誓いも立てた。こうしてヘルダ村の一行が襲撃されたことから始まる一連の事件は終結を迎え、ラトゥ以外の犠牲者が出ることなく問題は解決する。
29・帰路
「いやぁ、なんとも痛快な幕切れでしたねぇ。あいつらの怯えようったら、溜飲が下がる思いとはまさにこのことで。」
ジェンダからヘルダへの帰路では、上機嫌のバスティンが長の家には居合わせなかったリリアンや使用人らに事のいきさつを話していた。おもに話が大盛り上がりとなったのは、バスティンがフレッドの口調を真似てしゃべる時だったが。
「でも先生は最初から、あの人の遺族を討つ気はなかったんですよね。先に遺族へ遺体を渡した時も『賊にやられたらしい彼を届けに来た』って仰ってましたし。」
リリアンはそう解釈してくれているが、実のところ討たねばならない状況になってしまったなら討つ気でいた。それをすればヘルダ村にはいられなくなるかもしれないとしても、自分のしたことに責任は持たねばならない。責任をどうとるかは人それぞれだが、フレッドの場合は自分の行いで外道を増やさないことが責任の取り方だったのだ。
『さあ、どうでしょうね。とにかく犠牲者は一人で済み、今後ジェンダの人に襲われる可能性も低くなった。それが今回の事の顛末というわけです。それでいいじゃないですか。』
この人はこうも誰かのために心を配れるのに、自分は心のないガラクタだという。もっと自分自身のことに心を配れば、きっと人間に戻れるはずなのに。あの日の夜にフレッドとテアの話を聞いて以来、リリアンにはその思いが募る。
「それにしてもおめぇ、新しい髪留めなんていつ買ったんだ?なかなか似合ってるし良さそうな拵えだが、母ちゃんの分も買っておいてくれたか?娘ばかり甘やかしてずるいって、年甲斐もなく怒りやがるからなぁ。」
リリアンの髪には、赤い髪によく映える白地の金具に青い石がはめ込まれた髪留めが付けられていた。ザイラスに滞在し、フレッドと険悪なムードになってしまった日の夜に詫びの品として渡されたものである。それは嬉しくはあったが気恥ずかしさもあり、なかなか身に着けられず一人で眺めてはにやけるという使われ方しかしていなかった。しかし昨日の襲撃で抱き合うというさらに恥ずかしい思いをしたため、もはや髪留めくらいで気が動転することはなく自然と身に着けることができたのだ。
『ああ、それは私のほうから贈らせていただきました。こういう品を選んだことがなくて大いに悩んだのですが、どうやら選択に問題なかったようですね。奥方には……渡せるものがありません。まことに申し訳ない。』
こういうことを平気で口走るあたりは、やっぱり心がない……ような気もするリリアンだが、もうザイラスの時のように腹を立てることはなかった。あの夜に聞いたフレッドの生き様は、心を壊してしまうのも無理はないと思えるものだったから。そして自分は、多くを教わり命を助けてもらった恩を返すため、必ずこの人の心を取り戻させると決意し、憧憬とは異なる感情が籠った視線をフレッドに送る。
『そういえば、こうして着けているところを見るのは初めてですね。赤髪に青の飾りがよく映えていて、実に魅力的に見えます。』
フレッド以外の4人は須らく「朝から着けていたが、今になって気づいたのか」という思いであり、呆れてものも言えなかった。無言の空間に違和感を感じたフレッドが弁解する。
『お世辞じゃありませんよ。私はどうやら芝居が下手らしいですし、これが噓偽りのない本心だということはお分かりいただけるはず……』
さらなる無言の時間が過ぎつつも、一行はヘルダ村への帰路を進む。村を出ておよそ10日。数字としては決して大きなものではないが、村がすぐ近くという昂ぶりが実数以上に長く離れていたと感じさせた。しかしフレッドらの小旅行は、ここでいったんの終了を見る。L1024休眠期の最終日に帰還する予定だった一行は予想外のアクシデントに見舞われ、今L1025開墾期の初日にヘルダ村への帰還を果たした。
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