短編集・ちょっと不思議なファンタジー

邑弥 澪

短編集

【短編】抱きしめた体はあまりにも細く


『……もうすぐ、終わるの』


 硝子窓ガラスまどの向こうを眺めながら、彼女がぽつりとそう呟いた。

 戸惑いながら、僕は訊ねる。


「――終わるって、何が?」


『終わるの、全部。あの星の輝きも、そこに暮らす人々も、全部呑み込まれて無くなるの。後には何も残らない。……あなたも、私も』


 静かな口調でそう告げて、銀色の髪を揺らせながら彼女は少しだけこちらに顔を傾けた。

 薄いブルーの瞳は、僕を映しているようでいて。本当はそのずっと先にあるを見つめているようだった。


「嫌な冗談だな、それ」


 少し苦笑いしながら、不安を覆い隠すように言葉を重ねる。


 白銀の髪と透き通るような白い肌をもつ、どこか神秘的な雰囲気の彼女。

 そのたたずまいは、星から星へと住処すみかを変え、終わりのない旅を続ける”銀河の漂流者”と呼ばれる一族に特有のもの。


 彼女たちはもう何世代にも渡って移住を繰り返しているので、”ホーム”という概念を持たないのだそうだ。


 自分の生まれた土地も知らず、毎日同じ場所に戻って安息することもないというのは、さぞかし寂しいのではないかと思うのだが……。


『そうかしら』


 こともなげに言って、彼女は口の端をわずかに持ち上げて微笑んでみせた。


『形あるものは、いつか壊れるもの。今あるものが無くなるのが嫌なら、いっそ最初から何も無ければ良かったのに、と思わない?』


「うーーん」


 曖昧な呟きを返すことしかできなかった。

 返答に困って、先ほど聞き損ねた質問をしてみる。


「さっき君が言っていた、もうすぐ全部無くなるっていうのは、一体何のこと?」


『……あれ』


 少女が宇宙船の窓の向こうを指さした。

 目を凝らすと、まだら模様をした惑星の表面に、小さな黒いのようなものが見えた。


「あれは――?」


『”虚無キョム”よ。聞いたことあるでしょう? あれが出現したら、遅かれ早かれその宇宙は消えるの。今すぐではないけど――それほど遠くはない将来』


「遠くはない将来……」


 漆黒の点は、圧倒的な存在感をもってそこに有った。


 『有る』という言葉は正しくないのかもしれない。

 全てを呑み込む 無の闇。


 近付くのでも、拡がるのでもなく。気がつけば背後にあって、呑み込まれてしまう。呑み込まれた先に何があるのかは、誰も知らない。


 ある者は、それを見ただけで慌てて逃げ出す。けれど、どれだけ離れても逃れることはできない。

 いつかは皆、虚無に呑み込まれて消えてなくなるのだろう。



「……だったらせめて、それまでくらいは。束の間の自由を楽しんでもいいと思わないか」


 僕は彼女に近付き、抱き寄せた。


 抱きしめた体はあまりにも細く。

 無垢な瞳がわずかに瞬く。


 ただ彼女の感触だけを確かめたくて、力を込めた。

 すぐにでも折れてしまいそうな肩を少しだけ揺らせて、彼女が軽く微笑んだ。


 そっと彼女の髪を撫でながら、この時が永遠であればいいのに、と思う。

 そうだ、例えこの宇宙せかいが消えてしまうとしても。


 ――僕たちは、今、ここにいる。



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あとがき:

 「お題ジェネレータ」というので出た3つのお題から作った、初投稿作品でした。

 お題:「抱きしめた体はあまりにも細く」「無垢な瞳が瞬く」「今、ここにいる」

 こんな情景が浮かんだので、儚い感じの短編にしてみました。

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