夢見る世界のシャボン玉

ましろ

悪夢

白く光る背景のなかで、まるで亡霊のように心もとなく揺らぐ輪郭があった。わたしはその不確実な現象をよく見ようと少し目を細めた。すると現象を囲む薄桃色にぼやけた輪郭は次第にその濃さを増し、わたしの眼前に美しい存在のすべてを露にしてみせた。わたしは動揺を隠しきれず小刻みに茶色く濁った顔を動かしながら、いま一度驚愕のために目を見開いた。そこに立っているのは一人の色白い少女であった。黒い大きな目でわたしを見つめ返す顔立ちの整った美しい少女である。わたしはある種病的なほど白い顔を恐怖と畏敬の念で捉えながら、次の瞬間には全く奇妙なことを考えていた。

 この少女はわたしの意識によって今この世界に創造された現実なのではないか。

 その考えはわたしが今まで経験してきたあらゆる妄想の中でもとりわけ突飛なものだった。その意識の正体はわたしの内で渦巻き潜在していた傲慢な虚勢がわたしの意識の表層に突如として浮かび上がったものであることは間違いなかったが、しかしそのときのわたしはそこまで自分を見つめるほど冷静でもいられなかったのだ。彼女は、わたしにとって今までに見聞き知りつくし、この身をもって体験してきたあらゆる現実の姿とも一致しえなかった。それほど彼女の存在はこの世のものとも思えず、どこか空想の産物である気がした。新しい現実がいま厳かにわたしの前に立ちはだかっている。そしてそれは紛れもなく、わたしの欲求と承認によってこの世界に誕生したのだという強い確信があった。

 わたしに近づいてくるきらびやかな肉体をながめながら、わたしはやはりこの少女が、わたしの幻想であり、妄念であり、そして疑いようのない一つの真実であるという自信を強めていた。一体どうしてこの少女が過去において確かに存在し、連続する時間の延長線上でわたしの目の前に姿を現したといえるだろうか?一体どうしてこの美しい生命体がわたしの意識とは関係のない場所で生まれ存在し、彼女の中の意識と行動選択によって偶然にもわたしと出会ったと考えることができるのか?わたし自身も知らない果てしない意識の海の奥深くで、すべての現象は巧みに制御され、ストーリーが決まっている人生の劇場をわたしに見せているだけの話なのではないか?たとえ彼女がいかに自らの過去の履歴を話し、わたしに訴えかけたところで、それらが真実であることをいかにして証明できるだろうか?彼女の意識がわたしのそれとつながっておらず、彼女はわたしとは別個の孤独な一人であることをどのように証明する?なにも術はない。現実ーわたしの目に映ったものをすべて真実であると捉えるならばーはわたし自身がつくっている。 

 ふと力強く縁取られた彼女の強固な輪郭がまたぼやけて見えた。彼女の存在は姿を消し、再び白い光の背景にその身を隠してしまったのか。ピントがはずれたように白い下地に黒い斑点が散らばっていくのを確認しながら、わたしは高く洗練された彼女の声音がわたしの脳底で響くのを感じていた。その声は、徐々に音の曖昧さを増し最後は死にゆく者のうわ言のように聞こえた。

 「あの、、、。S高校へはこの道をまっすぐ行けばよいのでしょうか。」

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