005:呪い

 がしゃーーん!!


 背後で大きな物音がして、貞夫さだおは振り返った。

 見ると、大学の講義室に置いてある、プロジェクター投影用のスクリーンが倒れたのだった。


「危なかったね、貞夫くん、大丈夫?」


 クラスメイトの優子が、心配そうに声をかけてくれる。

 縦に巻いて棒状になったスクリーンは、ちょうど貞夫の足元くらいにまで倒れてきていた。あと少し貞夫が教室に入るのが遅れたら、頭を直撃していたかもしれない。


「あ、あぁ。びっくりしたけど大丈夫……」


 引きつった笑顔を見せつつ、貞夫は動揺を隠しながら席についた。


 ほどなくして、物理の講義が始まる。

 この物理の教授は白髪のお爺さんだが、とにかく話が脱線することで有名だ。

 今日は、昨日見た映画の話から、いつの間にかタイムトラベルの話になっていた。まぁ、テキストに沿ってレポートを毎回出せば単位が取れる授業なので、講義中まともに話を聞いている生徒はほとんどいなかった。もちろん、貞夫もその一人だ。


 教授の話を右から左に聞き流しながら、貞夫は一人考える。


(さっきは優子ちゃんの手前、咄嗟に大丈夫とか言ったけど……全然、大丈夫じゃねーよ! 今朝はなぜか自転車を盗まれてるし、昨日は猫を撫でようとしたらひかっかれた……。一昨日はバイトでミスして先輩に怒られるし、その前は大事なレポートを忘れて家まで取りに帰る羽目に……。はぁ、呪われてるのかなぁ、俺)


 貞夫は最近の自分に降りかかる不幸を思い出し、一人悶々としていた。


*


「貞夫くん、大丈夫? なんか全然授業に集中できてなかったみたいだけど……」


 授業後、優子がまた話しかけてきてくれた。

 彼女は3人兄弟の長女らしく、クラスの中でもなんだかんだ面倒見が良い女子なのだ。

 その優子の優しさに、ついつい甘えてみたくなり。貞夫はわざと大袈裟にため息をついた。


「あぁ……それがさ、最近俺ツイてなくって。身の回りでトラブルとか良く起こるから、呪われてるのかな、とか思っちゃって……」


「そうなんだ? 私、いいお守りのお店知ってるよ!」


 そう言って、優子が左手首につけた石のブレスレットを見せてくれた。数珠……のように見えるそれは、優子曰く、パワーストーンというものらしい。


「このブレスレットも、そのお店で買ったの。魔除けの力があるんだって!」


「へぇ……そういうのがあるんだ。俺、今までオカルトとか信じてなかったけど、ちょっと頼ってみようかな……。お店の場所、教えてもらえる?」


 ニコニコと朗らかに笑う優子が言うなら、何だか信じてもよさそうな気がして、ガラにもなく貞夫はパワーストーンのお店のことを教えてもらった。


「ここか。家からそんなに遠くないな。ありがとう。今度暇を見つけて行ってみるよ。」

「どういたしまして。」


 優子と言葉を交わし、貞夫は放課後のバイトに向かうことにした。


「……あれっ?」


 バイトに向かおうと校門の近く間まで来たところで、貞夫は今朝盗まれたと思っていた自分の自転車を見つけた。


(確かに俺の自転車だ。大学の駐輪場にあるってことは、この大学のやつが盗んだってことか? なぜかちゃんと鍵も掛かってるし……。あれれ? もしかして盗まれたんじゃなくて、俺が昨日ここに置いたまま帰って忘れてたのかな? ヤバい、俺本格的に疲れてるのかな……)



 貞夫は、ファーストフード店と家庭教師のバイトを掛け持ちしていた。

 そのうえここ数ヶ月は自動車免許の教習所にも通っており、今学期は特にハードなスケジュールなのだ。

 学校帰りに向かう場所はその日によって様々で、移動はその時々で自転車だったりバスだったりを使っていたので、確かに大学に自転車を置き忘れていたとしてもおかしくはない。


(いや、でも昨日はちゃんと自転車で帰ったはずだよなぁ……)


 疑問に思いつつも、貞夫はこれ幸いと自分の自転車に跨ってバイトに向かう。


 無事にバイトを終えた帰り道。貞夫は早速優子に教えてもらったパワーストーンのお店を探してみた。

 意外にもあっさりと、そのお店は見つかった。


『天然石のハッピー・ストーン あなただけのオリジナルブレスレットを作ります』


 こじんまりとした店先に、シンプルな看板が置いてある小奇麗な店だ。

 想像していたようなオカルトチックな場所ではなく、女子が好きそうな、お洒落感溢れるアクセサリーショップのような感じだった。


(あ、ここか……。でももう閉まってる。営業時間は10時~19時……げっ、授業やバイトのある日は来れないじゃん! うーん、どこかでバイトをずらすか、授業をサボるかな……でも今学期は単位落とすとヤバいし……)


 貞夫は自転車にまたがったまま、店の前で思案した。


 その時、


(――――?!)


 ふいに、自転車が後ろからぐい、と押されたような感覚があり、思わずよろけそうになる。


 慌てて後ろを振り返るが、誰もいない。


(まじかよ、やべぇ……。俺、ついにお化けみたいなの連れて来ちゃったか?)


 ぞくり、と背中に寒いものを感じ、貞夫は一目散に家に帰った。


(さっきのは何だったんだろう……。俺、理系だし、お化けとか信じないけど。信じたくないけど! やっぱり気のせいじゃないような……。やべ、もっと悪いことが起こる前に、早くお守り買わないと!)


 ガタガタと布団の中で震えながら、結局ほどんど一睡もできずに朝を迎えた。


*


 翌日、講義室で会った優子が心配してくれる。


「貞夫君、大丈夫? 目の下ののクマ、凄いよ!」

「あぁ、ちょっと、色々あって……」


 貞夫は蒼い顔をしてそう答えた。


「早くお守り買った方がいいんじゃない? 私が代わりに買ってくることもできるけど、あれって本人に合わせて作らないと効果が薄いらしくて……。あっ、別に変なとかじゃないからね!」


 優子は本当に親身になってアドバイスをしてくれているようだ。


 貞夫はその優しさに胸を打たれ、絶対にあの店で魔除けのブレスレットを買うと決めたのだった。


「うん、絶対買うよ。なるべく早く、またあのお店に行って……」


 しかし、その後も貞夫に不幸は続いた。


 何とか時間を作ってお店に向かおうとしても、自転車のタイヤが突然パンクしたり、ポケットに入れていたはずの財布が無くなっていたり。信じられないようなトラブルが発生して、どうしてもあのお店に行けないのだ。


 まるで、誰かが魔除けのブレスレットを買うのを妨害しているようだった。


(なんなんだよ、くそっ!)


 それでも貞夫は諦めなかった。

 ついに、1週間後、数々の妨害を受けながらも、何とかあの天然石屋に辿り着く。


(よし、ここまで来れば……)


 カラン、と音を立ててドアをくぐる。


 店の中には、女子高校生や女子大生と思われる年齢の女子達が二組ほど、楽しそうに石やアクセサリーを選んでいた。


 その奥に、店員と思しき女性を見つけ、貞夫は足早に近づいた。


「すみません、魔除けのブレスレットっていうのをを作りたいんですが……。どれかいいもの見繕ってもらえますか?」


 周りが全員女子、という状況に慣れない貞夫はとにかく緊張していたが、この一週間の出来事を考えれば、そんなことは気にしてはいられなかった。藁にもすがる気持ちで、ここまで来たのだ。


「は、はい。 少々お待ちくださいね。」


 貞夫の気迫に少々気圧されながら、若い店員はすぐに色々な石を見せながら貞夫に合うものを選び出してくれた。


「これが、ラピスラズリ。魔除けや厄除けの効果、それに悪い物を浄化する作用があります。それからこれはアメジスト。あと水晶なんかも浄化の作用がありますよ。はいっ、こんな感じでどうですか?」


 店員が作ってくれたそれは、青金石ラピスラズリと薄紫の紫水晶アメジストあいだを小さな水晶が繋ぐ形になったブレスレットで、色合いといい、形といい、貞夫は非常に気に入った。


「はい、これにします! おいくらですか?」


 値段は貞夫の1.5日分のバイト代がふっとぶ代金だったが、貞夫は迷わず購入を決めた。


 さっそくお店で腕につけてもらう。

 ひんやりとした石の感触に、貞夫は感激していた。


(これで……呪いとも、おさらばだ!)


 ほっと安堵した貞夫は、爽快な気分で家に帰り、一週間ぶりに安らかな気持ちでベッドに入った。


(明日から俺は、変わるんだ! もう呪いにビクビクする生活なんて、まっぴらだ!)


 思わずニヤけつつ、貞夫は深い眠りに落ちていくのだった――。


*


 翌朝。


(あれ?)


 貞夫は、目が覚めてすぐに違和感を感じた。


(あ、そうか。これ付けたまま寝ちゃったんだっけ)


 すぐに違和感の正体は判明した。

 左腕には、昨日買ったばかりのブレスレットがはめられていたのだ。


(これがあるから、大丈夫! 今日からの俺は、呪いなんて怖くないぜ!)


 貞夫はウキウキとした気分で準備を済ませ、自転車にまたがると颯爽と学校に向かった。


*


「あ、優子さんおはよう! 昨日、ようやくお守り買えたよ! 見て……これ……?」


 貞夫は朝一番、講義室に入るやいなや優子に声を掛けたが、どうも様子がおかしい。


「あれ、優子さん??」


 優子に近付いて話しかけるが、貞夫の言葉を無視するのだ。

 まるで、貞夫がそこにいないかのように、別の友達と話している。


(あれ、俺何か気に触ることでもしたのかな……昨日までは普通だったのに?)


 不安になった貞夫は、キョロキョロと講義室の中を見渡した。

 普通なら、誰かしらと目があって挨拶してきてくれるものだが、今日に限って誰とも目が合わない。それは異様な空気だった。


(おかしいな、みんなどうしちゃったんだよ……)


 貞夫の心臓が早鐘を打ち始める。

 その時、


「おはよーーっす」


 聞きなれない、眠そうな声が背後から聞こえてきた。


(あれ?こんな声のやつ、このクラスにいたかな……)


 そう思いながら振り返った貞夫は、驚愕する。


(え、俺……?!)


 眠そうな目をこすりながら現れたのは、紛れもなく貞夫自身だった。


(何だこれ?! 俺が二人?!)


 異常な事態に、貞夫は焦る。


「あ、貞夫君おはよーー」


 それまで女子友達と話していた優子が、今入ってきたばかりの貞夫に挨拶を返した。


(えっ、俺は皆に視えてなくて、あっちの俺は視えてるってこと?)


 先ほどまで全く反応してくれなかったクラスメイトも、次々ともう一人の貞夫に声をかけている。


『おいみんな! 気付いてくれよ! それは俺じゃない! 俺はここだよ!』


 必死で訴えかけるが、貞夫の声は誰にも届いていない。


(嘘だろ……。一体どうしてこんなことに……)


 全くついていけない事態に、貞夫はよろよろと、後ずさりする。



 がしゃーーん!!


 バッと一斉に皆の目がこちらを向いた。

 しかし皆が見つめているのは、貞夫がたった今ぶつかって倒したスクリーンの方だった。

 優子が慌てて、もう一人の貞夫に声をかけている。


「危なかったね、貞夫くん、大丈夫?」

「あ、あぁ。びっくりしたけど大丈夫……」


 まるで、一週間前のあの日そのままに、もう一人の貞夫が答える。


(待ってくれ! このままじゃ、あいつが本物になっちまう! みんな気付いてくれ! 俺はここだ!)


 必死に貞夫は訴えかけるが、もちろん誰にもその声は届かない。


(そうだ! このブレスレット! これを付けてからおかしくなった……。これを外せば、もしかしたら……! ってあれ、外せない?!)


 そうこうしているうちに、物理の講義が始まってしまった。

 いつものお爺さん先生の脱線話が始まる。


「そうそう、みんなはタイムトラベルって知ってるかね? 時間を超越して未来や過去に行くことなんじゃが……。いやね、昨日某SF映画を見て、我々もそろそろタイムマシーンを開発してもおかしくない時代に来たんじゃないか、と思ったりしてね。タイムマシーンの原理というのはは、物理学的に言うと……」


 焦りすぎて教師の話も耳に入らない貞夫は、一人虚しくブレスレットを外そうと必死に試みるのだった――。



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あとがき:

 妙に長くなってしまったうえ、ファンタジーというより、SF?という感じになりました。世にも奇妙な物語的な。

 改稿にあたり、自分で読み返してみてもよくわかりませんでした。笑


 「呪い」とは「貞夫」自身のことだったから、魔除けのブレスレットで貞夫がこの世から消えた?(何とか消されないために、貞夫は過去に戻って自分を天然石屋に行かせないようにしている?)

 優子と天然石屋が実は黒幕で、貞夫を消そうとしていた?

 無限ループに嵌ってしまった貞夫は、ここからから抜け出せるのか?


 ……など数々の疑問を残しながら、この話は終わります。オチなんてないんです……。笑

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