番外編置き場

世界の終わりを夢見る

「だって、もう誰も帰ってこない」

　少女は喉をひきつらせた。

　ぼろりぼろりと零れた涙が夕空を映しこんだ泉を弾いては、水面を崩し、次々と波紋を重ねていく。

　泉の縁石をやわらかな爪がギリと削った。

　イリアナとサクレはこの世から去った。ナイデルもいつの間にか姿を消した。

　イリアナの護衛官であったオレオも近いうちに、皇宮を辞すことが決まっている。

　いつも煌めきに満ちていたはずの庭園。

　今は、もう近寄ることすら禁じられた。

　震える細い肩を前にして、ロシュは言葉を失う。

　フィシュアの護衛官に任命された時に託された長剣の柄をロシュはきつく握った。成長しきっていない身体に、普段使いとは違うこの剣はあまりに重く、身に余る。

　無力感に奥歯を噛み締め、足元へ視線を逸らす。

　間をおかず肩に置かれた大きな手に、ロシュはハッと面をあげた。

「……オレオ様」

　立ち尽くすロシュの横を、オレオは追い越していった。

「小さな姫君（ディーオ・トリア）」

　寡黙な彼の師は、少女のすぐ傍に片膝をつく。

　おれお、と口を動かすたびにフィシュアの丸い頬を滑り落ちる涙を、オレオは硬い指で不器用に拭っていた。

「そんなに泣いていては、小さな姫君（ディーオ・トリア）のまわりにもう一つ泉ができてしまいますよ」

　ふと微笑したオレオの目元には疲労ばかりが色濃くうつった。

　それでも、ロシュに教えを説いてきたオレオは、何もできなかったロシュの前でロシュにできないことをする。

「もう泣くのはおやめなさい。泣くための時間ももうなくなってしまいましたから。陛下がお呼びです、小さな姫君（ディーオ・トリア）。――いえ、五番目の姫（フィストリア）」

　フィシュアは、息をのんだ。

　ぱちくりと動いた瞳が、最後の涙を押しだす。

「わたしは」

　違う、とかぶりを振ったフィシュアを、オレオが哀惜を持って見つめる。

　フィシュアは焦燥に駆られて、オレオの袖にしがみついた。

「いかないで、オレオ。いなくならないで。きらいにならないで。ごめんなさい。ごめんなさい。もう、ぜったい、あんなこと」

「違いますよ、フィシュア様。ロシュが、そう言いませんでしたか。違う、と」

　言ったはずです、ロシュならばきちんと、とオレオはゆっくり諭す。

　瞬間、ロシュは目の奥が熱くなった。

　もしも過失があるとするなれば、それはフィシュア様ではなく私にです、とオレオはむずがるフィシュアに続けた。

　オレオは腰から剣を下ろす。

　みるみるうちに大きくなり涙をなくした藍の瞳を、オレオはしかと見据えた。

「誰もあなたを嫌いません。どうか、あなただけは壊れないで。大切な大切な、私たちの姫君」